スマホ時代の情報整理術 新聞や本が育む「感情の共感回路」
──子どもが正しく世界の情報を見られるようにするには、まず何をするといいと思われますか。
小泉先生:今の時代の情報は、親が管理できないくらい子どもたちの周りにあふれています。だから「変なものを見せなければ、正しい情報が入ってくる」という仕組みを作るのは難しい。僕自身も小さいころいろんなものを見てきましたから(笑)。
ただ、そういうものに触れるのと同時に、家に毎朝届く新聞を読むと、世の中のまっとうな情報はこういう感じなんだな、という“相場観”が身につきます。変なものを見ていても、子どもの近くに事実に基づいた情報源が流れていれば、それでいいのではないでしょうか。結局、親自身が何を見ているのかというのが、子どもに反映されると僕は思います。
もうひとつは、あふれている情報から何を読み取るかという、一種の教養の問題です。例えば、「戦争で占領されて、何人死にました」と聞いたとき、それをどれだけ実感を持って受け止められるか、その解像度をどう上げるか、ということです。
小泉先生:僕自身は親の本棚や、図書館で読んだ本が、想像力を培ってくれた部分があったと思っています。解像度を上げるという意味で、本はとても大切なツールです。一種の感情の共感装置、共感をつくる回路の形成装置とも言えますし、新聞だけではわからない、より掘り下げた情報源でもありますから。
映画でもいいと思いますよ。僕が高校生くらいのとき、『プライベート・ライアン』が公開されました。冒頭のノルマンディー上陸作戦、オマハ・ビーチのシーンは今でも鮮明に記憶にあります。世界最強と言われたアメリカ海兵隊の栄光の作戦のはずなのに、あれはもう虐殺じゃないかと思うくらいの描写で、僕の中で世界観が変わった作品のひとつでした。
「前線はこんなに悲惨なんだ」というのが身に染みたんです。特に子どもたちが映像に触れる機会が多いのなら、動画配信サイトでそうした映画をきっかけに想像力を深めるというのも、ひとつの方法だと思います。
終戦記念日に親子で考えたいこと
──最後に、世界を「大きく見る」ためには、どうすればいいのでしょうか。
小泉先生:同じ出来事でも、立場が変われば見え方は大きく変わります。例えば日本の「終戦記念日」は、中国では「抗日戦争勝利記念日」ですし、韓国では「光復節」として日本の統治から主権を取り返した日とされています。
実は今、ウクライナとポーランドの間でも同じようなことが起きています。ウクライナの独立を目指して戦ったかつてのウクライナ民族主義者たちの評価をめぐるものです。彼らはウクライナ人にとっては独立の英雄ですが、ポーランドでは虐殺事件を引き起こしている。だからポーランドから見ると彼らは犯罪者です。
さらに戦時下のウクライナ人にとって、彼らはロシアの侵略と戦っている現在の自分達と重なって見える。だから通りや軍の部隊にこうした人々の名前をつけて記念するのだけれども、ポーランド人からするとこれは許しがたい振る舞いと見える。
ウクライナから見た世界、ロシアから見た世界、アメリカや中国、イランから見た世界、そして日本から見た世界。それぞれの見方や立場があるということを知らないと、戦争を終わらせることも、悲惨さを減らすことも難しいと思います。
ただ、だからといって先にも話したように「どちらも同じくらい悪い」と単純化したり、「悪い国」と「正しい国」という構図だけで見てしまうと、本質が見えなくなることもあります。自分とは違う立場の人が、なぜそう考えるのか。そこを見ることが、戦争を大きく理解するためには必要なのです。
とはいえ、僕自身も感情的な何かにからめ取られることは、いくらでもあります。神様みたいに俯瞰して、子どもに「ああだ、こうだ」と言えるほどの立場にいるかというと、怪しいものですから(笑)。
だからこそ、子どもと一緒に世界地図を広げてみることで、世界を大きく俯瞰して見られるようになっていくと思っています。
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最新技術に目を奪われるのではなく、その先で生身の人間がどんな犠牲を払っているのかを見つめること。そして、世界地図を広げて多角的な視点から物事を捉え直すこと――。
矛盾に満ちた複雑な世界だからこそ、単純な善悪の二項対立に陥らず、子どもと一緒に悩み、事実と向き合い続ける姿勢が求められています。
終戦記念日を迎える今、親子で世界に目を向け、平和への一歩として「対話」を始めてみてはいかがでしょうか。
撮影/葛西亜理紗
取材・文/知野美紀子
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小泉 悠
東京大学先端科学技術研究センター(国際安全保障構想分野)准教授。 1982年千葉県生まれ。早稲田大学社会科学部、同大学院政治学研究科修了。政治学修士。民間企業勤務、外務省専門分析員、ロシア科学アカデミー世界経済国際関係研究所(IMEMO)客員研究員、公益財団法人未来工学研究所客員研究員を経て、現在東京大学先端科学技術研究センター(国際安全保障構想分野)准教授。専門はロシアの軍事・安全保障。 主な著書に『現代戦争論 ――ロシア・ウクライナから考える世界の行方』『ウクライナ戦争』『現代ロシアの軍事戦略』(ともに筑摩書房)、『「帝国」ロシアの地政学 「勢力圏」で読むユーラシア戦略』(東京堂出版)で、サントリー学芸賞受賞。他に『オホーツク核要塞』(朝日新聞出版)、『軍事大国ロシア 新たな世界戦略と行動原理』(作品社)、『プーチンの国家戦略 岐路に立つ「強国」ロシア』(東京堂出版)など。
東京大学先端科学技術研究センター(国際安全保障構想分野)准教授。 1982年千葉県生まれ。早稲田大学社会科学部、同大学院政治学研究科修了。政治学修士。民間企業勤務、外務省専門分析員、ロシア科学アカデミー世界経済国際関係研究所(IMEMO)客員研究員、公益財団法人未来工学研究所客員研究員を経て、現在東京大学先端科学技術研究センター(国際安全保障構想分野)准教授。専門はロシアの軍事・安全保障。 主な著書に『現代戦争論 ――ロシア・ウクライナから考える世界の行方』『ウクライナ戦争』『現代ロシアの軍事戦略』(ともに筑摩書房)、『「帝国」ロシアの地政学 「勢力圏」で読むユーラシア戦略』(東京堂出版)で、サントリー学芸賞受賞。他に『オホーツク核要塞』(朝日新聞出版)、『軍事大国ロシア 新たな世界戦略と行動原理』(作品社)、『プーチンの国家戦略 岐路に立つ「強国」ロシア』(東京堂出版)など。