いじめのあとに訪れるPTSD(心的外傷後ストレス障害)の症状とは?
東京学芸大学名誉教授・小林正幸先生に聞く「いじめの後に訪れる症状」について #1 いじめ後の症状と3つのF
2023.10.09
東京学芸大学名誉教授:小林 正幸
「子どものときに遭った『いじめの後遺症』で、大人になっても引きこもったままという人の記事をネットで目にした。不登校の子が家にいる私は、不安でたまらない。どうしたらいいのだろう?」。
これは、筆者(ライター・米谷美恵)が受けた友人からの相談です。彼女の娘さんは、小学生のときにいじめられて以来、中学生になった現在も不登校のままだといいます。
「ときどき何かに怯えたような様子を見せる姿に、親として何がしてあげられるのか」。
私の知っている小さいころの娘さんは、よく笑う元気な子だっただけに、彼女から発する「いじめ」や「引きこもり」の言葉と今の状況にピンときませんでした。
そこで今回、いじめの後に訪れるさまざまな症状について、東京学芸大学名誉教授・小林正幸先生に解説していただきました。
(全3回の1回目)
小林正幸(こばやし・まさゆき)
東京学芸大学名誉教授、NPO法人元気プログラム作成委員会理事長。カウンセリング研修センター『学舎ブレイブ』を運営。教育臨床心理学を専門とし、教育相談の面接は35年以上。公認心理師、臨床心理士、学校心理士、カウンセリング心理士のスーパービジョン。
PTSD(心的外傷後ストレス障害)の症状とは?
──小林先生は、「いじめ後遺症」という用語は、語義が広く、病気などの身体疾患などで治療が不十分・不完全な場合などを指すこともあることから、「いじめ後遺症」という言葉自体に混乱を招く可能性がある、と指摘されています。
とはいえ、実際にいじめのつらい体験により、心が傷つき、強いストレス反応を示している人がいることも事実です。
そこで、言葉を改めまして、いじめがきっかけでPTSDの症状が現れることについてお聞きしたいと思います。まず、PTSDとはどんな症状のことなのでしょうか。
小林正幸先生(以下、小林先生):PTSD(Post Traumatic Stress Disorder)は、邦訳すると、心的外傷後ストレス障害となり、心理的に死ぬほどの恐い体験をしたあとに生じる強いストレス障害を指します。
過去のトラウマ体験が思い出されることで、周囲の状況などとは関係なく、不安や恐怖、抑うつ症状、身体症状(心身症)、攻撃症状など、さまざまな症状が現れるのです。
多くの場合は、安全が確保されて数ヵ月以上が経過してから症状が現れるのですが、数年経ったころに、突然症状が現れる人が約15%いるともいわれています。
なお、ストレスが生じた直後や、ストレス事態が生じている最中の強い反応をASD(緊急ストレス障害)と呼び、PTSDと区別しています。
PTSDとASDの対処方法は異なりますが、いずれにしても早い時期に症状が現れたケースのほうが、周囲との関わりを引き出しやすいため、自然に回復するケースも多いようです。
しかし、同じ体験をしたからといって、全ての人にPTSDやASDが現れるとは限りません。
PTSDだけではない、いじめの後の症状
──いじめを受けたあとに現れる症状は、PTSDだけでしょうか?
小林先生:いいえ、PTSDだけではありません。例えば、対人恐怖症や特定の場所を怖がる症状、ゲーム依存や薬物依存、引きこもり、うつ症状などといった、さまざまな形で現れます。
大人なら、お酒に逃げればアルコール依存症ですし、ギャンブルに逃げればギャンブル依存症の場合もあります。
薬物依存と聞くと、「子どもだから覚醒剤なんて関係ないわ」と思われるかもしれません。しかし、実は子どもの薬物依存といった場合、小遣いで容易に手に入る一部の風邪薬や咳止め薬によるものがほとんどです。市販薬とはいえ、大量に飲めば強い幻覚作用も現れますし、場合によっては死に至ることもありますから、一概に子どもだから関係ないとは言えません。
死ぬほどの怖さにあったときに示す「3つのF」とは?
