
進行がんで死を覚悟した私の中の「能力主義」 子どもを追い詰めない親の関わり方
学校の「当たり前」を考える 能力主義と子ども #2親も子も追い詰める能力主義 (2/3) 1ページ目に戻る
2025.10.07
進行がんで自覚した自分に潜む「能力主義」
──「行き過ぎた能力主義の問題点」を力強く指摘された(前回)勅使川原さんが、数年前まで能力主義を内面化していたとは、意外です。
勅使川原真衣(以下勅使川原):自分でも驚きました。2020年に進行がんに罹患したことで、自分自身が能力主義を内面化していることに気づいたのですが、病気のような大きな出来事がなければ、認識できなかったと思います。
私は大学院で教育社会学を専攻していました。教育社会学は能力主義に疑問を投げかけ、データを用いて反証してきた学問です。能力主義のおかしさは十分に理解しているつもりでした。
だから、就職の際は「敵陣視察」のつもりで、あえて「能力」を肯定する業界である人材系コンサルティング会社に入社しました。結局、10年くらいそこで働きましたが、能力開発では企業はよくならないことを改めて痛感したので、2017年に独立したんです。個人の特性を優劣でとらえるのではなく、組み合わせによって生かしていく「組織開発」(詳細は後述)に舵を切りました。
そこで能力主義的なものから自由になったと思っていましたが、全然そんなことなかったんですよね……。
独立後は、たくさんのクライアントを得て、一刻も早く事業を安定させなければ、という思いに取りつかれていました。とにかく働きまくっていた一方で、小学生と保育園児をワンオペで育てていて……。本当に、全然寝ていませんでした。
結局、他人から見た「優秀さ」を追いかけていたんだと思います。本質的な部分で能力主義的な考えから抜け出せていなかった……。進行がんが発覚したのは、そんなタイミングでした。一時は死を覚悟しましたが、病気で変わることができました。
──能力主義で自分を追い詰めてしまったんですね。すぐに方向転換することができたんですか。
勅使川原:いいえ。1年半くらいは病気でできないことばかりになった自分を強く否定し、絶望していました。
だけど、人類学者の磯野真穂(いそのまほ)さんにそのときの気持ちや考えを話したら、「それを文章に書いたほうがいい」といわれたんです。その言葉が頭に残っていて、少しずつ書き始めました。私にとって、書くことは自分を見つめ直すこと。徐々に内面化した価値観を手放すことができました。