まばたき、咳払い、鼻を鳴らす……子どもの変な癖 5人に1人は「チック症」!? 誤解と真実を専門医が解説

子どものチック症・トゥレット症#1「チックはなぜ起こる?」

小児神経科医、瀬川記念小児神経学クリニック理事長:星野 恭子

子ども時代にはしばしば見られるチック症だが、なかには慢性化して長引くケースも。  イメージ写真:アフロ

意思とは別に顔や体が動いたり発声をしてしまう「チック症」。その名前は、一度は耳にしたことがあるかもしれません。

しかし知名度は高いながら正しく知る機会は意外と少なく、「ストレスが原因でしょう?」「育て方のせいでは?」などと解釈している方も多いのではないでしょうか。また、症状そのものよりも周囲の理解が得られないことに悩んでいる親子もいます。

そこで今回は、知っているようで知らないチック症について、20年以上の臨床経験をもつ、瀬川記念小児神経学クリニック理事長で小児神経科医の星野恭子先生に伺いました。

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星野 恭子(ほしのきょうこ)PROFILE
瀬川記念小児神経学クリニック理事長。日本小児科学会専門医。日本小児神経学会専門医。医学博士。社会と共に子どもの睡眠を守る会発起人。2021年「日本医師会赤ひげ大賞赤ひげ功労賞」受賞。

20年以上、チック症を診ている小児神経科医で瀬川記念小児神経学クリニック理事長の星野恭子先生。  写真提供:星野 恭子

原因はストレスや育て方ではない

本人の意思に関係なく、まばたきや咳払い、肩をすくめたり、フンフン言うなどの動作がひんぱん起こり、見ていて違和感がある……。

星野先生は、こうした症状が出る「チック症」について、「心の病気ではないことをまずは知ってほしい」と話します。

「育て方やしつけ、ストレスが発症の直接の原因ではありません。よく聞かれる『育て方が悪いから』という俗説はまったくの誤解です。

神経学的には不随意(ふずいい)運動のひとつです。不随意運動とは、自分でコントロールしようとしてもできない運動のことですね。逆に自らの意思で動かす運動は随意運動(ずいいうんどう)と呼びます。

発症は、脳の神経回路において、ドパミン(dopamine)という神経伝達物質の分泌異常が関係していると考えられています。チックの出やすさは、生まれつきの脳の仕組みによるものが大きいと考えられています」(星野先生)

チック症状をわかりやすく理解するためには、くしゃみやしゃっくりに例えて考えてみましょう。いずれも自分でコントロールしておさえることが難しい現象です。

チックも同じように、わざとではなく、我慢しようとしてもできないものだと理解してみると、受け止め方や見守り方が変わるかもしれません。

子どもの5人に1人になんらかのチック症状が出る

星野先生によると、チック症には4つの種類があるといいます。顔・体の運動に関わる「運動チック」と、発声や言語など音声に関わる「音声チック」の2種類があり、さらにそのチックの状態から「単純」「複雑」の計4種類にわかれます。

「単純チックは、明らかに無目的な素早い動きや音声のこと。単純運動チックは、目を動かすなど首から上に見られることが多いです。

複雑チックは、持続時間がやや長く、意味があるように見える動きや音声を指します」(星野先生)

●単純チック
◾単純運動チック
・まばたき・白目をむく・鼻を動かす・首を振る など

◾単純音声チック
・「んんん」など声を出す・咳払いをする・鼻を鳴らす・舌うち など

●複雑チック
◾複雑運動チック
・しゃがむ・体を叩く・臭いを嗅ぐ・飛び跳ねる など

◾複雑音声チック
・汚言症(ばか、しね、性的な言葉を発する)・反響言語(人の言葉を繰り返す) など

「発症は18歳未満ですが、多くは幼児期から小学校低学年ころに単純運動チックから始まります。医師も病気とは見なさない軽度のものを含めると子どもの約5人に1人は成長過程でなんらかのチック症状があるともいわれていて、男女比では、4対1で男児のほうが多く見られます。

爪かみや指しゃぶりもチックと思われがちですが、チックともそうでないとも判断がつきにくいところです。癖と考えていいでしょう。成人までに改善する子どもがほとんどですが、爪が変形するまで嚙み続けるなど、日常生活に影響を及ぼす場合は小児科で相談をしてください」(星野先生)

