漫画家・蒼井まもるさんの「体験」で育む「尊重する子育て」とは

漫画家・蒼井まもるさんインタビューVol.2

ライター:小川 聖子

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高校生の妊娠という難しいテーマと真摯に向き合い、丁寧な描写が話題となり、第47回講談社漫画賞・少女部門を受賞した漫画『あの子の子ども』。

Aneひめ.netでは、蒼井まもる先生に2回に分けてインタビュー!

後編では、「Ane♡ひめ.net」で公開された育児マンガ「親子で保育園留学体験記」とともに、「包括的性教育」や子育てについて詳しく伺っています。

「保育園留学」は親子で移住の体験ができるプログラム

──蒼井先生が5歳の娘さんと北海道に「保育園留学」した「親子で保育園留学体験記」が「たのしい幼稚園7・8月号」および「Ane♡ひめ.net」に掲載中です。まずは「保育園留学」についてお伺いできますか。

蒼井 「保育園留学」は、1〜2週間、家族で地域に滞在する体験プログラムで、子どもは地域の保育園に通いながら、親は働きながら、その地域の暮らしや文化に触れることができるという仕組みになっています。

昨年の春ごろに子育てサイトでその存在を知って、「こんなのあるんだ、面白そう」と思ってブックマークしたのが最初です。

その後、留学先に選べる地域も、実際の体験記なども増えていって、めちゃくちゃ気になってそわそわして……というのが流れでした(笑)。

その後、出版社さんと自分の連載スケジュールなどを相談していく中で、出版社さんから「それ行きましょう、そしてその体験を描きましょう」と背中を押していただいて……。

漫画家という職業柄、常に「ネタ探し」をしていることもありますし、単純に娘と一緒に新しい体験をしてみたいという思いもあって、「じゃあ行きます!」と心を決めました。

──タイミングも良かったのですね。北海道という“留学先”はどうやって決めたのでしょうか。

蒼井 漠然と「雪国に行ってみたい」というのがあって。というのも、私たち親子が暮らしている地域は、雪は年に何度か降るかどうか。

しかも積もるか積もらないかくらいの量なので、北海道のような全然気候が違う場所に行ってみようかと思ったことがきっかけでした。

ただ、私も冬の北海道は初めてで、車の運転にしても雪国となると不安ですし、レンタカーも2週間借り続けるとなると高額ですし……。

それで、北海道の中でも車なしで暮らせる、徒歩圏内に保育園やスーパーがある場所で、しかも空港からのアクセスがいい場所はないかな? と探していたら、「十勝清水町」という場所が見つかったんです。

十勝清水町はアイスホッケーでも有名な街なのですが、娘に話すと「アイスホッケー見たい」「アイスリンクに立ってみたい」と前向きなことを言ってくれたので、「じゃあここにしようか」と決めました。

──「保育園留学」への娘さんの反応はいかがでしたか。 

蒼井 最初からとても乗り気でした。もともといろいろ「やってみたい」というタイプなのと、旅行に慣れていたこともあるかもしれません。

東京で仕事があるときはよく娘を新幹線で一緒に連れて行ったりしていたんです。だから、乗り物に乗ってどこか知らない街に行くこと自体にあまり抵抗がなかったんだと思います。

「包括的性教育」で学んだ「自主性」と「他者への尊重」

──保育園留学の目的として、作中でも「娘にいろいろな体験をさせたい」とおっしゃっていましたが、何かきっかけはありますか。

蒼井 これは、『あの子の子ども』の制作背景にも関わることなのですが、「包括的性教育※」というものを学んだことが大きなきっかけです。

日本では、性教育というと生殖の仕組みや第二次性徴みたいなことばかりが取り上げられますが、「包括的性教育」は、男女の身体的な話だけでなく、差別や暴力、ジェンダーの不平等についてなど、幅広いテーマを包括的に扱う内容になっています。

「包括的性教育」の目的は、「自他ともに尊重される社会の実現を目指す」ということなのですが、そのような内容を学んだことで、「娘と自分は違う存在である」ということを改めて意識するようになりました。

これは一見当たり前のことに思えますが、自分と子を同化させて考えてしまうことって、親には意外と少なくないと思うんです。「私がこう感じるのだから、当然娘もそうだろう」みたいな。

たとえば私は娘にはこの色の洋服が似合うと思っても、娘も同じとは限らないわけです。だから「こっちの方がいいよ」なんて絶対言っちゃいけないんですけど、気をつけないと誘導してしまっていることもあったりして、めちゃくちゃ怖いことだなと反省しました。

今はなるべく娘自身が感じたことや自主性、娘の気持ちを大切にしたいと思っています。保育園留学も、さまざまな経験を通して娘が自分の「好き」に気がついたり、いろいろな考え方ができるようになるきっかけにもなればと思いました。

