子どもへの【戦争の伝え方】 小泉悠氏が語る「戦争が終わらない」本当の理由

東京大学准教授・小泉悠先生に聞く、現代の戦争と国際社会のリアル #1 (3/3) 1ページ目に戻る

東京大学准教授:小泉 悠

大国アメリカと中国は戦争を止められないのか

──望ましいのはロシアを追い出すことですが、それは難しいのでしょうか。

小泉先生:そこが今の世界のジレンマなんです。ロシアを追い出そうとしてウクライナを強く支援しすぎると、ロシアは核を持っているため、追い詰められて核兵器を使う可能性があります。

西側の国々、特にアメリカの前・バイデン政権時代は、「やりすぎて核戦争になったらどうしよう」という懸念を常に抱えていました。だから、ウクライナがロシア軍を本当に追い出すための「十分な支援」を、最後の最後でしきれなかったという側面があります。

一方で現・トランプ政権は「ロシアと一緒に、ウクライナに降伏を強要すればいいじゃないか」というアプローチを取りましたが、これも上手くいきません。アメリカが首根っこを摑んで命じたぐらいで、ウクライナという国はロシアに降伏したりはしないからです。結局、アメリカの支援も方針も、どっちつかずの状態になってしまっているのです。

──トランプ氏が「2026年6月までに戦争を終わらせる」と言っていますが、これは期待できないのですか?

小泉先生:トランプ氏は「自国ファースト」で、「6月までに停戦しろ」と言っていますが、過去にも似たような試みは何度も失敗に終わっています。結局、プーチン大統領に「もういいからやめろ」と言い聞かせるには、相応の強制力を発揮するしかない。

しかし、トランプ氏はなぜか最後の最後でそれを避けようとしています。それはロシアに弱みを握られているという説もありますが、おそらく彼の頭の中では「ロシアとアメリカは同じ大国クラブの仲間。一緒に世界を仕切っていく仲間なのだから、ケンカをしたくない」という思いがあるのでしょう。

本当の意味で戦争を止められる力があるはずのアメリカが、その力の発揮の仕方がわからない。このことが、ウクライナ侵攻の長期化に大きく影響しているのでしょう。

──そうなると、結局どちらの陣営も、自分の利益やリスクを天秤にかけて動いているのですね。

暴力の総量を減らすことが本当の目的であるべき

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小泉先生:それからもう一つ、この「引くに引けなくなったケンカ」について、忘れてはいけないのが「始まり方」です。これはロシアとウクライナが対等に小競り合いをして始まったわけではありません。ロシアがいきなり、一方的に攻め込んで始まったのです。

だからこそ、国際社会はロシアを非難し、制裁を続け、ウクライナが支援を受けて戦い続けている。この「長引いている」という事実は、裏を返せば「ウクライナがロシアに降伏せずに済んでいる」ということでもあります。戦争が長引くことは、必ずしも悪いことだけを意味するわけではないのです。

──でも、例えばウクライナが降伏すれば、少なくとも爆弾は降ってこなくなりますよね? 戦地に向かっている人々の命が失われることもなくなる。それは「平和」への近道ではないのでしょうか?

小泉先生:私は、学部時代は「平和学」を専攻していました。平和学には「構造的暴力」という考え方があります。目に見える爆弾や銃撃(直接的暴力)だけでなく、人間が本来できるはずのことが、権力や社会構造によって制約されている状態も「暴力」と捉えるのです。性差別や飢え、環境破壊、そして自由を奪う占領も「構造的暴力」です。

ウクライナの人々の視点に立ってみてください。「戦場で夫や息子が死ぬかもしれない」「自爆ドローンが家に突っ込んでくるかもしれない」という暴力と、「ロシアの占領下に置かれて、自由を奪われ、虐待や拘束を受ける」暴力。この二つを比べたとき、占領下での暴力は、戦闘中の暴力よりも「マシ」だとは決して言えないんです。

──攻撃が止まっても、「別のかたち」の暴力が続いてしまうのですね。

小泉先生:そのとおりです。だから、何でもいいから戦闘を止めるというのは、単にロシアによる暴力を是認するだけに終わってしまう。本当の意味で市民に対する暴力の総量を減らすためには、ロシアによる再侵略を防げるような「安全の保障」がセットでないと、根本的な解決になりません。

目的は単なる「停戦」ではなく、人々が受ける「暴力の総量の低減」であるべきなんです。

─────◆─────◆─────

今回は小泉先生にロシアのウクライナ侵攻が長引いている理由をわかりやすく解説してもらいました。

次回2回目では、現代の戦争がどうかわったのか国際情勢について、引き続き小泉先生に解説していただきます。

取材・文/知野美紀子

小泉悠先生のインタビューは全3回。
2回目を読む(2026年3月29日より公開)。
3回目を読む(2026年3月30日より公開)。

『現代戦争論 ──ロシア・ウクライナから考える世界の行方』著:小泉悠(筑摩書房)
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小泉 悠
こいずみ ゆう

小泉 悠

Yu Koizumi
東京大学先端科学技術研究センター准教授

東京大学先端科学技術研究センター(国際安全保障構想分野)准教授。 1982年千葉県生まれ。早稲田大学社会科学部、同大学院政治学研究科修了。政治学修士。民間企業勤務、外務省専門分析員、ロシア科学アカデミー世界経済国際関係研究所(IMEMO)客員研究員、公益財団法人未来工学研究所客員研究員を経て、現在東京大学先端科学技術研究センター(国際安全保障構想分野)准教授。専門はロシアの軍事・安全保障。 主な著書に『現代戦争論 ――ロシア・ウクライナから考える世界の行方』『ウクライナ戦争』『現代ロシアの軍事戦略』(ともに筑摩書房)、『「帝国」ロシアの地政学 「勢力圏」で読むユーラシア戦略』(東京堂出版)で、サントリー学芸賞受賞。他に『オホーツク核要塞』(朝日新聞出版)、『軍事大国ロシア  新たな世界戦略と行動原理』(作品社)、『プーチンの国家戦略 岐路に立つ「強国」ロシア』(東京堂出版)など。

東京大学先端科学技術研究センター(国際安全保障構想分野)准教授。 1982年千葉県生まれ。早稲田大学社会科学部、同大学院政治学研究科修了。政治学修士。民間企業勤務、外務省専門分析員、ロシア科学アカデミー世界経済国際関係研究所(IMEMO)客員研究員、公益財団法人未来工学研究所客員研究員を経て、現在東京大学先端科学技術研究センター(国際安全保障構想分野)准教授。専門はロシアの軍事・安全保障。 主な著書に『現代戦争論 ――ロシア・ウクライナから考える世界の行方』『ウクライナ戦争』『現代ロシアの軍事戦略』(ともに筑摩書房)、『「帝国」ロシアの地政学 「勢力圏」で読むユーラシア戦略』(東京堂出版)で、サントリー学芸賞受賞。他に『オホーツク核要塞』(朝日新聞出版)、『軍事大国ロシア  新たな世界戦略と行動原理』(作品社)、『プーチンの国家戦略 岐路に立つ「強国」ロシア』(東京堂出版)など。