幼いころのつらい体験 数年後PTSD症状が出る症例 臨床心理専門家が解説

東京学芸大学名誉教授・小林正幸先生に聞く「いじめの後に訪れる症状」について #2 幼いころの出来事とカウンセリングの事例

東京学芸大学名誉教授:小林 正幸

幼いころの出来事が原因になることも?  写真:アフロ

東京学芸大学名誉教授・小林正幸先生に聞く、いじめの後に訪れるさまざまな症状について。

一見「いじめが原因で学校に行けなくなったように見えても、実は幼いころのつらい体験が大元にあるケースもあります」と小林先生。

2回目では、カウンセリング専門家の治療を受け、その後の人生が大きく変わったケースをお話しいただきます。

(全3回の2回目。1回目を読む

小林正幸(こばやし・まさゆき)
東京学芸大学名誉教授、NPO法人元気プログラム作成委員会理事長。カウンセリング研修センター『学舎ブレイブ』を運営。教育臨床心理学を専門とし、教育相談の面談は35年以上。公認心理師、臨床心理士、学校心理士、カウンセリング心理士のスーパービジョン。

幼少時期のつらい経験がPTSDを引き起こす?

──前回では、PTSDについて解説していただきましたが、それまで何でもなかったことが、突然つらくなってパニックを起こした場合、これもPTSDの症状の一つでしょうか?

小林正幸先生(以下、小林先生):つらかったときのことがあたかも今起きているかのように感じるのがPTSDです。「今」起きていること自体はそれほどたいしたことではないのだけれど、すごく自分が責められているように感じてしまうんですね。

例えば、仕事で映像作品を作っているときに、先輩からちょっと注意されたとします。いい作品を作るための真剣勝負であることは理解しているのに、つらくなってしまう。

このようなケースの場合、本人の記憶にはなくても、子どものころのつらかったことや恐怖が、大元に潜んでいることがあります。今、起きていることはたいしたことはないのに、過去のつらい体験、恐怖がエネルギーとなってしまうんです。

──自分で記憶していなかった出来事が、PTSDを引き起こしてしまうということですか?

小林先生:運、不運はあるかもしれませんが、幼いころにつらい体験を重ねた人のほうが、よりPTSDなどの症状が出やすい傾向があります。

例えば、小学生のときいじめにあった場合、中学生になってから、引きこもりや対人恐怖症、PTSDなどの症状が現れる子もいます。

一見、小学校のときのいじめが原因、「いじめの後遺症」のように見えますが、もっと幼いころからたどっていくと、実は「幼いころに虐待を受けていた」「両親が目の前で激しい喧嘩をしていた(面前DV)」「両親が離婚した」などのつらい経験が、その大元にあったというケースも少なくありません。

「幼いころの出来事がPTSDを引き起こしているケースも多くあります」(小林先生)。

自分が悪いわけではない

──自分ではどうにもできないことなのではないでしょうか?

小林先生:確かに親の都合のように思えますし、一般的に親が離婚した子どもは、自分が悪いから、嫌われていたから、親が出ていったのではないかと思いがちです。

でもそれは子どもが悪いからでも、嫌われていたからでもなく、親には親の事情があって、別の人生を歩き出しただけのことなのです。

なかには、お母さん自身がDVから逃げるために子どもを連れて家を出たはずなのに、お母さん自身が母子家庭に耐えられなくなって、子どもに厳しくあたってしまうようなケースもあります。

しかし、「お母さんが苦労するのはかわいそうな育ちをしたからなのだ」と思えるようになれば、子どもは決して不幸になることはありません。そう思えるのは、幸せな生き方を見つけられた人に多いですね。

残念なことに、つらい目に遭って、人や自分を呪ってしまうのがいじめです。人間というものは、人為的な、人の悪意から起きる戦争やいじめに対しては、強い恨みをもってしまいがちで、ダメージを被りやすいのですが……。

カウンセリングの事例

──どうやったら、大元にあるつらい体験と向き合うことができますか?

小林先生:カウンセリングを受けることで、向き合うことはできます。カウンセラーを目指すある学生に、私がプチカウンセリングをしたときの話です。ある授業のとき、Mさんというひとりの女子学生が手を挙げて話してくれました。

Mさん:私は、人前で話すことが苦手なんです。

小林先生:いつからですか?

