
子どもが「勉強したくない!」と言い出した!「親が子どもにできること」は何? ベテラン教育者2人が伝授
国語教師・甲斐利恵子✕教育者・鳥羽和久対談#2「親の寄り添い方」
2025.02.17
子どもは「感謝しない生きもの」だから尊い
甲斐 風越学園では卒業する9年生になっても、将来の夢を書かせたりしないんです。
鳥羽 それは素晴らしいことですね。
甲斐 子どもたちには将来のことを気にせず、いまやりたいことを精いっぱいやってもらいたい。そこで見えてきたものをちゃんと言葉にしながら、自分のやりたいことを親に伝えて納得してもらう。その先にしか、進路は見えてこないんじゃないかと思うんです。
鳥羽 そのとおりだと思います。僕は、「二分の一成人式」が大嫌いなんですよ。将来の夢や、親への感謝を書かせて発表させるでしょう。でも、子どもは感謝しない生きものだから尊いと、僕は思ってるんですね。
なぜかというと、彼らは「いま」を生きているから。感謝は「過去─現在─未来」という時間性を意識したところに初めて生じる感情です。だから、夢や感謝の気持ちを持たせるのは、「いま・ここ」を生きている子どもたちの思考と矛盾するんですよ。向いてないことを無理やりやらせても、うまく立ち回る姑息さが身につくだけです。
「将来の夢があります」という小学生って、僕はちょっと疑っちゃうんです。「お医者さんになりたい」って、自分の欲望じゃなくて親や親族の欲望を受け取ってしまってるやん、みたいに思ってしまうこともある。その構図が地獄絵のように見えることもあります。
ちなみに僕は子どもの頃、将来の夢はありませんでした。甲斐さんはどうでしたか?
甲斐 この流れで言い出しにくいんですけど……私は、物心ついたときから「うちゃ、先生なるばい!」と言っていたんです。
鳥羽 あら、そうですか。やっぱり甲斐さんは奇特な方ですね。本当に稀(まれ)にいるんですよね、そういう人が。
甲斐 先生になりたいと思ったのは、4歳頃。それも兄の影響でした。歳の離れた兄が私を相手に先生ごっこをしていて、私も先生に憧れてしまった。私はめでたい人間なので、将来については一度も迷ったことがありません。ずっと先生になりたかった。
自分は、たまたまそう願って本当になれたけど、子どもたちには「将来の夢をいま決めなくたって楽しい人生は送れるよ」と伝えています。
鳥羽 それに関連して言えば、僕は「自分を知る、自分になる(*)」という言葉をよく使うんです。
*=鳥羽和久『親子の手帖』(鳥影社)より。
「自分になる」というのは実は難しい。「自分にならない」ように努めて生きてる人が多いようにさえ、僕には見えます。
「自分にならない」というのは、まず、自分の欲望に従って生きないということ。人間の不自由の形式は、大きく分けて二つあると思います。一つ目には、国家などの大きな権力の抑圧による不自由ですね。そしてもう一つは、他者の欲望で生きてしまう不自由です。
これは、親をはじめとする他者の欲望に、自分が乗っ取られるということです。これが、親と自分の欲望の境界がわからなくなり、子どもが親の夢を自分の夢として語ることにあたります。
甲斐 子どもは、親を喜ばせるために、親の希望を敏感に感じ取りますからね。そういうケースはよくあるだろうと思います。
鳥羽 そうなんですよね。一つ目の不自由はある意味ではわかりやすいのですが、二つ目の不自由は自分では認識しづらい。その不自由さがその人のデフォルトの設定になってしまっていますからね。だから、若い人たちにその不自由さから抜け出すレジスタンスを呼びかけることが、近著(*)で僕がやろうとしたことでした。
*近著=『君は君の人生の主役になれ』(ちくまプリマー新書)。
数式や化学式が将来なんの役に立つんだって、よく言うじゃないですか。確かに大人になって、生活や仕事で平方根とかイオン式を使う機会は少ない人が多い。でも、それは役に立っていないんじゃなくて、役に立ってるかどうかわからないというだけです。
自分の感度というか、世界への解像度が低いだけ。僕はやっぱり勉強したことは、きっとどこかで役に立ってると思うんです。
●鳥羽和久(とば・かずひさ)PROFILE
教育者・作家。1976年福岡県生まれ。専門は日本文学・精神分析。大学院在学中の2002年に学習塾を開業。現在は、株式会社寺子屋ネット福岡代表取締役、学習塾「唐人町寺子屋」塾長、単位制高校「航空高校唐人町」校長、「オルタナティブスクールTERA」代表。著書多数。朝日新聞EduA教育相談員。
