ムーミン谷に住む、さまざまな登場人物たちにちなんだお料理を紹介する『ムーミン谷のしあわせレシピ』。その翻訳者末延弘子さんが、フィンランドで過ごした日々の思い出と共に、本の中からとっておきのレシピをご紹介します。作るときはフィンランド人のように、細かいことは気にせずに自分らしく挑戦することが大切だそうですよ。
北欧フィンランドの夏は短い。その短い夏を、フィンランド人は夏休みに入ると、湖や海にボートを下ろして愛おしむ。ボートを出して釣り糸を垂らしたり、桟橋で寝そべったりする人もいれば、ガーデンチェアで本を読んだり、木陰でベリージュースを飲んだりする人もいる。
七月のある暑い日、私は友人のレーナとボートで島へピクニックに行った。レーナはその日、白い小花模様の青いドレスを着ていた。エコイベントで安く手に入れ、上機嫌だ。彼女は鼻歌を歌いながら、バスケットにお弁当を詰めていく。
飲み物はベリージュース、デザートは出店で買ったイチゴ、メインは野菜のキッシュ。キッシュの生地にはゆでたじゃがいもを練りこんでいる。キッシュのためにわざわざじゃがいもをゆでるのではなく、前の日にゆでて余ったものを入れる。じゃがいもを入れると生地がもっちりして、ほのかに甘くなる。キッシュに入れる具も、冷蔵庫の余りものを炒めて入れる。今回は庭でとれた野菜がたっぷり入っていた。
レーナのご主人がボートを出してくれた。モーターをつけると、ボートは白い飛沫をあげて進んでいく。飛沫は光にあたって宝石のように光った。着いた島には、カルーナという常緑の低木が密生していた。ピンクの小花がこんもりと枝につき、小さな箒みたいだ。奥へ進むにつれ、苔やブルーベリーが現れた。
私たちは開けた場所にお弁当を広げ、太陽の恵みいっぱいの野菜のキッシュにかぶりついた。島は家からほんの目と鼻の先。でも、家で食べるキッシュより、何倍もおいしかった。それはきっと短い夏を大切な人たちとわかちあったから。ムーミンママが言っていた。「気持ちのいいものは、なんだっておなかにもいいのよ」。
ピクニックから戻ると、レーナはコーヒーと本を手に、木の桟橋へ出かけた。私も邪魔にならないように、その後をついていった。葦の群生がざわざわと鳴り、誰かのモーターボートが飛沫をあげて澪を引く。
おもむろにレーナが人さし指を立てると、そこに青いトンボがとまった。しばらくして、ひらりと飛び去ったトンボを見ながら、レーナが言った。
「アオイトトンボよ。もうすぐ夏も終わりね」
私もそっと人さし指を立ててみた。
☆
今日のしあわせレシピは『フィリフヨンカの田舎の豆キッシュ』。
生地にゆでたじゃがいもを入れています。ゆでたじゃがいもが余ったときによく作りました。私はじゃがいもを多めに入れて、粉を少なくしました。蓋はつけていません。リーキの代わりに長ねぎ、きのこは香りのある舞茸にしました。とろけるチーズではなく、粉チーズをふりかけています。
みなさんも自由に替えて楽しんでみてください。
VILIJAANAN MÖKIN PAPUPIIRAKKA
フィリフヨンカの田舎の豆キッシュ
生地
ゆでたじゃがいも……1個
小麦全粒粉……400cc
ベーキングパウダー……小さじ1/2
バターもしくはマーガリン……150g
レモン汁……大さじ1/2
水もしくはクリーム……大さじ2
フィリング
玉ねぎ(赤玉ねぎもしくはエシャロットも合う)……2個
にんじん……2本
リーキ……小1本
(生きのこ……約150g)
サラダ油もしくはバター……大さじ2
小麦粉……大さじ1
水もしくは赤ワイン……200cc
チーズスプレッドもしくはクリームチーズ……200g
粗びき黒こしょう……小さじ1/2
(塩)
ゆでた白いんげん豆200ccとゆでた赤いんげん豆200cc(もしくはミックスビーンズの水煮400g)
シュレッドチーズ……150cc
生地と仕上げ用
粉……少々
卵……1個
作り方
1. 生地を作る。じゃがいもの皮をむいて、ボウルにすりおろす。粉、ベーキングパウダー、小さく切ったバターかマーガリンを計って入れる。指でつまむようにしてすり混ぜる。レモン汁と、水かクリームを加えて、やわらかめに手早くまとめる。冷蔵庫で30分は休ませる。
2. 玉ねぎとにんじんの皮をむいて、玉ねぎは薄切りに、にんじんは細切りにする。きれいに洗ったリーキは小口切りに、きのこを使うなら小さく切る。
3. フライパンにバターかサラダ油を入れて火にかける。野菜と、あればきのこを入れて、混ぜながら数分間炒める。
4. 3に小麦粉をふりかけて、よく混ぜる。水か赤ワインを注いで混ぜ、煮たたせる。チーズスプレッドかクリームチーズを数回に分けて加え、しっかり溶けるまで混ぜる。黒こしょうをふり、必要なら塩で味をととのえる。火からおろす。
5. キッシュ皿(約24cmのタルト型)にバター(分量外)を塗る。打ち粉をしながら半分より少し多めの生地を縁まで敷きつめる。底に敷いた生地にフォークで穴を開ける。
6. 豆をキッシュ皿に詰めて、4を流しこむ。最後にシュレッドチーズをふりかける。
7. 残りの生地をオーブンシートの上で打ち粉をしながら円形にのばし、キッシュに蓋をするようにかぶせる。シートを取りのぞき、表面にとき卵を塗り、蓋にフォークで数カ所穴を開ける。
8. 225℃のオーブンの下段で、表面がきつね色になるまで30分ほど焼く。しばらく冷ましたら、できあがり。
末延 弘子
東海大学文学部北欧文学科卒業。フィンランド国立タンペレ大学フィンランド文学専攻修士課程修了。白百合女子大学非常勤講師。『清少納言を求めて、フィンランドから京都へ』『ムーミン谷のしあわせレシピ』など、フィンランド現代文学、児童書の訳書多数。2007年度フィンランド政府外国人翻訳家賞受賞。
東海大学文学部北欧文学科卒業。フィンランド国立タンペレ大学フィンランド文学専攻修士課程修了。白百合女子大学非常勤講師。『清少納言を求めて、フィンランドから京都へ』『ムーミン谷のしあわせレシピ』など、フィンランド現代文学、児童書の訳書多数。2007年度フィンランド政府外国人翻訳家賞受賞。