赤ちゃんが寝ない「眠りは大事」という常識が親たちを苦しめている…専門医がアドバイス

専門医・神山潤先生に聞く「睡眠アドバイス」 #1

赤ちゃんの夜泣きに悩む人から、朝起きられない中高生、睡眠不足の社会人……幅広い世代の「睡眠の悩み」に専門家がアドバイス。第1回は「わが子が寝てくれない」ときにどうすべきかを解説。(写真:アフロ)

ヒトという動物にとって、眠りは大切な営みです。大人にとってはもちろんですが、子どもにとってのそれは、心身の発達に影響を及ぼしますから、大人以上に重要になってきます。それだけに、「わが子がなかなか寝てくれない」となると、「なんとかせねば!」と焦る気持ち、よくわかります。ですが……。

眠りの専門家からは意外なお話が。さて、その中味は?

「眠りは大事」のメッセージが親たちを苦しめている

昨今、さまざまなところで日本の子どもたちの睡眠不足が指摘されています。小中学生を対象にした調査によると、全体の3分の2が「一番ほしい時間」は「睡眠時間」と回答。(※日本睡眠臨床医学会2017

また、別の調査では、日本の赤ちゃんの睡眠時間は世界でもっとも短いという結果も出ています。

▲画像提供:神山潤先生(「子どもの早起きをすすめる会」指導者向け実践講演会 資料より)

今、日本の子どもたちの睡眠は危機的状況に陥っているとも言われていますが、これらの結果は、まさに、そのことを証明しているのではないでしょうか。

こうした背景もあって、最近では、子どもの睡眠の重要性について、あちこちで説かれるようになっています。子育て中の人たちへの啓蒙が進んでいるわけで、それはそれで喜ばしいこと、と思いきや……。

「実は、“眠りが大切だ”という社会のメッセージによって、お母さんたちは追い詰められています。今、小さい子どもを育てているお母さんたちの一番の悩みは、“わが子を寝かせることができない”なんですよ。悩んで、悩んで、思い詰め、“うちの子は発達障害に違いない”などと思い込んだりして……。

世の中で、“眠りが大事だ、大事だ”と盛んに言われるようになっているせいで、子育て中の親御さんには、ものすごいプレッシャーがかかっているのは、確かです」


こう言うのは、東京ベイ・浦安市川医療センター、センター長の神山潤(こうやま・じゅん)先生。

神山潤先生

【神山潤(こうやま・じゅん)医学博士。東京ベイ・浦安市川医療センター・センター長。専門は子どもの発達や健康教育、睡眠医療など。日本子育て学会理事• 東京医科歯科大学小児科臨床教授• 社会と共に子どもの睡眠を守る会会長】

神山先生は、小児科医であり、また、睡眠の専門家として同病院では睡眠外来も担当。

赤ちゃんの夜泣きに悩む人から、昼夜逆転の生活をどうにかしたいと望む中高生、夜間勤務の悩みを持つ社会人、不眠を訴えるお年寄りなど、眠りについて問題を抱えるさまざまな人たちの診療に当たっています。

「とはいえ、“眠りなんてどうだっていいんだよ。あんまり気にしないで”と言い切るわけにもいかない。

実際、子どもに限らず、私たち大人も含めてヒトにとって睡眠は非常に大切です。

寝なければ活動の質は高まりませんし、小さい子どもの場合、睡眠は心身の発達にも影響を与えます。睡眠時間が足りなかったり、“夜に寝て、朝起きる”という睡眠リズムがズレたりすることによって、成長の遅れや食欲不振をもたらしたり、肥満、情緒障害などのリスクが高くなることが明らかになっています」


では、わが子の睡眠を気にしている親たちは、いったいどうしたらいいのでしょう!?

「非常に難しい問題なんですよねぇ……。ただ、ひとつ、確かに言えるのは、眠りは重要だという社会からのメッセージを真正面から受け止めて追い詰められた親御さんが“子どもを寝かせなきゃ、寝かせなきゃ”と思えば思うほど、子どもは、そうした親の焦りを敏感に感じ取ってますます寝なくなる、ということです」

「親の孤立」が子どもの不眠を招くことも

夜泣きがひどい、夜遅くまで起きていてなかなか寝てくれない──。

幼いわが子にこうした問題があったら、多かれ少なかれ、誰しも思い悩むはず。
中には、小児科や、神山先生が担当するような睡眠外来に相談する人もいるでしょう。

もちろん、それは、ひとつの手段ではありますが、その前に、自分でできることがあるかもしれません。

神山先生は、ある女性の話を披露してくれました。

彼女は、生後9ヵ月の乳児を育てるお母さん。赤ちゃんは夜泣きがひどく、その分、昼間に寝ている時間が長く、離乳食を与えている途中で眠ってしまうこともあり、食事量が少ないのも悩み。ということで、神山先生の元へ相談に訪れたということです。

「彼女からいろいろと話を聞いてみると、その話の中には、登場人物が彼女と夫と赤ちゃんの3人しか出てこないことに気がつきました。夫は仕事で昼間はいない。要するに、専業主婦の彼女は、子育てと家事を一身に背負っていて、もういっぱいいっぱい。赤ちゃんがどうの、という前に、自分自身がしんどくてたまらなかったわけです。彼女に自覚はなかったようですが」

かつての日本では、子育てを母親がひとりで担うことは、まずありませんでした。三世代同居も珍しいことではなく、子育ての大先輩であるおじいちゃん、おばあちゃんがすぐそばにいましたし、近所付き合いも密でしたから、子育ての不安や悩みに耳を傾け、適切なアドバイスをしてくれる人はたくさんいました。