──いじめを受けたあと、学校に行けない以外、親からは特に変わった症状が見られない場合もあると思います。
小林先生:それはもしかしたら、「症状がないふり」をしていることも考えられます。一見、静かに見えても、実は深刻な状態かもしれません。
強いストレスを受けると、動物の本能から「3つのF」が起こるといわれています。「3F(スリーエフ)」というのですが、これは「flight(フライト)=逃げる」、「fight(ファイト)=闘う」、「freeze(フリーズ)=固まる」のいずれかの症状を示します。
小林先生:このうち、逃げたり(flight〔フライト〕)、闘ったり(fight〔ファイト〕)するのは、自分でなんとか対処できている状態です。対処できている分、見方によってはダメージも少なくて済みます。
例えば、不登校は、怖い場所には近づかない「flight(フライト)=逃げる」ですし、怒ることは、「fight(ファイト)=闘う」でしょう。
しかし、「freeze(フリーズ)=固まる」のは、何もできずにどうしようもなくなっているのですから、実はダメージがとても強い状態なのです。
人間は、本当に怖いとき、表情筋が動かなくなりますからね。
何も言えず、表情も動かず、じっと静かに座っている。普通に見えるけれど、実は、一番怖がっている。freeze(フリーズ)が、とても深刻な状態なのです。
子どもの本当の感情を見逃さない
──どうしたら子どもの本当の感情に気づくことができるのでしょうか?
小林先生:子どもは親の前だと、怒ったり、泣いたり、感情をワーッと出しますよね。でもそうやって表現することは、回復のために必要なのです。
ですから、私はまず「外側に出てこない状況が一番深刻かもしれない」と考えてほしいと思っています。「僕は、私は、なんでもない」と、子どもがギリギリまで装っているのかもしれないのですから。
特にいじめの場合は、先生が介入していじめがなくなったり、学年が変わっていじめた子とクラスが離れたりしたあとに、不登校になるケースもあります。
繰り返しになりますが、PTSDは、その最中ではなく、ホッとしてから症状が出てくることがあるからです。
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文部科学省は2022年10月27日に、「2021年度(令和3年度)児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査」を公表。多くのメディアが「小中高のいじめ過去最多」という見出しで取り上げました。
しかし、「同調査のいじめは、あくまでも学校、教職員が認知したいじめの件数で、いじめの実数ではない」と、国立教育政策研究所は「いじめ追跡調査2016-2018」で指摘しています。これは、真面目に勉強に取り組んでいるように見える子の背後に、いじめが潜んでいることもあるということなのでしょうか。
次回2回目では、ある女子生徒のカウンセリングの事例を小林先生にお話しいただきます。
撮影/冨貴塚悠太
取材・文/米谷美恵
小林先生の記事は全3回。
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(※2回目は2023年10月10日、3回目は10月11日公開。公開日までリンク無効)
小林 正幸
東京学芸大学名誉教授、NPO法人元気プログラム作成委員会理事長。カウンセリング研修センター『学舎ブレイブ』を運営。教育臨床心理学を専門とし、教育相談の面接は35年以上。公認心理師、臨床心理士、学校心理士、カウンセリング心理士のスーパービジョン。 一緒に悩みの解消を考えていくカウンセリングスタイルを基本とし、臨床経験においては、1時間の対面相談だけでも、2万時間以上の面接を重ねてきた。 https://bravekobaken.com
東京学芸大学名誉教授、NPO法人元気プログラム作成委員会理事長。カウンセリング研修センター『学舎ブレイブ』を運営。教育臨床心理学を専門とし、教育相談の面接は35年以上。公認心理師、臨床心理士、学校心理士、カウンセリング心理士のスーパービジョン。 一緒に悩みの解消を考えていくカウンセリングスタイルを基本とし、臨床経験においては、1時間の対面相談だけでも、2万時間以上の面接を重ねてきた。 https://bravekobaken.com