【いじめ】書店員が出会った「素通りできない一冊」の凄さ

「子どもを理解した気になってない?」と問いかけてくる児童書

いまだに「いじめ」を隠蔽している教育現場

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とても悲しいことだが、「いじめ」にまつわるニュースは途絶えることがない。

この4月、茨城大学教育学部附属小学校が重大ないじめが起きたことを把握しておきながら、1年以上にわたって文部科学省に報告していなかったというケースが発覚した。

滋賀県の公立中学校で同級生からいじめを受けた被害者が自殺したことがきっかけとなって制定された「いじめ防止対策推進法」。こちらができて、今年で10年になる。

ひとたび、いじめの疑いのある事案が見つかったら、時には警察への通報もふくめ、厳正に対処しなければならなくなったはずだが、教育現場には、「いじめなど、なかったことにしたい」という10年前と変わらぬ隠蔽体質が、いまだに残っているということのあらわれとしか言いようがない。

被害者にとっても、加害者にとっても、「いじめ」が過去のものになることは、決してない。

“しょこたん”こと中川翔子さんや、お笑いトリオ「ジャングルポケット」の斉藤慎二さんが、自身が被害者となった過去を明らかにしたうえで、忘れられるものではないと訴え、被害を受けている子どもたちにメッセージを送っている。

花田優子さんは、紀伊國屋書店横浜店の児童書コーナーに勤務するベテラン書店員だが、子どもたち、若い世代に本を届ける花田さんの目に、まさに「いじめ」をテーマにした一冊の児童書が目にとまった。

花田さんが、どうしてこの本を子どもにも、大人にも届けたいと思うのかについて、メッセージを熱くつづった。

【著者プロフィール】
花田 優子(はなだ ゆうこ)
2010年、紀伊國屋書店横浜店入社。入社以来一貫して児童書担当で担当歴は13年に突入。主に絵本・読み物担当。その前も書店勤務一筋(たまに他業種にトライしたことも)。「本に生かされて今の自分がある」と信じて疑わない。

「素通りできない本」との出会い

「今日はどんな新刊入ったかしらー?」

バックヤードでニマニマしている日々の中、一冊の本がカミソリのごとく、私のニマニマを切り裂きました。

『だれもみえない教室で』(工藤純子・著)

水槽の中に再現された教室、そこにひとり佇む子ども。苦しさを覚える装丁、そして帯に書かれた「いじめ」の文字。

「ああ、この本は素通りできないな」と直感しました。

書店員をしていると日々多くの新刊本と出会うわけですが、このような直感に見舞われることがたまにあるのです。まさにこの本がそうでした。

NHKの連続ドラマのタイトルバックを担当したことでも知られるミニチュア写真家・田中達也さんが手がけたミニチュアがカバー装画となっている。

大人への不信感も包み隠さない!

小6のクラスで、ある子どものランドセルに金魚のエサが入れられた。

エサを入れた加害者・颯斗(はやと)。颯斗を止められずその行為に加わってしまった連(れん)。被害者の清也(せいや)。そして、3人の担任である原島(はらしま)。

彼らの周りにいるクラスメイトや大人たち。「いじめ」を軸にそれぞれの立場で語られるそれぞれの物語……なのですが、この作品は彼らがブチ当たる悩みや葛藤を、安易に物語という枠には落とし込みません。

いじめをそれと意識せずに起こし、巻き込み、巻き込まれていく様を、彼らの心の動きだけでなく、言葉にはしきれない思いまでをも言葉にし、痛々しいまでに語らせています。

また、登場する大人たちはいじめを自分たちの都合の良いようにしか見ようとせず、起こっている事実から、それはそれは上手に目をそらすのです。

そんな大人たちに対して子どもたちが抱く不満、不信感、嫌悪感。

でも、本当は分かってほしいという渇望感も包み隠さず語られるので、この作品を読む大人側としては、胸をえぐられるような痛みを伴います。

子どもを理解した気になった大人に問いかけてくる

でも、だからこそ、同じ年代を生きる子どもの読み手には自分事のように受け止められることでしょう。

そして、いじめと向き合おうと覚悟をしても大人の力でうやむやにされてしまう……くやしい、でもどうして良いのか分からない。

そんなモヤモヤに初めて名前を付けてもらえたような安心感や安堵感を、若い読者に与えるのではないでしょうか。

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そして、私たち大人には、子どもを取り巻く現実を分かりやすい物語に落とし込んで理解した気になっていないか、その物語を子どもたちに押し付けていないか。目の前にいる子どもとしっかりと向きあえているか──と問いかけてくるのです。

