「ほめて育てる」は欧米流?
「ほめて育てる」は、もともとは子どもに非常に厳しい欧米の育児・教育論。1990年代に日本に入ってくると、あっという間に広まり、現在は、その考え方が日本の主流になっています。
「日本の子どもや若者は自己肯定感が低いから、欧米のように、もっとほめて自信をつけさせなければならない。ほめて育てることで自己肯定感を高めることが必要だ──。こうした声が三十数年くらい前から、教育界や親の間に広まり、“ほめて育てる”が強く推奨されるようになって、大流行しました」
「日本では、“ほめて育てる”が“𠮟らないで育てる”とセットのようになっていますが、この“𠮟らない”が、広く受け入れられたのではないでしょうか」
こう解説するのは、心理学博士の榎本博明先生です。
教育心理学を専門とする榎本先生は、これまでに20以上の大学で心理学系の講義を担当するなどし、多くの大学生と接してきました。また、自治体の家庭教育カウンセラーとして、園児や生徒の親の相談に乗ったり、親向けの研修会で指導をするなど、現代の子育てを間近に見て、そこに潜む問題点を実感してきた人でもあります。
「𠮟るにはエネルギーが要ります。𠮟れば、子どもとの間に気まずい空気が流れます。そんなことを思うと、𠮟らないほうが楽に決まっていますが、子どもをきちんとしつけようと思えば、𠮟らざるを得ないときがある」
「でも、忙しかったりして、𠮟る気力が湧いてこない……。こうした葛藤を抱えている親にとって、“𠮟らない子育て”はとても魅力的に感じるはずです」
「そんなわけで、“子どもはほめて育てよう”が、日本で広く浸透したのではないかと、私は考えています」
「ほめて育てる」。果たして、その効果は?
榎本先生が20歳前後の大学生と30~60代の人々を対象に行った調査では、上の世代に比べ、大学生はほめられて育った割合が高いことがわかりました。(※詳しくは前回記事)
また、会社員を対象にした調査では、「(部下に)注意や忠告をすると、ひどく落ち込み、やる気を無くしたり、ひどいときは休んでしまう」という声が見られました。
このことを考えると、「ほめて育てる」ことが、必ずしも、子どもの自己肯定感を高めることにはなっていないような……。
「そのとおりです。もちろん、欧米流“ほめて育てる”の方法そのものが間違っていると言いたいわけではありません。問題は、この思想を欧米から取り入れた際、ある大きな前提が見落とされていたこと。それによって、結果的に、欧米流の教育論の表面だけを日本で取り入れてしまうことになったのです」
「欧米と日本では文化が違います。子育ての背景も違います。ほめて育てることで、日本の若者が弱くなってしまったのは、文化の違いなどを考慮せず、“ほめて育てる”を表面的に都合よく取り入れたからだと考えられます」
海外で実感した「ほめて育てる」が必要な理由
「ほめて育てる」教育論が日本に入ったとき、見落とされていた「大きな前提」とは、「文化の根底にあるもの」。これを考慮することなく、欧米のやり方を表面だけ真似ようとすると、さまざまな歪みが生じると榎本先生は解説します。
「欧米では、なぜ“ほめて育てる”のか。そこが見落とされていたわけです」
「ほめて育てる」の理由が見落とされていたとは、どういうことでしょうか?
「欧米は、自立的な強い人間へと鍛え上げる厳しさが根底にある社会です。言い方を変えると、子どもに厳しい社会」
「私は一時期、アメリカで子育てをしていたことがありますが、公の場で子どもが走り回ったり、大声で泣いたりしないよう、とても気を遣っていました。家で子どもが泣いていると、近所から家の管理人にクレームが入って、注意されることもありましたから、とにかく、子どもを静かにさせようと苦心していました。このような自分の経験からも、アメリカは、子どもに対して、非常に厳しい社会であることを実感しています」
先生は、東京大学で教育心理学を学んだのち、カリフォルニア大学で客員研究員として活動した経験から、欧米と日本の子育て観の違いを体感している人です。
「子育てにしても、アメリカだと親は絶対的な存在で、子どもに対して、有無を言わせず“言うことを聞け”という傾向があります。子どもとしては納得できない𠮟られ方をしても、反論を許さないような権威を大人が持っています。アメリカの親は“大人の権威”を中心に動いているんですね」
先生の恩師である教育心理学者たちが行った日米母子比較研究の成果を見ると、子どもが言うことを聞かないときの親の対応に、それがよくあらわれているとか。
「アメリカの場合、“食べないとダメでしょ”“言うことを聞きなさい”などと、親としての権威に訴えて、とにかく親の言うとおりにさせようとする母親が全体の50%と半数を占めています。ちなみに、日本では、そのような母親は18%でした」
「また、欧米では親子は別人格であることを強く意識しています。日本と違って、欧米では、子どもは幼いころから両親とは別室で寝ますし、両親がディナーに出かけたりするときには、子どもはシッターに預けられるのが普通です」
「学校も社会も厳しい世界。成績が悪ければ、小学生でも落第させられますし、社会人だと、仕事ができなければ、即解雇……。このような厳しい社会だからこそ、“ほめる”言葉が必要になってくるのです」
「普段、厳しく、また、親と子の人格を切り離して接している分、親は子どもに対して、“愛しているよ”とか“すごいね”“よくやったね”などの優しい言葉をかけて、親子の絆を強める必要がある。欧米で“ほめて育てる”が実践されてきたのは、このような文化的背景からなのです」
一方、日本はというと──。