「欧米の親が“大人の権威”を中心に動いているのに対し、日本は、“子どもの気持ち”を中心に動く傾向が大。子どもが生まれると、夫婦が互いを“お父さん”“お母さん”と呼び合うようになるのは、子どもの立場から物事を見ようという姿勢のあらわれだと思います」
既述した日米母子比較研究の結果からも、こうした日米の違いが浮き彫りに。
榎本先生によると、子どもが言うことを聞かないとき、アメリカの母親は「食べなさい」「食べなければダメ」「食べるのっ!」と、次第に強制力を強めていく人が大多数なんだそう。
対して日本の母親は、「食べなさい」「食べてちょうだい」「少しでいいから」「明日は食べてね」などと、子どもに対して、だんだんと譲歩していくという結果が出ているそうです。
「日本は、子どもに優しい社会なんですね。同時に、子どもと親の一体感が根底にある社会でもあります。日本では、子どもが小さいうちは、寝室も一緒だったりして、親子はベッタリの関係です。独立重視な厳しさがある欧米の親子関係に比べ、日本は子どもの甘えを受け入れる優しさがあるのです」
甘えを受け入れる優しさ──。どういうことでしょうか。
「子どもが言うことを聞かないときの親の対応も然りですが、外でもそう。たとえば、教育現場でも、義務教育では落第がありません。高校でも大学でも、よほどのことでない限り、進級させる傾向があります。社会人になって、たとえ仕事ができなくても、アメリカなどと違い、即解雇ということも、ほとんどないでしょう?」
「こんなふうに、日本は優しい社会、言い方を替えると、甘えが通用する社会です。そのうえ、言葉でも優しくほめるばかりだったら、どんな結果になるか……」
「日本の若者の心が弱くなっているのは、欧米流の“ほめて育てる”が、日本特有の“甘さ”と結びついて歪みが生じた結果だと私は感じています。本来、欧米のような社会と、日本のような社会では、“ほめて育てる”が持つ意味が大きく異なるはずですが、そこが見落とされていたんですね」
「ほめすぎ」にブレーキが必要
欧米流の「ほめて育てる」を取り入れたことで生じた歪み。これ以上、それを大きくしないために、私たちができることはあるのでしょうか。
「欧米では、ほめたり、優しい言葉をかけたりすることで、個人主義の厳しさを中和しなければ、子どもは潰されてしまいます。一方、子どもの甘えを許す傾向のある日本は、言語的に距離をとることで優しさを中和しなければ、子どもは甘さの渦に飲み込まれて溺れてしまいます」
「かつての日本では、これがうまくいっていたのです。ところが、“ほめて育てる”が広まってから、日本では、優しい社会に優しい言葉で、甘えを許す子育て観がより強くなり、子どもたちは優しさの渦に飲み込まれてしまっています。今、日本人に必要なのは、必要以上の甘えを助長する“ほめすぎ”にブレーキをかけることです」
「幼い子どもが適切に甘えられる環境は大切ですが、成長しても『ほめる』ばかりで甘えを助長されたままでは、自立できない子どもになってしまいます」
「現に、“ほめて育てる”が普及し始めた1990年代ごろから、“引きこもり”という言葉が一般的になり、2000年ごろからは“ニート”が増加して、社会問題になっています。厳しさがないから鍛えられない。心が鍛えられないから自信が持てない。その結果の一つとして、外に出られなくなることも、あり得ると思うのです」
「これらの問題を考えても、やはり、育児や教育には、厳しさと優しさの両方が必要だということがわかるでしょう。我が子を突き放す心と、優しく包み込む心。そのバランスをとっていかなくてはなりません」
バランスを取る際、日本人の場合は「ほめすぎを抑える」くらいの心がけがちょうどいい、というわけです。
「具体的には、例えば、小さいころからちゃんとしつけをする。一般的にはしつけを始めるのは3歳くらいからと言われています。ですが、個人差がありますし、3歳になっていないからといって、わがまま放題させていたら、衝動をコントロールできない子どもになってしまいます」
「“何歳から”と具体的な年齢は言えませんが、乳児期は別として、幼児期に入ったら、社会にちゃんと適応できる人になっていけるように、ときに厳しくときに優しく、しつけることが必要でしょう」
「気をつけたいのは『しつけ』と『虐待』は、まったく別ものだということです。厳しいことを言うのと、暴言・暴力は違うということは、忘れないでくださいね」
そしてもうひとつ、子どもが一定の年齢に達したら、「手放す」ことも必要だとか。
子どもを信じて「手放す」
「日本では親と子どもの距離が近く、子どもを優しく包み込むような育て方が主流です。このような関係性では、親子の間に絆が形成され、子どもの情緒も安定します。これは、日本流子育てのいいところです」
