ムーミン谷のしあわせレシピ「ムーミンママのベリーパイ」

「わたし、今日はなにか、いつもとちがうことをしたくなったわ」(ムーミンママ)

翻訳家:末延 弘子

フィンランドの夏の味。大きなカットでめしあがれ!撮影/末延弘子

ムーミン谷に住む、さまざまな登場人物たちにちなんだお料理を紹介する『ムーミン谷のしあわせレシピ』。その翻訳者末延弘子さんが、フィンランドで過ごした日々の思い出と共に、本の中からとっておきのレシピをご紹介します。作るときはフィンランド人のように、細かいことは気にせずに自分らしく挑戦することが大切だそうですよ。

『ムーミン谷のしあわせレシピ』 トーベ・ヤンソン/絵と引用文 末延弘子/訳 講談社
©Moomin Characters TM
「みんなのために、とっても大きいパーティーを開きましょう。おいしいお菓子ずくめでね。そして、お風呂に早く入りなさいとか、早く寝なさいとかは、いわないことにするわ」(ムーミンママ)『たのしいムーミン一家』より

タンペレ大学時代にムーミン谷博物館をよく訪れた。タンペレはフィンランド第2の都市で、ヘルシンキから列車で2時間ほど北上したところにある。博物館へいくようになったのは、そこに勤めていたミルヤから図録の翻訳を依頼されたことがきっかけだった。彼女は当時、ムーミン谷博物館の事業計画、ムーミン作品の研究、展覧会の広報や図録の執筆などを一手に引き受けていた。

博物館は、町の目抜き通りの突き当たりにあるタンペレ市立図書館の地下にあった(今は、ムーミン谷博物館はムーミン美術館という名前になり、国際会議などが行われるタンペレホール内に移設している)。博物館には、ムーミン童話やコミックの原画、さまざまな言語に訳されたムーミン作品、トーベのパートナーでトゥーティッキ(おしゃまさん)のモデルにもなっているトゥーリッキ・ピエティラのジオラマなどが収蔵されていた。

地下の展示スペースはこぢんまりとしていた。壁面に飾られた原画は美しい洞窟壁画を思わせ、ムーミン屋敷や海のオーケストラ号、水あび小屋やおさびし山の展望台といった立体展示物は洞窟の住人の痕跡みたいだった。そのひとつひとつを、夕日のような照明が照らしていた。展示空間は守られた安息の場所で、そこにいるとふしぎと心が落ち着いた。ムーミンたちが彗星をやりすごした洞窟のなかにいるような錯覚すら覚えた。

博物館での心地よい瞑想のあと、私たちはきまって展望台のカフェへいった。肌寒い日でも、日が差していればテラス席に座った(日照時間が短くなる冬に備えて充電しなければ!)。カフェでは看板商品のドーナツのほかにベリーパイも絶品だった。大きめの四角にカットされたパイには、摘みたてのブルーベリーがふんだんに使われていた。

ミルヤも近くの森でベリー摘みをするといっていた。摘み時期は7月半ばから秋がやってくる8月まで。フィンランドのブルーベリーの背丈は高くてもせいぜい膝下くらいで、果実は1センチにも満たない青紫色の小さな粒。それはまるで森の緑という宇宙にきらめく美しい星のようだった。そういえば、ムーミンパパが無二の親友フレドリクソンと出会ったのはブルーベリーのしげみで、パパは自分のことを特別な星のもとに生まれた者だと名乗っていた。

夏のベリー摘みは、それぞれにとっておきの秘密の場所がある。撮影/Kayo Isomura

フィンランドには自然享受権という慣習法がある。フィンランドにいる人なら、誰の許可を求めることなく、森を散歩したり、ベリーやきのこや花を摘んだり、湖で泳いだり、キャンプをしたりすることができる。もちろん、土地の所有者や森に損害や迷惑を与えないよう、ひとりひとりが節度を守ることが前提だ。許可なく火を焚いたり、苔や木を採ったり、保護されている花を摘んだりしてはならない。わずかな恵みとたくさんの思い出を持ち帰ると、私はしあわせな気持ちになった。

カフェのブルーベリーパイは、フィンランドの森の恵みと夏の光の味がした。お茶をしながら、私たちはつぎの図録のことで何度か打ち合わせをした。ミルヤの最後の本は、トーベやムーミン作品についてのこれまでの研究の集大成ともいえるものだった。

あれからずいぶん時は流れたが、ブルーベリーパイを焼くとタンペレ時代があざやかによみがえる。私にとってブルーベリーパイはプルーストのマドレーヌのようなものだと思う。私のしあわせな思い出の味だ。

ベリーはざっと洗ってどんどん使う。撮影/Kayo Isomura

                   ☆

パイにはプリザーブのブルーベリーと水切りしたヨーグルト(サワークリームよりもあっさりした味わいになります)を使いました。生地1/4に粉を足してクランブルにしました。

『ムーミン谷のしあわせレシピ』より
©Moomin Characters TM

MUUMIMAMMAN MARJAPIIRAKKA
ムーミンママのベリーパイ


材料
バター……100g
砂糖……100cc
卵……1個
小麦粉……150cc
グラハム粉……100cc
ベーキングパウダー……小さじ1

フィリング
生のブルーベリー、こけももやラズベリー……400cc
サワークリーム……200g
卵……1個
砂糖……50cc
バニラシュガー……小さじ1

作り方
1.バターと砂糖を白っぽくなるまで泡だてる。卵、小麦粉、グラハム粉とベーキングパウダーを合わせたものを加えて、混ぜる。

2.バター(分量外)を塗ったタルト型に、1.を縁までまんべんなく広げる。その上にベリーを散らす。冷凍ベリーなら250ccで十分。その場合、片栗粉を小さじ2ほどまぶして、水分をコーティングする。

3.フィリングの他の材料を混ぜあわせて、ベリーの上に流しこむ。

4.200℃のオーブンの下段で、30分ほど焼く。中心まで火が通り、焼き色がついたら、できあがり。

『ムーミン谷のしあわせレシピ』 トーベ・ヤンソン/絵と引用文 末延弘子/訳 講談社
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『ムーミン全集【新版】2 たのしいムーミン一家』 トーベ・ヤンソン/著 山室静/訳 畑中麻紀/翻訳編集 講談社
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すえのぶ ひろこ

末延 弘子

翻訳家

東海大学文学部北欧文学科卒業。フィンランド国立タンペレ大学フィンランド文学専攻修士課程修了。白百合女子大学非常勤講師。『清少納言を求めて、フィンランドから京都へ』『ムーミン谷のしあわせレシピ』など、フィンランド現代文学、児童書の訳書多数。2007年度フィンランド政府外国人翻訳家賞受賞。

東海大学文学部北欧文学科卒業。フィンランド国立タンペレ大学フィンランド文学専攻修士課程修了。白百合女子大学非常勤講師。『清少納言を求めて、フィンランドから京都へ』『ムーミン谷のしあわせレシピ』など、フィンランド現代文学、児童書の訳書多数。2007年度フィンランド政府外国人翻訳家賞受賞。