徹底取材「自由進度学習」「イエナプラン教育」で本当に子どもは自ら勉強するの?

[小学校教育2.0]#2 「学びの個別化・協同化」の実践

熊本大学教育学部准教授:苫野 一徳

「個別化」は「自分勝手」ということではない

――自分の学びたいことだけを学ぶと、自己中心的な子どもになってしまいそうで心配です。

苫野先生:これはよく誤解される点なのですが、『イエナプラン教育』も『自由進度学習』も、決して好きなことだけを学んでいいわけではありません。

日本では、義務教育の学習内容は『学習指導要領』によって決められていますので、一斉授業でも『個別化・協同化の融合』でも変わりません。ただ、みんなで一斉に学ぶのではなく、一人ひとりのペースややり方に合わせて個別化するだけです。

それだけで、学習内容も定着しやすく、実は『待ち時間』などのムダも少なくなる。これまで実践してきた先生方は、みなさん、一斉授業の5〜7割程度の時間で学びを習得することができると言います。

苫野先生:大切なのは、単に『個別化』するだけでなく、必ず『協同化』とセットにする、という点です。個別化するだけでだと、学びが『孤立化』してしまう恐れがあります。

必要に応じて、子どもたちが人の力を借りながら、また人に力を貸しながら、『ゆるやかな協同性に支えられた個の学び』を進めていけるよう、先生は学びの環境を整える必要が出てきます。

しかし、きちんと環境を整えれば、子どもたちは自然とお互いを教え合い、助け合うようになります。

黙って座り、しかもいくらか競争的な緊張感のなかで勉強させられる授業は少なくありませんが、自分のペースで学びながらも、いつでもわからないことを聞いていい、必ず誰かに助けてもらえる個別化・協同化が融合した学びのなかでは、安心して学びに集中できるのです。

緊張感のなかの「競争」より、リラックスした「協同」が学びを定着させる

――でも、生きていくなかで、ある程度の競争も必要ではないでしょうか?

苫野先生:もちろん、『競争が有効』な場合もあります。特に私たち親世代は、競争こそがパフォーマンスを最大化すると考えてしまう傾向があるかもしれません。

しかし、多くの研究では、競争よりむしろ『協同』のほうが、一人ひとりのより高いパフォーマンスを発揮させる場合が多いことが明らかになっています(※2)。

さらに最近では、人は心理的安全性が守られている時に脳機能が活発化する、ということが神経科学の研究でも明らかになっています(※3)。

先生の笑顔が多いほど学びがうまくいく、という学習科学の研究もあるほどです(※4)。

※2 アルフィー・コーン『競争社会を超えて』
※3 工藤勇一・青砥瑞人『最新の脳研究でわかった!自律する子の育て方』
※4 ジョン・ハッティ、グレゴリー・イエーツ『教育効果を可視化する学習科学』

苫野先生:先ほどの熊本市立の小学校の自由進度学習の事例では、子どもたちの『集合的効力感』が高まった、との調査結果も出ています。

自己効力感は、自分はできるという自信に近いものですが、『集合的効力感』とは、『自分たちはできる』という感覚です。周囲と教え合うことで、自分だけでなく、友だちと一緒に“成し遂げることができた”という意識を強くしたのだと考えられます。

誰かと協力し、支え合う過程で生まれた自信。これこそが、子どもたちが将来生きていく上で必要となる力だと思うのです。

私たちが社会で生きるなかでは、一人で何かをすることの方が少なく、誰かと協力し、力を貸したり借りたりすることがほとんどです。

それが大きなプロジェクトであればあるほど、自分一人で成功させることは難しく、多くの人と協同する力が求められます。

これからの時代、子どもたちは競争で互いをけん制するのではなく、あるいはそれ以上に、協同して助け合う方法を学ぶべきではないでしょうか。

ーー◆ーー◆ーー

第3回は、こうした学びの「協同化」をさらに深めることになる、「プロジェクト型」の学びについて伺います。

取材・文 川崎ちづる

苫野先生が公教育システムの転換について提言した書籍。学校関係者以外もわかりやすい一冊です。『「学校」をつくり直す』(苫野一徳/河出新書)
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とまの いっとく

苫野 一徳

Ittoku Tomano
熊本大学教育学部准教授

哲学者・教育学者。熊本大学教育学部准教授。1980年生まれ。早稲田大学大学院教育学研究科博士課程修了。博士(教育学)。全国で多くの自治体、学校のアドバイザーも務める。 著書に『どのような教育が「よい」教育か』(講談社選書メチエ)、『「学校」をつくり直す』(河出新書)、『公教育をイチから考えよう』(日本評論社/共著)、『愛』『教育の力』(ともに講談社現代新書)、『ほんとうの道徳』(トランスビュー)、他多数。最新刊は『学問としての教育学』(日本評論社/2020.2)。

哲学者・教育学者。熊本大学教育学部准教授。1980年生まれ。早稲田大学大学院教育学研究科博士課程修了。博士(教育学)。全国で多くの自治体、学校のアドバイザーも務める。 著書に『どのような教育が「よい」教育か』(講談社選書メチエ)、『「学校」をつくり直す』(河出新書)、『公教育をイチから考えよう』(日本評論社/共著)、『愛』『教育の力』(ともに講談社現代新書)、『ほんとうの道徳』(トランスビュー)、他多数。最新刊は『学問としての教育学』(日本評論社/2020.2)。

かわさき ちづる

川崎 ちづる

Chizuru Kawasaki
ライター

ライター。東京都内で2人の子育て中(2014年生まれ、2019年生まれ)。環境や地域活性化関連の業務に長く携わり、その後ライターへ転身。経験を活かし、環境教育や各種オルタナティブ関連の記事などを執筆している。WEBコラムの他、環境系企業や教育機関などのPR記事も担当。

ライター。東京都内で2人の子育て中(2014年生まれ、2019年生まれ)。環境や地域活性化関連の業務に長く携わり、その後ライターへ転身。経験を活かし、環境教育や各種オルタナティブ関連の記事などを執筆している。WEBコラムの他、環境系企業や教育機関などのPR記事も担当。