「ただそれは、子どもが幼いころに限っての話。子どもと密接にしている心地よさに浸るのは、児童期までと考え、思春期以降は子どもを心理的に切り離すように心がけることが必要です」
「引きこもりやニートが増加しているのは、子どもを心理的にも物理的にも手放せない親が増えていることも関連しているのではないでしょうか。動物を見ればわかるように、子どもは、ある年頃になったら自立して巣立っていくものです。それができるように育ててあげるのが親の役目」
「将来、自立した大人になれるよう、子どもの心を鍛え、親も子離れをする。とても大事なことだと思います」
「今、いろいろな情報が溢れていることもあり、親は、悩んだり、迷ったりしがちです。でも、子どもはそんなに柔(やわ)ではありません。もっと子どもを信じて、体当たりの子育てをしてもいいのではないですか」
「迷ったら、親の一番の役目を考えてみましょう。それは、子どもを未来に送り出すこと。それを思うと、親として、何をすべきかが見えてくるのではないでしょうか」
【心理学博士の榎本博明先生に聞く〔「子どもを伸ばす」ほめ方・𠮟り方〕連載は全3回。〔〝ほめるだけの子育て〟がNGの理由・ストレス耐性を高める子育て〕を解説した第1回、〔正しい「自己肯定感」の育て方〕を解説した第2回に続き、最後となるこの第3回では〔日本式の子育てに必要なこと〕を伺いました】
◾️出典・参考
『自己肯定感という呪縛』榎本博明・著(青春出版社)
『ほめると子どもはダメになる 』榎本博明・著(新潮社)
「実力が伴わない人ほど自己肯定感が高い」などの心理学調査も踏まえつつ、大人・子ども問わずに蔓延する「自己肯定感」信仰の問題点を明らかにし、上辺の自己肯定感に振り回されず、ほんとうの自信を身につけるための心の持ち方を指南する一冊
頑張れない、傷つきやすい、意志が弱い。生きる力に欠けた若者たちの背景とは。欧米流「ほめて育てる」思想がなぜ日本の子育て事情にNGなのか? 心理学データと調査をもとに詳しく解説。
佐藤 美由紀
広島県福山市出身。ノンフィクション作家、ライター。著書に、ベストセラーになった『世界でもっとも貧しい大統領 ホセ・ムヒカの言葉』のほか、『ゲバラのHIROSHIMA』、『信念の女 ルシア・トポランスキー』など。また、佐藤真澄(さとう ますみ)名義で児童向けのノンフィクション作品も手がける。主な児童書作品に『ヒロシマをのこす 平和記念資料館をつくった人・長岡省吾』(令和2年度「児童福祉文化賞」受賞)、『ボニンアイランドの夏:ふたつの国の間でゆれた小笠原』(第46回緑陰図書)、『小惑星探査機「はやぶさ」宇宙の旅』(第44回緑陰図書)、『立てないキリンの赤ちゃんをすくえ 安佐動物公園の挑戦』、『たとえ悪者になっても ある犬の訓練士のはなし』などがある。近著は『生まれかわるヒロシマの折り鶴』。
広島県福山市出身。ノンフィクション作家、ライター。著書に、ベストセラーになった『世界でもっとも貧しい大統領 ホセ・ムヒカの言葉』のほか、『ゲバラのHIROSHIMA』、『信念の女 ルシア・トポランスキー』など。また、佐藤真澄(さとう ますみ)名義で児童向けのノンフィクション作品も手がける。主な児童書作品に『ヒロシマをのこす 平和記念資料館をつくった人・長岡省吾』(令和2年度「児童福祉文化賞」受賞)、『ボニンアイランドの夏:ふたつの国の間でゆれた小笠原』(第46回緑陰図書)、『小惑星探査機「はやぶさ」宇宙の旅』(第44回緑陰図書)、『立てないキリンの赤ちゃんをすくえ 安佐動物公園の挑戦』、『たとえ悪者になっても ある犬の訓練士のはなし』などがある。近著は『生まれかわるヒロシマの折り鶴』。
榎本 博明
1955年東京生まれ。東京大学教育学部教育心理学科卒業。カリフォルニア大学客員研究員、大阪大学大学院助教授などを経て、現在はMP人間科学研究所代表、産業能率大学兼任講師。 おもな著書に『〈自分らしさ〉って何だろう?』『「さみしさ」の力』(ともに、ちくまプリマー新書)、『自己実現という罠』『教育現場は困ってる』『思考停止という病理(やまい)』(以上、平凡社新書)などがある。 近刊に『自己肯定感は高くないとダメなのか』(ちくまプリマ―新書)。
1955年東京生まれ。東京大学教育学部教育心理学科卒業。カリフォルニア大学客員研究員、大阪大学大学院助教授などを経て、現在はMP人間科学研究所代表、産業能率大学兼任講師。 おもな著書に『〈自分らしさ〉って何だろう?』『「さみしさ」の力』(ともに、ちくまプリマー新書)、『自己実現という罠』『教育現場は困ってる』『思考停止という病理(やまい)』(以上、平凡社新書)などがある。 近刊に『自己肯定感は高くないとダメなのか』(ちくまプリマ―新書)。