2021.09.28

元劇団四季・木南清香「子ども時代の私をとりこにした夢のステージ」

ミュージカル俳優 木南清香さん「私の“音育”」#1~幼少期編~

寄稿家:木南清香

幼い頃から歌もダンスも大好きだったという木南さん。  写真:日下部真紀

木南清香さんは、劇団四季出身で「レ・ミゼラブル」など人気作品へ次々と出演されているミュージカル俳優です。幼少期はなかなか自分の意見を言い出せず、引っ込み思案だったという彼女。

子どもの頃、習い事を通して感じた自身の変化と、後に将来の夢となるミュージカルとの出合いについて伺います。

気が付けば口ずさんでいた「津軽海峡冬景色」

幼い頃から、どこでも歌ったり踊ったりしていたという木南さん。

「歌を好きになったきっかけは覚えていませんが、家族旅行で旅館に泊まったときなど、宴会ステージに勝手に上がって歌ったりしていたようです。

特に気に入って歌っていたのは、父が好きでよく聴いていた、石川さゆりさんの『津軽海峡冬景色』や舟木一夫さんの『高校三年生』。幼稚園児とは思えない選曲ですよね(笑)」

自分から宴会のステージに上がるとは目立ちたがりな子どもだったかと思いきや、幼い頃の木南さんは引っ込み思案な性格。そのせいで、やりたいことを主張できず、やきもきしてきたそうです。

そんな彼女の一番の理解者は母親で、主張ができない彼女をたしなめながらも、娘がやりたいことをできるようにサポートしてくれました。

4歳頃の木南さん。「当時はバレリーナを夢見るほど、バレエが大好きでした」(木南さん)  写真:本人提供

木南さんの初めての習い事は、4歳の頃に始めたクラシックバレエ。現在の仕事であるミュージカル俳優としての基礎は、この頃に養われたのかもしれません。

「両親からは『妹がまだ小さいから、もう少し待って』と言われましたが、1年たってもあきらめられず、バレエ教室に通うことを許可してもらいました」

5歳からはピアノもスタート。最初は大手の教室に通っていたものの、より本格的な指導を受けるために、途中で、個人の先生の教室へ転向。すると、ピアノのレッスンが一変したと言います。

「先生が同じマンションに住んでいたので、少しでも練習をサボると『ピアノの音が聞こえてこない!』とバレてしまうんですよ。当時は厳しいレッスンが当たり前で、ミスすると先生に手をたたかれることもしばしば。怖かったけど、だからこそ頑張れました」

彼女がそんな厳しい習い事を続けてこられたのは、「認めてもらえてうれしい」という気持ちを原動力にして、自分なりにモチベーションを保てる出来事があったからでした。

「幼稚園の運動会で鼓笛隊をやったときに、先生から『ほかの子の手本となるように』とピンマイクをつけてもらったんです。そのとき、『あ、私って上手にできてるんだ!』ってうれしくなりましたね。

普段、両親から習い事で特別にほめてもらうことはなかったんです。でも、稽古がどんなに厳しくても努力していた自負があったので、先生からその努力を認めてもらえた気がしました。幼心に、承認欲求が満たされたといいますか。

内気だったものの、自身の努力を認めてほめてもらえる場として、ピアノでもバレエでも、どんな習い事の発表会でも大好きでしたね」

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