進行がんで死を覚悟した私の中の「能力主義」 子どもを追い詰めない親の関わり方

学校の「当たり前」を考える 能力主義と子ども #2親も子も追い詰める能力主義 (3/3) 1ページ目に戻る

能力ではなく「持ち味」を生かす組織開発

──そのときに執筆したのが、『「能力」の生きづらさをほぐす』ですね。死んだ母が幽霊となって我が子の前に現れ、「能力主義」の危うさについて語りかけるという設定です。

勅使川原:15年後の我が家を舞台にしています。子どもたちに向けて、遺書のつもりで書いた本です。こんなに能力主義が猛威を振るう社会のままでは、死んでも死にきれない。そんな気持ちがありました。

勅使川原さんの初作。『「能力」の生きづらさをほぐす』勅使川原 真衣著、磯野 真穂 執筆伴走(どく社)。
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「能力開発」の不毛さはもちろん、能力主義ではない世界があること、その具体的な実践である「組織開発」についても知ってほしかったんです。

「組織開発」は個人を能力ではなく、「機能」としてとらえます。私はよく、機能を「車のパーツ」にたとえて説明しています。アクセル的な機能を発揮しやすい人もいれば、ブレーキの人もいる。そのほかにも、タイヤ、ボディなど、車が安全に走るためにはたくさんの機能が必要です。組織も同様で、それらがバランスよく存在し、お互い存分に力を発揮できてこそうまく回ります。

それぞれの機能に「よい/悪い」や序列はありません。最近もてはやされる「リーダーシップ力」はアクセルに近い特性ですが、アクセルだけたくさんあっても車として成り立たない。ブレーキやタイヤなど、それぞれが持っている特性を「持ち味」として認め、個人ではなく人の組み合わせで組織を動かそう、と考えるのが組織開発です。

私は労働の現場で組織開発に取り組んできましたが、一般の人もこうした考えを知っていることで、必要以上に自分を責めたり、過度な競争で疲弊したりするリスクを減らせるのではないかと思っています。

「能力主義の生きづらさ」から子どもを守る

──組織開発のように、能力主義以外の考え方や方法論があるとわかって少しほっとしました。ですが現状は、子どもたちが通う学校が能力主義で動いていますから、内面化してしまうリスクも高いと思います。勅使川原さんがお子さんに接する上で気をつけていることはありますか。

勅使川原:否定しないこと。これに尽きると思っています。

無理に褒める必要はなくて、否定さえしなければいい。それが、その子自身を認めることにもつながっていきます。

あとは、「おもしろがる」ことですね。「またそんなことして……」と否定的なことをいいそうになったらぐっと飲み込んで、「そんなに好きなんだね」「おもしろい子だね」と続けてみる。それだけでも違ってきます。

私が能力主義を根深く内面化してしまった背景には、家庭環境の影響も大きかったと感じます。テストで100点を取っても、「勝って兜の緒をしめよ」といつも親からいわれていましたから。もっと頑張れと子どもを鼓舞するだけでなく、「いてくれてありがとう」と存在自体を認める言葉がけをしてほしいと思います。

──しかし、学校の先生から「やる気がない」「授業態度が悪い」などといわれて、子どもを否定的にとらえてしまうこともありそうです。

勅使川原:まず確認したいのが、学校からの評価も「ひとつの見方」でしかないということです。「やる気がない」は先生から見えている姿であって、事実かどうかはまた別の話。必ずその人の解釈が入っています。

実は、現在中学生の私の息子は、小学校のとき、担任の先生から毎日のように電話がかかってくる時期がありました。息子はできることとできないことが大きく分かれるタイプで、マイペースでユニークな子ですから、先生には「学習態度に問題がある」などと映る部分もあったのでしょう。

でも、それを鵜吞みにするのではなく、「先生からはそう見えるんですね」と受け取った上で、「私からは●●に見えます」と対話してきました。

今、評価者から見える姿だけで、子どもを決めつけないことがすごく大切だと思います。それを先生に伝えるために、否定ではないコミュニケーションを続けることも重要です。実際、数年間対話を続ける中で、先生自身の子ども観に変化を感じました。

──保護者も「今見えている面が子どものすべてじゃない」と、肝に銘じておいたほうがいいですね。

勅使川原:あとは、子どもにも「先生や親からの指摘や意見が、『客観的な事実』ではない」と伝えておく必要があると思います。どんなに素晴らしいと思う人でも、その人なりの見方で現実をとらえている。「あなたは××だ」と否定的なことをいわれても、すべてを正面から受け止めて傷つく必要はないんだよ、と。

「厳しい(否定的な)声がけが成長につながる」と思っている大人は多いですし、今後も必ず出会うでしょうから、サバイバルスキルだと思って子どもたちに伝えていきたいですね。

─・─・─・─・

第3回は、能力主義の代表格ともいえる「学歴」について、日本で重視されてきた理由と今後の方向性などを解説します。

取材・文 川崎ちづる

【学校の「当たり前」を考える 能力主義と子ども】の連載は、全4回。
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※公開日までリンク無効

©稲垣純也

【勅使川原 真衣 プロフィール】
1982年、横浜市生まれ。東京大学大学院教育学研究科修了。外資コンサルティングファーム勤務を経て組織開発コンサルタントとして独立。2児の母。2020年から進行乳がん闘病中。著書『「能力」の生きづらさをほぐす』(どく社、2022年)は紀伊國屋じんぶん大賞2024で第8位入賞。続く『働くということ 「能力主義」を超えて』(集英社、2024年)は新書大賞2025にて第5位入賞。その他著書多数。最新刊は『学歴社会は誰のため』(PHP、2025年)。日経ビジネス電子版と論壇誌Voice、読売新聞「本よみうり堂」にて連載中。

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かわさき ちづる

川崎 ちづる

Chizuru Kawasaki
ライター

ライター。東京都内で2人の子育て中(2014年生まれ、2019年生まれ)。環境や地域活性化関連の業務に長く携わり、その後ライターへ転身。経験を活かし、環境教育や各種オルタナティブ関連の記事などを執筆している。WEBコラムの他、環境系企業や教育機関などのPR記事も担当。

ライター。東京都内で2人の子育て中(2014年生まれ、2019年生まれ)。環境や地域活性化関連の業務に長く携わり、その後ライターへ転身。経験を活かし、環境教育や各種オルタナティブ関連の記事などを執筆している。WEBコラムの他、環境系企業や教育機関などのPR記事も担当。