「昔は、話の中に出てくる登場人物がいっぱいいたんですよ。だから、子どもの夜泣きがひどくてどうしていいかわからない、みたいなことは、医者になんか相談しなくてもよかった。僕は彼女に言いました。“話の中に出てくる登場人物を増やしましょうよ”と」

登場人物を増やす。そのための、先生の具体的な提案は「ヘルパーを頼んでみては」ということでした。今、多くの自治体では、妊娠中、あるいは、出産後の家事や育児の支援を必要とする家庭にヘルパーを派遣するという子育て支援制度を設けていますが、彼女にも、その制度を利用してみるよう促したのです。

「僕の助言どおり、彼女はヘルパーさんを頼んで、家事や育児を手伝ってもらい、さらに、それまでは家に閉じこもりがちだったところを、積極的に外に出るように心掛けたということです。

そして、6週間後、僕のところに再びやってきた彼女は、前とは比べ物にならないほどの清々しい顔で言いました。“先生、もうぜんぜん大丈夫です!”と。ね、そんなもんなんですよ(笑)」

体だけではなく「頭を疲れさせる」ことも大事

先のお母さんに対して、神山先生がヘルパーを雇うことを提案したのは、彼女の余裕を取り戻す目的もありましたが、実は、もうひとつ別の狙いもあったとか。

「診察するために、僕がお子さんを抱き上げたら、大泣きをし始めたんですね。彼女は、そんなわが子を前にオロオロしていましたが、“子どもは泣くもんだから、大丈夫”と言って、僕はそのまま診察を続けました。

すると、赤ちゃんは、そのうち泣き止んで、だんだん僕のほうに手を伸ばし始めたんです。子どもは、いろいろな人や物に興味があって、それに気を取られます。赤ちゃんが僕のほうに手を伸ばしたのも、そういうことですね。

子どもには、日常的に、こうした体験をさせることが必要です。新しい体験で頭を使わせる。そうすると、頭が疲れますが、頭の適度な疲労は、眠りを促します」


日中の運動は夜間の睡眠を促進すると言われています。そのため、子どもを寝かせようと、昼間に適度な運動をさせる人も少なくないはず。確かに、それも有効ですが、神山先生によると、「頭を使わせて眠くさせることも大事」なのだとか。

「例えば、毎日、お母さんがバギーを押して、同じルートで散歩や買い物に出掛けても、子どもの頭は疲れません。どこを通るとか、そこに何があるか。全部わかっていますからね。

ところが、ある日、ヘルパーさんがバギーを押して出掛けたらどうでしょう?

いつもとルートは違うし、話し掛けられることも違うし……で、“いったい何が起きているんだ!?”と子どもの頭はフル回転ですよ。必死で考えて、頭がどっと疲れる。この、頭の適度な疲労が夜の睡眠を促すこともある。

子どもには、体だけじゃなく、頭を使わせることも、すごく大事だということです」

わが子がちゃんと寝てくれない。そんな悩みを持つお母さんは、自分たちの生活を大所高所から冷静に見つめてみると、問題解決のヒントが見えてくるかもしれませんね。

【専門医・神山潤先生に聞く「睡眠アドバイス」は全3回。赤ちゃんの睡眠について解説した第1回に続き、第2回では「思春期の子どもに早寝早起きを強いてはいけない理由」、第3回では「大人の睡眠時間と睡眠不足の実態」について伺います】

取材・文/佐藤美由紀
写真/嶋田礼奈

さとう みゆき

佐藤 美由紀

Miyuki Satou
ノンフィクション作家・ライター

広島県福山市出身。ノンフィクション作家、ライター。著書に、ベストセラーになった『世界でもっとも貧しい大統領 ホセ・ムヒカの言葉』のほか、『ゲバラのHIROSHIMA』、『信念の女 ルシア・トポランスキー』など。また、佐藤真澄(さとう ますみ)名義で児童向けのノンフィクション作品も手がける。主な児童書作品に『ヒロシマをのこす 平和記念資料館をつくった人・長岡省吾』(令和2年度「児童福祉文化賞」受賞)、『ボニンアイランドの夏:ふたつの国の間でゆれた小笠原』(第46回緑陰図書)、『小惑星探査機「はやぶさ」宇宙の旅』(第44回緑陰図書)、『立てないキリンの赤ちゃんをすくえ 安佐動物公園の挑戦』、『たとえ悪者になっても ある犬の訓練士のはなし』などがある。近著は『生まれかわるヒロシマの折り鶴』。

広島県福山市出身。ノンフィクション作家、ライター。著書に、ベストセラーになった『世界でもっとも貧しい大統領 ホセ・ムヒカの言葉』のほか、『ゲバラのHIROSHIMA』、『信念の女 ルシア・トポランスキー』など。また、佐藤真澄(さとう ますみ)名義で児童向けのノンフィクション作品も手がける。主な児童書作品に『ヒロシマをのこす 平和記念資料館をつくった人・長岡省吾』(令和2年度「児童福祉文化賞」受賞)、『ボニンアイランドの夏:ふたつの国の間でゆれた小笠原』(第46回緑陰図書)、『小惑星探査機「はやぶさ」宇宙の旅』(第44回緑陰図書)、『立てないキリンの赤ちゃんをすくえ 安佐動物公園の挑戦』、『たとえ悪者になっても ある犬の訓練士のはなし』などがある。近著は『生まれかわるヒロシマの折り鶴』。