子どもたちに自信と肯定感が芽生えた 宮城・雄勝町「モリウミアス」の子どもたちで全部決める田舎暮らしとは

子どもの複合体験施設「モリウミアス」(宮城・雄勝町)#2 滞在体験した子と親の変化

MORIUMIUSフィールドディレクター:油井 元太郎

ある日の夕食風景。誰かが味のしない味噌汁を作っても、みんなが笑い飛ばしてくれる雰囲気です。自分たちで作った夕食を囲みながら、どんな一日だったかを話すこともあります。  写真提供:MORIUMIUS
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三陸復興国立公園(宮城県石巻市)に属し、子どもが豊かな自然の中で「循環する暮らし」を体験できる複合体験施設「MORIUMIUS(以下、モリウミアス)」。前編では、モリウミアス設立のいきさつやどんな体験ができるのかを、そこで暮らす子どもたちの様子とともにお届けしました。

後編となる今回は、モリウミアスにいるスタッフが子どもたちと向き合う姿勢、そこから子どもたちの内面にどんな変化が起こるのか。

また、参加した子どもの保護者から、滞在体験をした子どもの感想やその後の変化などもお聞きします。

※2回目/全2回(#1を読む

子どもたちに投げかけるのは考えるきっかけ

宮城県石巻市雄勝町(おがつちょう)に、「循環する暮らし」を体験できる子どもの複合体験施設・モリウミアスが誕生したのは2015年。

「体験格差」が問題視され、探究学習の必要性がいわれる昨今、子どもが海や森、地域の方たちやプロフェッショナルとさまざまな体験ができる同施設には、全国から子どもたちが集まっています。

子ども・大人ともに1泊から滞在ができ(大人は2泊まで)、もっとも人気があるのは1週間滞在プラン。2022年からは雄勝の学校に1年間通う「漁村留学」も導入。どの滞在でも大人はほぼ介入せず、子どもだけで物事や役割を決めて暮らします。加えて雄勝町の地域性をいかした漁や農業など自然との触れ合いプログラムも体験できます。

2015年からの9年間で、大人の宿泊施設ができたり、体育館だった建物をリノベーションして漁村留学を始めたりと、さまざまな変化がありました。

しかし、全く変わっていないことがあります。

「子どもたちを受け入れて尊重し、信じて、寄り添うという向き合い方です」(油井さん)

親と離れた経験のない子がやってきて、何日も泣いているなんてことはよくあること。もちろん、子ども同士の小さないざこざも多々あります。

「スタッフが答えを提示したり、𠮟ったりするのは簡単ですが、ここでは子どもたち同士で解決させるようにしています。

『あの子、寂しそうだね。何かみんなでできないかな』
『どうやったら、もうあの子はああいうことをしなくなると思う?』

と、何か解決に導くきっかけを投げかけると、自分たちでどうにかしようと考え、コミュニケーションを取り始めます。それでうまく収まることもあれば、そうじゃない場合もある。

うまくいかなかったとしても、その子たちには関係性が生まれますよね。いい関係じゃないかもしれないけど、そのモヤモヤも『こういう子もいる』と多様性を認める、大事な通過点だと考えています」(油井さん)

子どもたちとスタッフは、対等な関係。そのためスタッフはニックネームで呼ばれています。  写真提供:MORIUMIUS

モリウミアスを経て芽生えた自信と自己肯定感

モリウミアスに参加する子の半分がリピーターで、中には小学校低学年から毎年のように参加している子もいます。

実際に滞在プランや漁村留学を経験した子どもの保護者に、その後の子どもの様子などをうかがいました。

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▼Aさんの場合(小5女児の母/子どもが小学校低学年から1泊2日~7泊8日の滞在プランに何度も参加)

偏差値の物差しから逃れられない教育に対して違和感があり、また、自然と触れ合うことがエンタメになっていることへの不安がありました。そんなとき、モリウミアスに出会い、6歳だった娘は毎年通うようになって、今は11歳。娘の人生の半分は、ここで体験をしています。

