ノンフィクション作家・柳田邦男激賞! 「相手を倒さない」真の勇気を描いた絵本
卒業の子どもたちへ贈りたい「ほんとうの勇気とはなにか」を考えぬく時間
2022.03.25
ノンフィクション作家:柳田 邦男
主人公ヤクーバは、一人前の若者と認められるためにライオンを倒さなくてはならない年齢です。この絵本は、ヤクーバが、どのように子どもから卒業したかを描いています。
ヤクーバの通過儀礼は、とある事情で、行うのは簡単だけれども実行するのに逡巡する状況となります。ヤクーバはそこで、「ほんとうの勇気とは何か」ということを悩みぬくのです。
わたしたちは子どもたちに「勇気」を身につけてほしいと願いますが、それをプレゼントすることはできません。子どもたち自身が「勇気」とはなにか、自分はどの道を選ぶのか、考え、苦悩し、結果を引き受けていくことで身につけていくしかないのです。
『ヤクーバとライオン』は、ヤクーバの切羽詰まった苦悩をともに体験できる絵本です。子どもたちの旅立ちに向けてともに読み、悩むことで、「勇気とは何か」を真剣に考える体験を手渡すことができます。
この絵本に魅せられ、翻訳を手がけた柳田邦男さんのあとがきを全文公開します。
この絵本の第1のテーマは、勇気だ。舞台は、アフリカの奥地の村。少年がある年齢になると、独りでライオンを見つけて立ち向かい、槍で殺さなければならない。ライオンを殺せば、一人前の若者として認められ、栄誉ある兵士になることができる。
主人公の少年ヤクーバは、まさにその年齢になった。ヤクーバはライオンを求めて、照りつける太陽の下、荒野を歩き、山麓をめぐり、川を渡る。そして、ついにライオンと出遭う。
ライオンは傷を負い、立つこともできないほど弱っていた。ヤクーバにとって、そのライオンに槍で止めの一撃を加えることは容易だった。だが、ライオンの目はヤクーバに語りかけた。
……そのクライマックスは本文で語られているとおりだ。ライオンを殺して栄えある戦士になるか、ライオンの命を救って、自分は勇気のない男として軽蔑され仲間はずれにされるか。ライオンは後者こそ気高い精神の持ち主ではないかと問いかける。
どちらの道を選択するのか。真の勇気とは、どちらなのか。自分の栄誉のために、かけがえのない一つの命を奪ってよいのか。自分は軽蔑され仲間はずれにされても、生きる者の命を守ってやるのか。
「もうひとつの道は、殺さないことだ」というライオンの問いかけは重い。この「殺さない」という訴えが、「勇気」という第1のテーマと表裏一体となって、この絵本の第2のテーマになっている。
この絵本がフランスで出版されたのは、1994年。アフリカ、東欧、中東、中央アジアでは、民族や宗教の対立による血で血を洗う紛争がくりかえされていた。
殺された側は報復のために相手を殺す。終わりのない報復の殺し合いが続いていく。その悪循環を断ち切るにはどうすればよいのか。
日本の社会に目を向けると、いじめられた子が復讐の事件を起こす。虐待された子がやがて虐待する側にまわる。これも同じ悪循環だ。
パリの出版社サイユ・ジュネス社を別の用事で訪れたとき、編集長が見せてくれた同社の数々の絵本の中に、この絵本があった。一読して、重いテーマにふさわしい野太い黒い線だけの強烈な絵に、私はたまちまち魅せられ、この絵本のメッセージを日本の大人たちにも子どもたちにも伝えたいと思ったのだ。
--2008年春 柳田邦男
ティエリー デデュー
1955年フランス南部のナルボンヌに生まれる。絵本作家、イラストレーター。1991年より児童書を手がけ、1994年、「Yakouba」でフランスの「Prix sorci`eres」を受賞。フランス・ジェール県在住。多作な作家として知られ、60冊以上もの絵本を出版している。
1955年フランス南部のナルボンヌに生まれる。絵本作家、イラストレーター。1991年より児童書を手がけ、1994年、「Yakouba」でフランスの「Prix sorci`eres」を受賞。フランス・ジェール県在住。多作な作家として知られ、60冊以上もの絵本を出版している。
柳田 邦男
1936年栃木県生まれ。NHK記者を経て作家活動に入る。1972年『マッハの恐怖』で第3回大宅壮一ノンフィクション賞、1979年『ガン回廊の朝』で第1回 講談社ノンフィクション賞、1995年『犠牲(サクリファイス)わが息子・脳死の11日』などで菊池寛賞、1997年『脳治療革命の朝』で文藝春秋読者賞を受賞。 児童書の翻訳に『ヤクーバとライオン』、『エリカ 奇跡の命』(日本絵本賞翻訳絵本賞)など、絵本について語った著作に『みんな、絵本から』『人生の1冊の絵本』などがある。
1936年栃木県生まれ。NHK記者を経て作家活動に入る。1972年『マッハの恐怖』で第3回大宅壮一ノンフィクション賞、1979年『ガン回廊の朝』で第1回 講談社ノンフィクション賞、1995年『犠牲(サクリファイス)わが息子・脳死の11日』などで菊池寛賞、1997年『脳治療革命の朝』で文藝春秋読者賞を受賞。 児童書の翻訳に『ヤクーバとライオン』、『エリカ 奇跡の命』(日本絵本賞翻訳絵本賞)など、絵本について語った著作に『みんな、絵本から』『人生の1冊の絵本』などがある。