世の中にはさまざまな人がいて、暮らしがあって、人生があることを知るのは大切なことなので、娘にはなるべくそんな環境を与えたいと思っています。

──普段と違う体験は、子どもだとしても視野が広がったり、新しい価値観が養われるきっかけにもなりそうですね。

蒼井 体験もそうだし、創作もそうだと思います。今は、保育園に着ていく服を彼女が選ぶときも、私は「うん」しか言わないようにして、全部任せています。

私の仕事相手に会うときなど、どうしてもこっちを着てほしいというときは、その理由と着てくれることによるメリットを説明して交渉します。成立するときもあれば、決裂するときもあります(笑)。

──素晴らしい方法ですね。母と娘の関係は大人になってからも悩んでいる方が多いのですが、他にも気をつけられていることはありますか。

蒼井 これも先ほどもお話しした自分との「同化」と関係があると思いますが、私は娘が相手だと、自分の友人に対してなら絶対に言わないような強い言葉をぶつけてしまったり、遠慮なくものを言ってしまうことがあるんです。

例えば「何回言ったらわかるの!」という言葉をつい口にしたくなりますが、冷静になれば、この言葉はただの嫌味で、自分がすっきりしたいために発する言葉です。

それを言われた子どもは、どう返すこともできませんよね。これは単なる私の甘えですし、私がちゃんとアンガーマネジメントするべき問題だなと反省し、なるべくそういうことがないよう気をつけています。

「住む場所を選ぶのもありなんだ」という新しい感覚を持てました

──「保育園留学」の体験を通じて、娘さんが変化したと思われるところはありますか。

蒼井 ひとつは地球儀や地理に興味を示すようになったことでしょうか。

今までは「今日、東京に行くよ」と言ったとき、「東京って電車で行くよね」みたいな感覚はありつつ、実際にどんな移動なのかという地理に関しては全然掴んでいなかったと思うんです。

それが今回は飛行機のモニターに地図が出ていることにまずはちょっと興奮して(笑)。

さらに、受け入れ先である十勝清水町の保育園では日本地図が用意してあって、「この子はここから来ました」って、先生が子どもたちに説明してくれたようです。それで本人も「そうなんだ、すごい!」って。

本人の中で何かつながった感覚があったのか、それからは地球儀を見て、「ここは日本。日本ってちっちゃいね」みたいなことを話したり……自分が住んでいるところを理解してきた、というのは大きな変化かもしれないです。

──蒼井先生ご自身に変化はありましたか。

蒼井 私は今まで自分の居場所に疑問を持ったことがなかったんですね。今回初めて娘とふたりで知らない場所に出かけて、実際にそこに住んでみたら、「あれ、意外と行けるのかな?」って。

清水町では実際にその土地に移住された方たちと接する機会もいただき、「清水町を選んで住んでいる」という方たちのお話も伺うことができました。それで、「自分が選んだ場所に住む」というのは、すごく良い感覚だなと思いました。

今まではそんなこと考えたこともなかったし、選択肢として浮かんだこともなかったのですが、そういうこともできるんだ、そういうのもありだな、と捉えられるようになったのは、私自身の視野が広がったという意味でよかったことだと思っています。

──大きな変化ですね。「保育園留学」のデメリットや、障害になったことなどはありましたか。

蒼井 幸い、うちの場合は私はあまり感じませんでした。でも、もし子ども自身が「行きたくない」と言っていたらちょっと違っていたかもしれません。

ラッキーにもうちは本人が行きたいと言ってくれましたし、現地で帰りたいと言い出すこともなかったので……。実は、最初に「帰りたい」と言い出したのは私のほうで(笑)。

──それはびっくりです(笑)。

蒼井 漫画ではコミカルに描いていますが、北海道の吹雪の中では本当に身の危険を感じました。

清水町は日高山脈に囲まれていて、普段は北海道ながらそこまで大雪というわけでもなく、晴天が多い地域のようなのですが、たまたま私たちが行ったときは大雪で大荒れ、みたいな。地元の方も「すごい当たりのときに来ちゃったね」って。

大雪の時は私も「こんなはずじゃなかった!」と慌てました笑。でも、最終的に、娘は帰るときにはポロポロ涙をこぼして、「もう帰りたくない、ずっとここに住みたい」って。

本当に毎日が楽しかったみたいで、この生活が期間限定だということが切なかったみたいです。元の保育園に戻ってからも楽しくやっていますが、ときどき「絶対にまた行くよね」ってしっかり言質を取られています(笑)。

