「育児を育“事”と割りきるとラクになれた」カーリング・本橋麻里の気づき

ロコ・ソラーレ代表・本橋麻里さんインタビュー「スポーツと育児の相乗効果」2/4 ~育児と育事編~

竹田 聡一郎

次男が誕生して育児を育“事”と割りきった

2020年春には次男を出産した本橋さん。育児にはよく「2人目の子どもは苦労が倍ではなく2乗になる」なんていう格言めいたフレーズがありますが、その例に漏れず「毎日、戦っています」と忙しい毎日を現在も過ごしています。

「次男くんにこっちで手をかしてたら、長男くんが向こうで転んでいた。なんていうことは日常的に起こります。だから、どちらかといえば落ち込むことのほうが多いですね。
毎晩、一日の終わりに、『洗濯を後回しにすれば食事が遅くならなくて済んだのにな』などと反省しています。今日はよくやったな、と自分でホメられるようなことはほとんどないです」

特に落ち込んでしまうのは、子どもが風邪をひいたり、体調を崩してしまったとき。自身がアスリートとして第一にしてきたものが「できて当然の体調管理」ですので、そのショックは小さくなかったと語ります。

なぜできないんだろうと悩む本橋さんを救ったのが、仕事でお世話になっている方からの「育児をそこまで難しく考えなくていいんじゃない。仕事や家事はちゃんとできているんだから」という何気ない一言でした。

「仕事も家事もやるべき『事』なんですよね。育児も『育事』と考えてみると楽になったんです。
もちろん、息子たちにビジネスライクに接するというわけではありません。むしろ、スポンサーさんと接するように彼らとも誠実に話をしないといけないし、チームメイトと話し合うときと同様にまっすぐに向かい合わないといけない。ある意味では難しいかもしれないけれど、私にとってはそういう気持ちで取り組んでいたほうが楽ですし、うまく回る気がしています」

その一方で自分に課したのは「自分の都合ありきの物言いをしないこと」というルールでした。

「例えば息子が床を汚してしまったときに、怒ったり叱るのは簡単なんですけど、なぜ怒るかといえば『片付けるのが大変だから』とか『自分のスケジュールが狂うから』とか、ちょっと自問してみるとこっちの都合が理由なケースが多々あったんです。そういうときは、仕事に置き換えてみると『私、相手の状況も考えずに理不尽に怒っているな』と、<状況>と<感情>を整理しやすくなったりもします。もちろんすべてにおいてではありませんが、私にとってはひとつの指針になっているかもしれません」

常呂町にて。地元の好きなところは「空気がおいしいところ。遠征から女満別空港に戻ると特にそれを実感します」(本橋麻里さん)
写真/森清 新書『0から1をつくる 地元で見つけた、世界での勝ち方』(講談社)より引用

座ってランチもままならない 本橋麻里の「ある一日」

現在もロコ・ソラーレのセカンドチームであり、育成チームでもある「ロコ・ステラ」の選手としてカーリングを続ける本橋さん。週3、4回のトレーニングと氷上練習を重ねています。選手、指導者、母、妻としてあらゆる顔を持ち、多忙を極める本橋さんの、ある一日を紹介してもらいました。

「朝食を済ませたらまず、保育園に息子くんたちをクルマで送ります。だいたい8時くらいですかね。最近(取材時は5月)は雪もなくなったので、旦那さんが自転車で行ってくれて助かっています。
午前中の早いうちにトレーニングをこなして、スポンサーさんへの報告や相談のメールを読んだり書いたり、最近はリモートでの取材もだいたい午前中にこなします。あとはできれば大会の企画や準備といった事務仕事も進ませておきたいですね」

ランチはほとんどの場合、PCに向き合いながら、あるいは座ることなくささっと、パンなどつまめるものを「自分ひとりなので適当に」と簡単に摂るだけだそうです。

「息子たちには『立って食べないの』とか『遊びながら食べない!』とか、立ち食いや“ながら食い”を注意しているくせに、実は私がやってます。彼らには見せられない姿ですよね」

午前中に仕事を終えると家事に取りかかります。掃除や洗濯、食事の準備を済ませてから保育園に2人の息子を迎えに行き、子守をご主人にバトンタッチ。夕方以降の氷上練習に向かいます。それとは別にリーグ戦などの試合あるときはお迎えも含め事前にご主人に伝え、育児を分担しています。

「うちの旦那さんも仕事が変則的だったりもするので、お互いに連携しながら助けてもらっています。彼はおそらく日々、バタバタしている私を含めて『子どもが3人いる』くらいに認識しているのかもしれません。特に私の場合は仕事やカーリングで発散している部分が大きいので、それを旦那さんも理解してくれているのだと思います」

やらなければならないことは多いですが、だからこそ家事や育児、生活にリズムが生まれ、時間を有効に使うことができる。これが本橋さんの持論なのかもしれません。
次回はそのディティールに迫ります。

本橋麻里さん(左)の生い立ちから五輪進出、チームの代表理事としてのビジネス論を記した著書(右)『0から1をつくる 地元で見つけた、世界での勝ち方』(講談社現代新書)
写真/森清

本橋麻里
もとはしまり 1986年6月10日、北海道北見市常呂町生まれ。小学6年生のときにカーリングをはじめ、19歳で当時、トップチームだったチーム青森に加入。カーリング女子日本代表選手として、2006年トリノ五輪、2010年バンクーバー五輪を戦った。2010年に『ロコ・ソラーレ』を結成し、2016年世界選手権銀メダル獲得、2018年平昌五輪では銅メダル獲得と日本カーリング界の歴史を塗り替えてきた。現在は2児の母でありながら育成チーム「ロコ・ステラ」のメンバーとして活動中。著書に『0から1をつくる 地元で見つけた、世界での勝ち方』(講談社現代新書)がある。

ロコ・ソラーレHPはこちら https://locosolare.jp/

※本橋麻里さんインタビューは全4回。3回目は21年6月29日8:00~公開です
【第3回】本橋麻里さんインタビュー「育児とカーリング 劇的に改善した時間の使い方と決断力」

【第1回】本橋麻里さんインタビュー「子どもに “調和”より“創造”を尊重」する理由

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たけだ そういちろう

竹田 聡一郎

スポーツライター

1979年生まれ。神奈川県出身。幼少の頃からサッカーに親しみベルマーレ平塚(現湘南)の下部組織でプレーする一方で、84年、広島市民球場でのプロ野球初観戦で高橋慶彦や山本浩二に魅せられ、カープファンに。 04年にフリーのスポーツライターになり、サッカーやカーリングを取材するフリをしつつカープも追う日々。

1979年生まれ。神奈川県出身。幼少の頃からサッカーに親しみベルマーレ平塚(現湘南)の下部組織でプレーする一方で、84年、広島市民球場でのプロ野球初観戦で高橋慶彦や山本浩二に魅せられ、カープファンに。 04年にフリーのスポーツライターになり、サッカーやカーリングを取材するフリをしつつカープも追う日々。