●甲斐利恵子(かい・りえこ)PROFILE
国語教師。福岡県生まれ。軽井沢風越学園スタッフ。東京都港区立赤坂中学など公立中学で38年間国語科の教員を経て、2021年に軽井沢風越学園に参画。光村図書中学校『国語』教科書編集委員などを歴任。著書に『国語授業づくりの基礎・基本 学びに向かう力を育む学習環境づくり』(共著・東洋館出版社)など。
*軽井沢風越学園=2020年に長野県軽井沢町に開校した幼稚園、小・中学校。3歳から15歳までの12年間の連続性を大切にしたカリキュラムを実施。異年齢での学びや、プロジェクト学習を中心に据えた学習などで、一人ひとりの「自分をつくる」と「自分でつくる」時間を積み重ねている。
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甲斐 利恵子
福岡県生まれ。軽井沢風越学園スタッフ(7~9年生国語・9年生卒業探究担当)。学生時代から国語教師で国語教育研究家の、大村はま国語教室に学び続ける。東京都港区立赤坂中学など公立中学で38年間国語科の教員を経て、2021年に軽井沢風越学園に参画。 光村図書中学校『国語』教科書編集委員などを歴任。著書に『聞き手 話し手を育てる』『国語授業づくりの基礎・基本 学びに向かう力を育む学習環境づくり』(ともに共著・東洋館出版社)『子どもの情景』(光村教育図書)など。 ●軽井沢風越学園・甲斐利恵子先生紹介
福岡県生まれ。軽井沢風越学園スタッフ(7~9年生国語・9年生卒業探究担当)。学生時代から国語教師で国語教育研究家の、大村はま国語教室に学び続ける。東京都港区立赤坂中学など公立中学で38年間国語科の教員を経て、2021年に軽井沢風越学園に参画。 光村図書中学校『国語』教科書編集委員などを歴任。著書に『聞き手 話し手を育てる』『国語授業づくりの基礎・基本 学びに向かう力を育む学習環境づくり』(ともに共著・東洋館出版社)『子どもの情景』(光村教育図書)など。 ●軽井沢風越学園・甲斐利恵子先生紹介
鳥羽 和久
教育者・作家。1976年福岡県生まれ。専門は日本文学・精神分析。2002年、大学院在学中に学習塾を開業。現在は、株式会社寺子屋ネット福岡代表取締役、学習塾「唐人町寺子屋」塾長、単位制高校「航空高校唐人町」校長、「オルタナティブスクールTERA」代表を務める。 小中高生150名超の学習指導に携わり、無時間割り授業、中学生向けの国語塾、高校生の哲学対話など、特色ある授業を開講。 著書に『君は君の人生の主役になれ』(筑摩書房)、『親子の手帖 増補版』(鳥影社)、『おやときどきこども』(ナナロク社)、『「推し」の文化論』(晶文社)、『「学び」がわからなくなったときに読む本』(編著、あさま社)など。 連載に大和書房「僕らはこうして大人になった」、西日本新聞「こども歳時記」、筑摩書房「十代を生き延びる 安心な僕らのレジスタンス」、晶文社「旅をしても僕はそのまま」など。朝日新聞EduA教育相談員。教育や現代カルチャーに関する講座、講演も多数(NHKカルチャー「推しの文化論」など)。 ●「唐人町寺子屋」HP
教育者・作家。1976年福岡県生まれ。専門は日本文学・精神分析。2002年、大学院在学中に学習塾を開業。現在は、株式会社寺子屋ネット福岡代表取締役、学習塾「唐人町寺子屋」塾長、単位制高校「航空高校唐人町」校長、「オルタナティブスクールTERA」代表を務める。 小中高生150名超の学習指導に携わり、無時間割り授業、中学生向けの国語塾、高校生の哲学対話など、特色ある授業を開講。 著書に『君は君の人生の主役になれ』(筑摩書房)、『親子の手帖 増補版』(鳥影社)、『おやときどきこども』(ナナロク社)、『「推し」の文化論』(晶文社)、『「学び」がわからなくなったときに読む本』(編著、あさま社)など。 連載に大和書房「僕らはこうして大人になった」、西日本新聞「こども歳時記」、筑摩書房「十代を生き延びる 安心な僕らのレジスタンス」、晶文社「旅をしても僕はそのまま」など。朝日新聞EduA教育相談員。教育や現代カルチャーに関する講座、講演も多数(NHKカルチャー「推しの文化論」など)。 ●「唐人町寺子屋」HP