精神科医 名越先生がぬりえで心を整える方法を伝授「僕も暗部を絵にして救われた」

名越康文先生が子育て中に描いた77枚の鳥の絵を公開

編集者・ライター:山口 真央

子育てや仕事で忙しい毎日。やっと手に入れた自分の時間も、ついぼーっと動画やSNSを見て、あっと言う前に過ぎてしまう、なんてことはありませんか。

精神科医の名越康文先生は、充足感を得たいなら、何かに取り組んで没頭することが必要だと語ります。なかでも絵を描いたり、ぬりえをしたりすることは、自分の内面と向き合うのに最適な方法なのだとか。

ご自身も子育て中、絵を描いていたという名越先生に、絵と向き合うことの魅力と効果についてお話を伺いました。

「ぬりえは全部をぬり切ろうとしなくてもいい。好きなところだけぬるのでも十分癒やし効果がある」と話す精神科医の名越康文先生。
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子育て中に不思議な鳥の絵を77羽描いた

名越康文先生(以下名越、敬称略):子どもを育てているときに親御さんが大変なのは、体力的な疲労だけではありません。子どもの世話に追われて、つい「自分だけ」の時間を忘れてしまう。ひとりで何かに没頭する時間を失うと、知らず知らずのうちにストレスを溜めこんでしまうんです。

僕も仕事と子育ての両立が大変だったとき、自分を見失いそうになったことがありました。子どもが生まれると、生活がガラッと変わりますよね。日中は仕事をして、家に帰れば子どもの世話をして、自分の時間がまったくなかった。だんだんと精神的に不安定になっていったんです。

そんなときに、ふと「絵を描きたい」と思いついた。はがきサイズの小さな紙を買ってきて、思うままにペンを走らせました。集中して絵を描いていると、周りの音が消えていって、心が落ち着いてくる。一応ツイッターには載せていましたが、別に誰に見せようという訳でもなく気ままに描いていました。それでも仕上がった絵をみて、僕は救われた心地がしました。

名越康文先生が描いた、不思議な形や色をした鳥の絵。名越先生は子どものころ、漫画家を目指していました。

名越:それから僕は週に5枚ぐらい、不思議な鳥の絵を描き続けました。精神科医として、また父親として、患者さんや子どもを安心させたいと思うあまり、自分の暗部を蔑ろにしていたのかもしれません。奇妙な鳥の絵は、僕の内面の暗いところや、ドロドロしたところを映し出してくれました。

不思議な鳥の絵を77枚描いたあとに、ちょっと怖い椅子の絵を33枚描いて、それから自然と絵を描かなくても平気になりました。あの期間は自分だけのために絵に没頭することが、僕の精神安定剤になっていたんです。

地道にコツコツ色を塗ることで人は満たされる

名越:子育て世代の皆さんには、自分のためだけに没頭する時間をぜひつくってほしいと思います。文章を書くというのも、一つの手段です。ただ文章を書こうとすると気負いが出て、型にはまった文章になる人も多い。SNSやブログで文章を書こうとすればなおさら、人の評価が気になります。自分を自由に表現して発散させることが目的なのに、他人軸で考えてしまったら本末転倒です。

その点、絵を描くことは、心のなかを投影しやすい。人によっては、文章よりも何十倍も自由に表現できることもあるでしょう。もし絵を描くことがハードルが高ければ、ぬりえをしてみるのはどうでしょうか。色の選択や、色のぬり方、色彩の濃淡などで、素直な自分が表現できるはずです。

「絵を描く技術がなくても、ぬりえだったら大丈夫。色をぬるだけで自分を表現することができます」と話す精神科医の名越康文先生。

名越:さらにぬりえのいいところは、出来上がるまでに時間を要するところ。いまは簡単にエンターテイメントを手にいれることができる時代です。自宅にいながら映画を観たり、動画で海外旅行気分を味わうこともできる。僕もたくさん、楽しませてもらっています。

一方で便利なことへの、ちょっとした不安も湧き上がります。たとえば合気道を習うとなったら、道場へ行って、道着に着がえて、黙想して、先生に「よろしくお願いします」とあいさつして、やっと合気道がはじまります。一見、無駄にも見えるこの工程が、合気道の真髄を学ぶためには必要な気がするんです。

ぬりえも地道にぬることでしか、絵を完成させることはできません。どこをぬるか考え、ぬる色を選び、コツコツ色をぬっていく。2、3日経ってまた眺める。こういった行動の起承転結があるからこそ、絵が完成したとき、人は本当の充実感を得られるのではないかと私は考えます。

「命の発露」を感じさせる花ぬりえ

「花ぬりえ絵本 不思議な国への旅」の表紙。
作:北見葉胡 定価:1485円(税込み)

名越:大人向けのぬりえの本には、さまざまな種類がありますが、せっかくならきれいに整ったイラストよりも、ちょっと不思議な世界に取り組んでみてはいかがでしょうか。

「花ぬりえ絵本 不思議な国への旅」は、かわいい花や妖精もたくさん描かれていますが、対照的に熟れた実や、うねうねとしたつるなども描かれています。グロテスクにも見えるイラストがあって、それがとても美しくて、僕が好きな世界だと感じました。

動物の虎が美しいと感じるのは、単純な美しさだけでなく、そこに怖さを感じているからだと思いませんか。この世界も同じで、きれいな面だけでなくグロテスクさが共存して、美しく仕上がっている。「花ぬりえ絵本 不思議な国への旅」のイラストは、ぬるだけでこの世界の生々しさを体験できる作品だと感じました。

一人の時間にはもちろん、余裕があるときは、お子さんと一緒にぬってみるのもいいかもしれません。新型コロナウイルスの影響で清潔に保つことを強いられている今だからこそ、生々しい植物のイラストから、命の発露を感じてみてほしいです。

最近、心が荒んでいると感じる親御さんは、ほんの少しでも、何かに没頭する時間をつくってみましょう。絵を描いてもいいですし、気軽なぬりえからはじめてみても構いません。何もかも忘れて作業することで、必ず心にゆとりが生まれ、また育児や仕事をがんばる気力が湧いてくるはずです。

「花ぬりえ絵本 不思議な国への旅」のイラストを指差し「自分がここにいると想像するだけで満たされる気持ちになる。ぜひ自分なりの色をつかって塗り上げてほしい」と話す名越康文先生。

名越康文(なこし やすふみ)
1960年、奈良県生まれ。精神科医。相愛大学、高野山大学、龍谷大学客員教授。専門は思春期精神医学、精神療法。近畿大学医学部卒業後、大阪精神医療センターにて精神科救急病棟を設立。
名越康文シークレットトークYouTube分室

撮影/児童図書編集部

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やまぐち まお

山口 真央

編集者・ライター

幼児雑誌「げんき」「NHKのおかあさんといっしょ」「おともだち」「たのしい幼稚園」「テレビマガジン」の編集者兼ライター。2018年生まれの男子を育てる母。趣味はドラマとお笑いを観ること。

幼児雑誌「げんき」「NHKのおかあさんといっしょ」「おともだち」「たのしい幼稚園」「テレビマガジン」の編集者兼ライター。2018年生まれの男子を育てる母。趣味はドラマとお笑いを観ること。