ムーミン谷のしあわせレシピ「りんご狩りたちのパイ」

ちびのミイは木の枝に腰かけて、「でっかいりんごの歌」を歌いました。

翻訳家:末延 弘子

すっきりとした自然な味わいです。レシピもシンプル! 撮影/末延弘子
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ムーミン谷に住む、さまざまな登場人物たちにちなんだお料理を紹介する『ムーミン谷のしあわせレシピ』。その翻訳者末延弘子さんが、フィンランドで過ごした日々の思い出と共に、本の中からとっておきのレシピをご紹介します。作るときはフィンランド人のように、細かいことは気にせずに自分らしく挑戦することが大切だそうですよ。

ちびのミイは木の枝に腰かけて、「でっかいりんごの歌」を歌いました。『ムーミン谷の仲間たち』より

フィンランドのタンペレ大学でフィンランド文学を専攻していたとき、1年目からゼミに入った。ゼミでは、少人数でフィンランド文学作品を読んだり、討論したりする。フィンランド人は持論を展開することに長けている。私は、気合がとてつもなく入ったみんなの発表を理解することに手一杯で、討論するまでには至らなかった。
 
それでも自分の発表する番はやってくる。長編を読みこなす時間はない。とくとくと語れる自信もない。そのとき、ふと心に残った短編小説があったことを思い出した。ヨエル・レフトネンというフィンランド人作家の『朽ちたりんごの木』。

主人公は、とある書店主。彼には夢があった。都会から離れた土地にりんごの木が広がる果樹園をつくり、そこに伴侶を迎え、子どもたちがりんごの木々の下で駆けまわる。夫婦が老いても、りんごの花が豊かに咲きほこる果樹園は、湖に反射する陽光に照らされ、いつまでも美しく輝きつづける。こんな夢を書店主は抱いていた。

地元の人たちからは、この土地はりんごよりじゃがいものほうが向いている、と言われたが、彼の気持ちは揺らがなかった。

書店主はりんごの木を150本選んだ。害獣除けの柵を作ったり、肥料を試したりした。枯れたり、食べられたりして、りんごの木は30本に減ったが、書店主は諦めず、額に汗して土を改良したり、りんごの木を植え替えたりした。

そうしてようやく木々は枝を伸ばし、可憐な花をたくさんつけ蠟燭の燭台のように見事な枝ぶりだった。これならば、たわわに実るりんごの重みにも耐えうるだろう。ところが大寒波に見舞われて、りんごの木はすべて朽ちてしまう。

書店主の夢を奪ったのは、厳しい自然だった。りんごの木に多くを期待しすぎた、と彼は思った。暮らし以外の多くのものを。彼が自然に抗って求めたものは、美や贅沢さや快適さだった。

書店主は、やけになることも、ひねくれることもなく、りんごの木が死んでしまったことを受け入れ、じゃがいもでもいいじゃないか、とふっと笑うのだった。

この書店主のなかに、フィンランド人が重なってみえた。夢を見て、納得がいくまで挑戦する。たとえ打ち破れても、それを受け入れ、つぎを目指す。一つひとつ乗り越えていくたびに、フィンランド人は現実的になっていく。でも、始まりは夢みることなのだ(スナフキンの父親のヨクサルはりんごの木に住んだ。歌を歌って、花の香りを吸って、太陽を浴びて、なるがままにまかせたため、りんごは実らず、夢みるだけに終わってしまったが)。

フィンランドでは、ヘルシンキから少し離れるとすぐに森が広がります。

「日本人には桜よね、私たちにはりんごの花だわ」

ゼミのトゥーラ先生がこんなふうにたとえてくれたことを思い出す。フィンランドのりんごの花は5月に咲く。桜とおなじバラ科で、薄いピンクの花をつける。フィンランド人の家の庭にはすくなくとも1本はりんごの木がある。

