「叱っても意味がない」子どもを叱り続けるリスクを専門家が解説

「<叱る依存>に陥るメカニズムとは」村中直人さんインタビュー#1

ライター:山口 真央

しつけのために「𠮟る」、本当に必要?(写真:アフロ)

近年、育児の現場では「𠮟らない」子育てをすることが大切とされる風潮にあります。保育園や小学校はもちろんのこと、家庭でも、親が怒りの感情をいかにしてコントロールするかが重要視されてきました。

しかし、令和3年度の児童相談所の対応件数は、過去最多を記録(※)。また、子育てにおいて「怒る」ことはいけないが、しつけのために「𠮟る」ことは必要だ、という意見が根強くあるのも事実です。

そんななか、𠮟ることには意味がないと断言するのが、臨床心理士の村中直人さんです。この記事では、𠮟る行為に意味のない理由や、〈𠮟る依存〉に陥るメカニズム、𠮟ることを繰り返さないために親ができることなどについて、お話を伺いました。


(※出典:厚生労働省「令和3年度の児童相談所での児童虐待相談対応件数」

「𠮟る」ことは意味がない──と解説する、臨床心理士の村中直人さん

【村中直人(むらなか・なおと)】1977年生まれ。臨床心理士・公認心理師。一般社団法人子ども・青少年育成支援協会代表理事。Neurodiversity at Work株式会社代表取締役。2008年から多様なニーズのある子どもたちが学び方を学ぶための学習支援事業「あすはな先生」の立ち上げと運営に携わり、現在は「発達障害サポーター'sスクール」での支援者育成にも力を入れている。

「叱る」のが効果的、という誤解

──𠮟る行為に「意味がない」と断言されている理由を教えてください。

村中直人さん(以下村中、称略):まずは「𠮟る」という行為がとても効果的であると、多くの人が誤解していることを、押さえておく必要があるでしょう。

例えば、片付けをしないお子さんや、宿題をしないお子さんに「いい加減にしなさい」と強く𠮟れば、しぶしぶ片付けや宿題をすることがあります。その様子をみて親御さんは「𠮟らなかったら、子どもはちゃんとできないし、学ばない」と考えるはずです。

しかし、本質的に何が起きているのかというと、𠮟られたことでお子さんは強い圧を感じます。

神経科学的な視点で言うと、ストレスフルな状況になる。そんなときに子どもの心は、ネガティブな感情に支配され、脳の機能を一時的に低下させてしまいます。

それもそのはず、森でクマに出くわしたときに「このクマはヒグマだろうか、ツキノワグマだろうか」なんて、分析をしませんよね。危機的な状況になったときに、分類分析をしている余裕なんてない。そうなるとお子さんは自分で判断したり、考えたりする力を失った状態になってしまうんです。

つまり𠮟る行為は、お子さんの学びにまったくつながらない、むしろ、成長をさえぎる行為だと言えるでしょう。

親御さんから「うちの子は何度𠮟ってもわかってくれない」なんて愚痴をよく聞きますが、𠮟ることで、お子さんが自身で考える機会を奪っているのです。

𠮟る行為には〈依存性〉がある

──𠮟る行為に「依存性」があると考えられている理由を教えてください。

村中:𠮟る行為は、じつは人間の生来的な欲求を満たすという、脳科学の知見があります。𠮟る行為を繰り返すことによって、脳が誤ったよろこびを感じ、依存してしまう場合があると私は考えています。

𠮟る行為によって満たされる一つ目の欲求は、𠮟ることで相手の行動を変えることです。

𠮟ることで、その瞬間は宿題ができるようになったり、片付けができるようになったりする。自分が行動を起こすことで、他者に大きな影響力を与えられることは、モチベーションの源泉になります。

しかし先に述べたように、𠮟られる側は、強いストレスからネガティブな感情に支配され、危機的な状況から逃れるために行動を起こしている。根本的な解決につながる「学び」や「成長」の機会を遮られているわけですから、何度も𠮟られることを繰り返します。

二つ目の欲求は、処罰感情が満たされることです。

悪いことをしている人に、なんらかの罰や苦しみを与えたいと思うことを「処罰感情」といいます。相手の悪い行為を𠮟ることを「ご褒美」に感じ、それをモチベーションに、𠮟る行為を繰り返す人が多くいるのです。

𠮟ったときに行動を変えてくれる充足感と、悪いことを𠮟責したことで生まれる満足感で、𠮟る側は強いモチベーションを感じることになる。このようにして、𠮟る行為は慢性化してしまうのです。

叱る行為が子どもの「冒険モード」を妨げている

──親が𠮟る依存にはまり、繰り返し𠮟られた子どもは、どうなるのでしょうか。

村中:𠮟られ続けるお子さんは、先ほど述べたように、脳の機能を一時的に低下させた状態が、つねに起こっていると考えられます。この状況を「防御モード」としましょう。このモードは本来、危機的な状況のときだけあらわれるべきものです。

しかし、多くの親御さんは、お子さんが新しいことにチャレンジして、試行錯誤しながら粘り強く生きていってほしい、と願っているのではないでしょうか。

このチャレンジ精神にあふれた状態、つまり「冒険モード」と、𠮟られた状態の「防御モード」は、同時に成立することができないのです。

つまり、親御さんが「𠮟る行為」に依存することによって、お子さんの「冒険モード」を奪っていると考えられます。社会で強く生きていってほしいと願っているはずが、𠮟ることによって、真逆のことを引き起こしているのです。

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