そして迎える結末。

そこにはキレイごとではない、まがい物ではない希望が確かにありました。

「売る」だけではない覚悟と挑戦

児童書担当となって、たくさんの児童書に目を通して驚いたのが、子どもたちが抱える悩みが昔も今も何ら変わっていないという事実です。

いじめ問題もその一つです。

もちろん子どもたちを取り巻く環境は激変しています。

でもそれは、見える外側が変わっているだけ。内なる悩みは何一つ変わっていないのです。

それは、そこでしか生きられないと信じこんでいる(信じこまされている)世界で生きる息苦しさ、言葉にできないもどかしさ、大人を頼れない、頼る大人がいないつらさ……。

そう、子どもであるがゆえの不自由さなのです。

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この変わることのない現実に気づいたとき、児童書担当として、また、同じ年頃だったときに本に救われてきたかつての子どもとして、本に何ができるのか、私は何をしていくべきか。

「売る」だけではない覚悟と挑戦が必要だと痛感しました。

世界をより楽しく、味わい深くできるような本を

こう言っては身も蓋もないのですが、本を読んでも世界は激変しませんし、悩みが一気に解決されるということはありません。

でも、読み手の心の世界を広め・深めていくことは絶対にできるのです!

私自身は基本的に思い悩むような子どもではなかったのですが、それでも日々の中で感じる理不尽さや、悩みは尽きることはありませんでした。

そんなとき、本を開いて、本の中で生きることでどれだけ救われたでしょうか。

『だれもみえない教室で』のような本に出会い、読み手が何かしらの自分の内なる世界の変化を感じ、生きるためのエネルギーに変えてくれたら、こんなに嬉しいことはありません。

もちろん日々を楽しく生きている子どもたちも、たくさんいることでしょう。

どんな「今」を生きている子どもにも、世界をより楽しく、味わい深くできるような本を偏ることなくそっと差し出せるような、そんな書店員でありたいと思っている毎日です。

工藤純子・著『だれもみえない教室で』(講談社)

人の心の中は見えないもの、
そして伝わらないもの
しっかりと伝えるためには
「言葉」にすることが大切!
「心」よりも「行動」が大切!
(元・麴町中学校校長、現・横浜創英中学・高等学校校長 工藤 勇一氏)

『となりの火星人』『あした、また学校で』『サイコーの通知表』と、小学生の生きづらい現実に寄り添った話題作を放った工藤純子氏の書きおろし最新作。

「よくあるよね。大人に無理やりあやまらされたり、握手させられたり。本人同士は納得していないのに」
「なんで、そんなことになるんだろう」
「まあ、問題を大きくしたくないとか、さっさと終わらせたいとか……大人の都合もあるよね」
オレたちの気持ちは、いつもどこかに置き去りにされたままだ。(本文より)

小6のクラスで起きた、ランドセルに金魚のエサが入れられるという事件。被害を受けた子も、エサを入れた子たちも、いじめが起きている空気を感じつつ声をあげられなかったクラスメートも、そして、加害者としていじめに加担した過去を持つ担任の教師だって、いじめという「現実」からはけっして逃れられない──。痛烈なメッセージが込められた一冊です。

カバー装画は、ミニチュア写真家・見立て作家としてNHK連続テレビ小説『ひよっこ』のタイトルバックや、一般文芸作品の装画で活躍中の田中達也氏が担当しました。

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くどう じゅんこ

工藤 純子

Junko kudo
児童文学作家

東京都生まれ。2017年、『セカイの空がみえるまち』(講談社)で第3回児童ペン賞少年小説賞を受賞。おもな作品に、『となりの火星人』『あした、また学校で』『サイコーの通知表』(以上、講談社)、『てのひらに未来』『はじめましてのダンネバード』(ともに、くもん出版)、「恋する和パティシエール」「プティ・パティシエール」シリーズ(ともにポプラ社)、「リトル☆バレリーナ」シリーズ(Gakken)、「ミラクル☆キッチン」シリーズ(そうえん社)などがある。日本児童文学者協会会員。全国児童文学同人誌連絡会「季節風」同人。

東京都生まれ。2017年、『セカイの空がみえるまち』(講談社)で第3回児童ペン賞少年小説賞を受賞。おもな作品に、『となりの火星人』『あした、また学校で』『サイコーの通知表』(以上、講談社)、『てのひらに未来』『はじめましてのダンネバード』(ともに、くもん出版)、「恋する和パティシエール」「プティ・パティシエール」シリーズ(ともにポプラ社)、「リトル☆バレリーナ」シリーズ(Gakken)、「ミラクル☆キッチン」シリーズ(そうえん社)などがある。日本児童文学者協会会員。全国児童文学同人誌連絡会「季節風」同人。