Mさん:小学校1年生のときからです。

小林先生:何かあったのですか?

Mさん:私が発表していたときのことなのですが、友達に『聞こえません!』と言われたことがありました。

──これだけ聞くと、大人から見たら、とっても小さな出来事のように感じます。

小林先生:Mさんは「人前で話す」という苦手を克服するために、それから今日まで、涙ぐましい努力をしてきました。それは、発表するときには、話さなくてはいけないセリフを全て書いて読み上げていたといいます。

そんな彼女は、「人前で話す」ことを克服するために、小学校の先生を目指し、実現させました。もちろん常に事前準備をしっかりしていましたから、授業もうまく進められていました。

しかしある日、他の先生に代わりの授業を頼まれました。そんなときに限って授業の準備が間に合いません。Mさんは頭が真っ白に。小学校1年生のときの「話すのが苦手」なMさんに戻ってしまいました。そして、そこから急速に自信を失ってしまいました。

でも彼女は、「人前でうまく話せない」ことを克服するために、あえて困難な旅に出て、教師になりました。そして、教師は辞めたものの、今、新たに別の専門的な仕事を目指しています。すごいことだと思いませんか?

私は、「今、小学校1年生のMちゃんになんて言ってあげる?」と聞いたら、「そんなにがんばらなくていいよ」と答えていました。

「Mさんの話は、すごく印象に残っています」(小林先生)。

これからどう生きたいのか

──いじめと「話すのが苦手」とは少し違うように感じたのですが……。

小林先生:「いじめの後遺症」としてPTSDが現れた場合でも、起きたことをどう考えるかという部分を変化させられれば、症状そのものは軽くなります。

例えば、Aくんのミスで野球の試合に負けました。複数のチームメイトが「お前のせいで負けた。お前が悪い」と責めました。いじめの場合は、たいてい、複数の人が責めるんです。

そのとき問題なのは、チームメイトに責められたことで、Aくんが「自分のせいだ。自分がダメだ」と、自分にレッテルを貼ってしまうことなのです。

もし100人に「お前のせいで試合に負けた」と責められても、Aくん自身が「自分のせいだ」「自分はダメだ」と思わなければなんでもないんです。

──「いじめの後遺症」にも、カウンセリングは有効ですか?

小林先生:いじめられたことは確かに不幸なことです。でも、Mさんのように、カウンセリングをすることで、当時に戻って、そこからやり直すことはできるのです。

そのときのことを、自分自身の人生ストーリー(ナラティブ)をどう意味づけるか、自分が生きていくのに役立つように、どう転換していくかがとても大切なことなのです。

PTSDを治療するということは、そういうことです。その人自身が、「自分の人生は致し方なかった、この生き方でOKなんだ」と思い直せることなんです。

人生は、その人の記憶のなかでつながっています。だからそのつながりを全部見通して、自分がどうなりたいのか、これからどう生きたいのかを関連づけていきます。

しかしまずは、「自分が治療してほしい」と思って初めて治療になりますから、必ずしも、全員がPTSDを治療できるわけではないということは、わかっておくといいかもしれませんね。

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実は筆者の家でも、わが子が学校に行けなかった時期がありました。それからずいぶん経ちますが、今でも当時を思い出すと、胸が張り裂けそうなくらい苦しくなります。

今回、小林先生のお話を伺っているうちに、どこかで私の子育てが悪かったのかもしれない、と思ってしまう私に出会いました。今もなお、うまく自分の気持ちを整理・転換できていないのかもしれませんし、こういう私だからこそ、カウンセリングが必要なのかもしれない。取材を振り返り、執筆しながらそんなことを思いました。

次回3回目では、いじめや後遺症に苦しんでいる子どもに対して、親ができることについて、引き続き小林先生にお話しいただきます。

撮影/冨貴塚悠太
取材・文/米谷美恵

小林先生の記事は全3回。
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(3回目は2023年10月11日公開。公開日までリンク無効)

こばやし まさゆき

小林 正幸

Kobayashi Masayuki
東京学芸大学名誉教授

東京学芸大学名誉教授、NPO法人元気プログラム作成委員会理事長。カウンセリング研修センター『学舎ブレイブ』を運営。教育臨床心理学を専門...