モリウミアスを「私の実家」と表現する娘は、「大きくなったらモリウミアスで働きたい」と言っています。

その魅力を娘に聞くと「何をしてもしなくても、好きな時間や場所が見つかる。みんなでいても、1人でいてもいい。『何でもいいよ』ではないけれど自由だし、自分で考えて決めることも聞いてもらえる」と教えてくれました。

好きなだけ動物たちや自然に触れられ、冒険をそれぞれのペースでできることから、自分の時間を自分の意思で過ごしている。そんな実感があるのだと思います。

また、雄勝の方々がまるで現地の子どものように受け入れてくれます。子どもも親も、そしてモリウミアスのスタッフも、相互に本気の覚悟があるように感じます。

モリウミアスを経験して、家で何でもお手伝いをするようになった……ということはありません(笑)。それでも自分でご飯を炊くこと、味噌汁を作ること、魚をさばくこと。それが自分でできるという自信が、彼女を支えているなと思います。魚をさばくことは、母以上に上手です。

▼Bさんの場合(小5女児の母/子どもが小4のときに1年の漁村留学を経験)

モリウミアスに初めて参加したのは娘が年長のとき。小1からは毎年夏の1週間プログラムに通い続け、小4で留学しましたが、それらはすべて娘自身の意志です。娘はほかのサマーキャンプなどとの違いを「ぜんぶ自分で決められることがいい」と言っています。

漁村留学を終えたあと、料理をはじめとする家事、勉強の計画、習い事の練習など、親が何も言わなくても自分で見通しを立てて動くようになりました。

また、1年間、親もとを離れて留学生活をやり切ったことで大きな自信をつけ、自己肯定感が格段に上がったと思います。

母である私自身も、9~10歳という心が成長する時期に1年間離れたことで、本当の意味で娘を信頼して彼女の選択にまかせ、いろいろなことを手放せるようになったと思います。帰宅後もイキイキと暮らす娘を見て、「この子なら大丈夫だな」とゆったり見守れるようになりました。

変化の理由はさまざまありますが、まずはスタッフさん。子どもを子ども扱いせず、何でも「できる」と信じて見守る姿勢があります。子どもたちに安心して失敗できる環境を作ってくださっていたのだなぁと。娘は安心しきって接していますし、親以外のそういう大人と出会えたことは、ありがたい限りです。

雄勝小学校も娘には本当にいい時間でした。全校生徒20名、同級生6名という環境の中で、一人ひとりが尊重され、生かし合う関係性が生まれていました。地元の方々にも、無償の愛情をたっぷりいただきました。雄勝の町全体で娘をかわいがり、育てていただき、娘にとっては心の故郷ができました。

留学生3人とスタッフとの暮らしの中では、迷うことや困ることもたくさんあったと思います。そんなとき、答えのない中で対話をし、何とか結論を出し、もがきながらも行動していく経験を積み重ねたことは、確実にこれからを生きる力になっていくと思います。

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尾頭付きの魚と格闘! 暮らしづくりの中で魚をさばけた喜びが、大きな自信になります。  写真提供:MORIUMIUS

子どもごとに違う自信や自己肯定感が眠る場所

モリウミアスでの暮らしを終えて帰宅した子どもたちには、自信や自己肯定感が見えたようです。モリウミアスの何が、子どもたちからそれを引き出し、育んだのでしょうか。

まずは、モリウミアスを取り囲む自然環境が子どもを育てるということ。

「鳥の鳴き声や太陽の暑さ、森の匂いなど、意識しなくとも潜在的に感じているものがあるはずです。豊かな自然の中で都会では得られないものを感じ、感性が刺激されて、子どもたちがイキイキしていく。自然が育てるという視点は、モリウミアスのベースとなっている大事な要素です」(油井さん)

そしてそのベースがあったうえで、スタッフの存在や向き合い方が大きいと語ります。

「みんながみんな、モリウミアスに興味を示し、楽しもうとする子ばかりではないので、中には1人でいたいと言って、絵を描いているような子もいます。でも、プログラムに参加することが正解ではないし、みんなの輪の中に入ることがゴールではないので、特に問題はありません。

子どもの中には、『みんなと違う自分』を受け入れてもらえなかった経験をしている子もいるので、その子を丸ごと受け入れるスタッフの姿勢に『あ、自分らしくいていいんだ』と思ってくれるようです。