チック症は、症状が継続する期間によって大きく3つの病型に分けられます。

「一番多いのは、1年以内に症状が消える一過性チックです。1年以上続く場合は慢性チック、さらに運動・音声チックの両者が1年以上続くとトゥレット症と呼ばれます。

トゥレット症と聞くと、治らない怖い病気のように思っている方もいますが、一概に重症とも言えません。名称にとらわれずに治療にのぞんでいただきたいですね」(星野先生)

チック症は随意運動の要素も強い

星野先生は、チック症はわからないことも多い難しい疾患だと言います。その理由の一つに、「不随意運動」とも言いきれない部分があるからです。

チック症の特徴の中には、以下があるといいます。

・制御できずに勝手に出るが、我慢できることもある
・チックの前に「ムズムズする」「動かしたい」がある
・チックの後に「スッキリする」こともある

これらの特徴をふまえ星野先生は、「チックを出したいという『感覚』があるため、随意運動の要素も強いのではないか」と考えています。

さらに先生は、かつて患者から聞いた「チックはムズムズする感覚を運動や声で解消する“脳の誤学習”なんだ。コツがわかれば抑制できる」という発言を振り返ります。

「これは、チック症の治療をしていた17歳男子の発言です。彼は、この言葉を最後に病院には来なくなりました。ここからは私の想像ですが、チックは、ムズムズを解消するための運動または音声なのかなと。

チックが出るのは、動きや発声などの自己刺激で満たされる誤った報酬系回路が脳内にあるのではないかと思うのです。その誤った回路を変換することができれば、自身で抑制できるのではないかと考えています」(星野先生)

星野先生は、発症のメカニズムや対応など「チック症はまだまだ解明しきれていない疾患」と前置きしつつも、それでも治すべきものだと言います。

「わからないことも多いですが、私たちは決してあきらめてはいません。『様子を見ましょう』というアドバイスも聞かれますが、“治さないアドバイス”は意味がないと私は考えています。チック症は治す疾患です」と早期介入・治療の必要性を星野先生は強く訴えます。

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チック症は、もともとの脳のしくみに原因があること、そして一過性だけではないチック症もあることを知っておくのが大切です。

子どもに症状が出たときは、「やめなさい」と責めるのではなく、また親は自分の子育てに自責的になることなく対応していきたいですね。

次回は、受診の目安や家庭でできること、ゲームは症状を増悪させる!? 「ムズムズする」という感覚に基づいた注目の治療法など、チック症に対する主な対応について、引き続き星野先生に伺っていきます。

取材・文/稲葉美映子

ほしの きょうこ

星野 恭子

Kyoko Hoshino
小児神経科医、瀬川記念小児神経学クリニック理事長

瀬川小児神経学研究所所長。日本小児科学会専門医。日本小児神経学会専門医。医学博士。関東の病院、早稲田大学にて時計遺伝子研究、南和歌山医療センターなどを経て2017年より現職。チック症、トゥレット症候群などに関する豊富な臨床経験を持つ。 また、子どもの睡眠の大切さを啓発する「社会と共に子どもの睡眠を守る会」を開設するなど幅広い活動が評価され、2021年に「日本医師会赤ひげ大賞赤ひげ功労賞」受賞。著書に『チック・トゥレット症の子どもたち』(合同出版)。 ●瀬川記念小児神経学クリニック

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瀬川小児神経学研究所所長。日本小児科学会専門医。日本小児神経学会専門医。医学博士。関東の病院、早稲田大学にて時計遺伝子研究、南和歌山医療センターなどを経て2017年より現職。チック症、トゥレット症候群などに関する豊富な臨床経験を持つ。 また、子どもの睡眠の大切さを啓発する「社会と共に子どもの睡眠を守る会」を開設するなど幅広い活動が評価され、2021年に「日本医師会赤ひげ大賞赤ひげ功労賞」受賞。著書に『チック・トゥレット症の子どもたち』(合同出版)。 ●瀬川記念小児神経学クリニック

いなば みおこ

稲葉 美映子

ライター

フリーランスの編集者・ライターとして旅、働き方、ライフスタイル、育児ものを中心に、書籍、雑誌、WEBで活動中。保育園児の5歳・1歳の息子あり。趣味は、どこでも一人旅。ポルトガルとインドが好き。息子たちとバックパックを背負って旅することが今の夢。

フリーランスの編集者・ライターとして旅、働き方、ライフスタイル、育児ものを中心に、書籍、雑誌、WEBで活動中。保育園児の5歳・1歳の息子あり。趣味は、どこでも一人旅。ポルトガルとインドが好き。息子たちとバックパックを背負って旅することが今の夢。