手のひらに収まるくらいの小ぶりの酸っぱいりんごを、友人はレジ袋いっぱいに収穫した。虫の食った部分は丁寧に取って、半分はパイへ、半分はジャムにする。ジャムは冬に備えて地下の貯蔵庫へ。

このりんごに、ロマンチストでもあり、リアリストでもあるフィンランド人が透けて見える。暮らしに寄りそう、夢みるりんご狩りたちよ。

今日のしあわせレシピは『りんご狩りたちのパイ』。引き締まった果肉で、酸味のあるりんごがおすすめ。生地に挽きたてのカルダモンを入れました。

『ムーミン谷のしあわせレシピ』より  
©Moomin Characters TM

OMENANPOIMIJOIDEN PIIRAKKA
りんご狩りたちのパイ

材料
小麦粉……350cc
砂糖……200cc
ベーキングパウダー……大さじ1/2
サワークリーム、バターミルク もしくはプレーンヨーグルト……200cc
バターもしくはマーガリン……100g
薄切りしたりんご……カップ2
(シナモン、砂糖)

作り方
1.  ボウルに小麦粉、砂糖、ベーキングパウダー を入れて混ぜる。サワークリーム、ヨーグルトかバターミルクと、溶かしたバターかマーガリンを加える。生地がなめらかになるまで混ぜる。

2. バターを塗ったタルト型に生地を広げ、りんごを並べる。お好みでシナモンと砂糖をふりかける。

3.  200℃のオーブンで25-30分焼く。焼いているあいだ、つけ合わせのカスタードクリームを作ってもいいですね。

ここがコツ
おなじ作り方でベリーパイもできます。

カスタードクリーム
牛乳(低脂肪でないもの)……500cc、もしくは料理用クリームかホイップ用クリーム……200ccと牛乳300cc
卵黄……2個分
コーンスターチ、片栗粉もしくは大麦でんぷん……大さじ1
砂糖……大さじ2-3
バニラビーンズ1本、もしくはバニラシュガー……小さじ1

作り方
1. 厚手の鍋にすべての材料を計って入れる。バニラビーンズを縦に裂いてさやごと入れる。

2. 混ぜつづけながら、加熱して煮たたせる。

3. 沸騰してきたら、火からおろす。バニラビーンズのさやを取りのぞき、鍋を冷水にとって手早くかき混ぜながら冷ます。

バターミルクとは:乳酸菌を入れて発酵させた牛乳。ほどよい酸味のある飲むヨーグルトといったところ。フィンランド人はこのまま飲んだり、パンやケーキの材料として使ったりします(しっとり仕上がるんですよ)。手に入りづらいときは、プレーンヨーグルトに牛乳を少し加えてみてください。

ホイップ用クリームについて:コーヒークリームよりも乳脂肪分が高いもので、ホイップできるものをおすすめします。料理用クリームはゆるく泡だち、ホイップ用クリームはしっかり泡だちます。

『ムーミン谷のしあわせレシピ』 トーベ・ヤンソン/絵と引用文 末延弘子/訳 講談社 
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『ムーミン全集【新版】6 ムーミン谷の仲間たち』 トーベ・ヤンソン/著 山室静/訳 畑中麻紀/翻訳編集 講談社 
©Moomin Characters TM
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すえのぶ ひろこ

末延 弘子

翻訳家

東海大学文学部北欧文学科卒業。フィンランド国立タンペレ大学フィンランド文学専攻修士課程修了。白百合女子大学非常勤講師。『清少納言を求めて、フィンランドから京都へ』『ムーミン谷のしあわせレシピ』など、フィンランド現代文学、児童書の訳書多数。2007年度フィンランド政府外国人翻訳家賞受賞。

東海大学文学部北欧文学科卒業。フィンランド国立タンペレ大学フィンランド文学専攻修士課程修了。白百合女子大学非常勤講師。『清少納言を求めて、フィンランドから京都へ』『ムーミン谷のしあわせレシピ』など、フィンランド現代文学、児童書の訳書多数。2007年度フィンランド政府外国人翻訳家賞受賞。