マッチで火をつけられた、魚をさばけたという暮らしの中の成功体験が自信になる子もいれば、自分らしさや他者との違いに気づけた価値観の変化が、自分を大切にすることにつながる子もいる。

何が自信や自己肯定感のきっかけになるかはそれぞれに違うので、私たちは子ども1人1人を受け入れて寄り添いながら、さまざまな機会をつくっています」(油井さん)

役割を与えられて暮らしづくりの担い手となることも、子どもたちの主体性を養います。  写真提供:MORIUMIUS

モリウミアス設立のいきさつや施設の特徴、取り組み、体験プログラムについていろいろとお聞きしましたが、最後に利用するヒントをうかがいました。

「親は行かせたいけど子どもが拒否する、子どもは行きたがっているのに親が心配で手放せないなど、親子の間に温度差があるとアンハッピーな結果になる可能性があるので、まずは互いに無理をしないことでしょうか。

最初に短期(1泊2日~2泊3日)の『MEET』を体験して、楽しかったら夏休みなどに『LIVE IN』(6泊7日)に参加するとか、段階を踏むのがいいかもしれません。

短期なら親御さんも敷地内に宿泊できるので、子どもは安心するでしょうし、親御さんも心配なときは様子を見られますから」(油井さん)

大人の宿泊施設のアネックス。親同士が意気投合し、元の生活に戻ってからも家族ぐるみで交流を深める方々もいるそうです。  写真提供:MORIUMIUS

子どもが10人いれば、10人それぞれが違う場所に、自信や自己肯定感の種を抱えています。

モリウミアスの子どもを尊重し、信じる姿勢がその種を見つけ、ひたすら寄り添いながら養分を与えて、その芽をグングン育てているのだろうなと感じました。

家と学校以外の居場所として、モリウミアスを心のより所にする子どもたちが、これからもどんどん増えていきそうです。

●モリウミアス費用目安
・「MEET MORIUMIUS」1泊2日~2泊3日短期滞在プラン/子ども1名宿泊費¥11,000~+プログラム費¥12,700~、大人1名宿泊費¥16,400~

・「LIVE IN MORIUMIUS」6泊7日滞在プラン/子ども1名宿泊費¥53,400~+プログラム費¥84,000~
※すべて税抜き

●関連サイト
モリウミアス公式HP
モリウミアス漁村留学

取材・文/阿部真奈美

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ゆい げんたろう

油井 元太郎

Gentaro Yui
公益社団法人MORIUMIUS理事/フィールドディレクター

1975年東京生まれ。アメリカで大学を卒業後、音楽やテレビの仕事に携わる。2004年から日本のキッザニア創業メンバーとなり、2006年東京、2009年甲子園にキッザニアを開業。 2013年に石巻市雄勝町へ移住。2015年、循環する暮らしを体験できる子どもの複合体験施設「MORIUMIUS(モリウミアス)」をオープンさせた。2015年日経ビジネスが選ぶ次代を創る100人に選出。 ・モリウミアス公式HP ・モリウミアス漁村留学

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1975年東京生まれ。アメリカで大学を卒業後、音楽やテレビの仕事に携わる。2004年から日本のキッザニア創業メンバーとなり、2006年東京、2009年甲子園にキッザニアを開業。 2013年に石巻市雄勝町へ移住。2015年、循環する暮らしを体験できる子どもの複合体験施設「MORIUMIUS(モリウミアス)」をオープンさせた。2015年日経ビジネスが選ぶ次代を創る100人に選出。 ・モリウミアス公式HP ・モリウミアス漁村留学

あべ まなみ

阿部 真奈美

ライター

ライター。1976年生まれ、宮城県在住。旅情報誌やグルメ記事、インタビュー記事を中心に執筆。 韓国への留学経験を生かし、最近はゲームのシナリオ翻訳も手がける。好物はトウモロコシ。

ライター。1976年生まれ、宮城県在住。旅情報誌やグルメ記事、インタビュー記事を中心に執筆。 韓国への留学経験を生かし、最近はゲームのシナリオ翻訳も手がける。好物はトウモロコシ。