子どもを尊重するのはもちろん、自分のことも尊重していきたい

──今回の作品を拝読しても、蒼井先生が娘さんの言うことをひとつひとつ真剣に、新鮮に受け止め、面白がっている姿が印象的でした。

蒼井 私は子どもを産む前、子どもがどんなものなのかが全然わかっていなくて。想定がなかった分、子育ては毎日「体当たり」でした。自分と娘の性格が全然違うのは単純に面白いと感じています。

私は思い立ったらパッと行動しちゃって、後になって「これはよかった、ダメだった」と気が付くタイプ。

一方娘は、何かを話す際にもいろいろ考えてから話し出すタイプなので、そこが違います。「この子は何が好きなんだろう」と興味がありますし、いつも自分じゃ思いつかないことを言ってくれるのも面白いです。

保育園に通ってからは、幼いながらに社会性みたいなものも身についてきて、友達と接しているときの悩みみたいなものを聞くこともあります。

そうすると、私も自分の幼いころのことを思い出すんですよね。それは同性だからなのかもしれませんが、何かもう一度生き直しているような感覚もあります。

──わかる気がします。こんなふうに育ってほしいという理想はありますか。

蒼井 「こう育ってほしい」というより、純粋に娘のことが好きなので、なるべく仲良く一緒に暮らしていきたいと思っています。

「これ」っていうものを見つけても見つけなくても、楽しく幸せで、健やかに過ごしてくれたらそれ以上のことはありません。

今、彼女は「お絵描き」がすごく好きみたいなので、なるべく「褒める」ことと「否定しない」ことは意識しています。「褒める」っていうのは、抽象的にならないように、具体的にいいところを見つけて言葉にします。語彙力の特訓になって仕事にも役立っている気がします(笑)。

──大人と接するのと同じですね。

蒼井 そうですね。包括的性教育でいう「相手を尊重する」ということは常に意識しています。一方、「相手を尊重する」ということは、「自分を尊重する」こととも繋がっているんですよね。

だから私は、娘を尊重するのはもちろん、自分自身を尊重することも忘れないようにしたいと思っています。

以前、すごく悲しいことがあって私が泣いていたら、娘に「大人が泣くのは不安になるからイヤ、泣かないでほしい」と言われたんです。でも私はどうしても悲しくて、涙は止められなくて……。

そのときは、「でもママは泣きたくて、それはママの気持ちだから泣かせてほしい」って話をしました。ただ、娘の「イヤだ」という気持ちも尊重したいので、「じゃあ見えないところで泣くね」」って。

──親も人間なので、ずっと我慢し続けるのは難しいですよね。お互いに「どう感じているか」を伝え合い、解決策や合意点を見つけられる関係はとても素晴らしいですね!

蒼井 難しいんですけど、今はそうかなと思っています。子どもの性格によっては対応が変わる場合もあると思うのですが、娘は今のところ落ち着いているので、「あなたのことを大事にするし、私のことも大事にしてほしい」という気持ちはそのまま伝えています。
PROFILE
蒼井まもる


6月6日生まれ。B型。愛知県出身。第458回 BFまんがセミナーでシルバー賞を受賞しデビュー。代表作に『マイ・ボーイフレンド』『さくらと先生』『恋のはじまり』など。2021年より、講談社「別冊フレンド」にて高校生の妊娠をテーマとしたヒューマンドラママンガ『あの子の子ども』を連載、第47回講談社漫画賞・少女部門を受賞する。

同作はアメリカの漫画賞2024年アイズナー賞[ティーン向けベスト出版]最終ノミネート作品となった。2024年6月25日火曜23時よりカンテレ・フジテレビ系全国ネットにて火ドラ★イレブン『あの子の子ども』がドラマ放送スタート。
蒼井まもるさんが、親子で北海道の十勝清水へ2週間の保育園留学へチャレンジされました! 保育園留学で、どんなことを学ばれたのでしょうか。

蒼井まもるさんの「親子で保育園留学体験記」が掲載された「たのしい幼稚園7・8月号」は好評発売中!

たのしい幼稚園7・8月号
発売日:2024/5/31
特別定価:1800円(税込)

蒼井まもるさんの「親子で保育園留学体験記・後編」が掲載された「おともだち」は、6月28日発売!

おともだち8・9・10月号
発売日:2024/6/28
定価:1480円(税込み)
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おがわ せいこ

小川 聖子

Seiko Ogawa
ライター

東京都出身。アパレル系企業に勤務したのちライターに。雑誌やWeb系メディアにてファッション関連記事や人物インタビュー、読み物記事の構成や執筆を行う。長男はついに成人、次男は中学生に。1日の終わりに飲むハイボールが毎日の楽しみ。

東京都出身。アパレル系企業に勤務したのちライターに。雑誌やWeb系メディアにてファッション関連記事や人物インタビュー、読み物記事の構成や執筆を行う。長男はついに成人、次男は中学生に。1日の終わりに飲むハイボールが毎日の楽しみ。