子どもに「戦争」をどう教える? 小泉悠氏がロシア国民を操る情報統制と愛国心を解説

安全保障研究者・小泉悠先生に聞く、子どもへの「戦争」の伝え方  #2 ロシアの7割がウクライナ侵攻を支持している理由

安全保障研究者:小泉 悠

──しかしそれでも、自国のリーダーの決断が自国の人々を含む多くの命を奪っているということに人々は疑問を抱かないのでしょうか?

小泉悠先生:ロシアのテレビでは、「ウクライナはネオナチ、ファシストだ」と伝えています。国営放送も国もそういう情報を流しているのであれば、一部のインテリ以外は、正義のために悪い人を退治している、という感覚でいるでしょう。

とはいえ、現在ロシア側は約1万5000人が死んでいるという報告があります。そしてこの裏には数倍の重傷者が存在しているはずです。

今後これらの数が増え続け、国民は自分の家族や自分自身がそういう状況に陥ったときにどう思うか、そしてプーチン大統領がどこまで今の戦争を維持できるかは不明です。

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撮影は、東京大学先端科学技術研究センター(東京都目黒区駒場)の研究室にて。  撮影:葛西亜理沙

また、それだけの犠牲を払って戦局がロシア有利になるのかというと、今の状況から判断すると、決して有利といえる状況ではありません。

現在、戦線は2500km ほどあり、この中の1000kmで激しい戦いが行われていますが、ロシアが大勝しているとは言いがたい。そう考えると、NATOのストルテンべルグ事務総長が話したように、この戦争は長期化するでしょう。

ソ連が関与した戦争で、例えば第2次世界大戦は4年、朝鮮戦争は3年もの間戦っていました。これまでの歴史を見ても、簡単にこの戦争が終わるとは考えにくいです。

さらに、短期間でキーウ(ウクライナの首都)を落とすことが不可能になった時点で、長期化することをロシアも覚悟したと思います。そう考えると、いくら犠牲者が出たからといってもこの戦争をやめようということにはならないでしょう。

不幸なことに、プーチン大統領やロシアの指導者たちは、命の値段を非常に安く見積もっていますから。さらに皮肉なのは、彼らは「偉大なロシアのために!」と国民に語りかけますが、その愛国心の対象が非常に抽象的な国民国家や民族に向けられていることです。

──「抽象的な国民国家・民族」というのはロシアが多民族国家であり、ロシア、ウクライナ、ベラルーシ人を明確に分けることが難しい、ということが背景にあるのでしょうか?

小泉悠先生:現在、ウクライナ東部が激しく攻められていますが、実はそこで犠牲になっているウクライナの人々は、ロシア系の人が多いのです。ニュースでウクライナの東部の人にインタビューしているのを聞くと、ロシア語を話しているのが確認できます。

ウクライナのゼレンスキー大統領も、元々はロシア語しか話せなかったくらいで、ロシアとウクライナは民族的にも文化的にも非常に近いといえます。

僕の妻はロシア人ですが8分の1はウクライナ人の血が流れていて、ウクライナの戦闘地域にも親戚がいます。たぶん、純粋なロシア人、ウクライナ人というのはほとんどいないのではないか、と。ちなみにロシア人の妻から見てもウクライナが「外国」という感覚はあまりないようです。

このように、他人とは言い切れない近い関係で付き合っていたロシアとウクライナだったにもかかわらず、プーチン大統領は、「ウクライナとベラルーシをロシアの支配下に置き、同じ民族(ルーシ民族)として暮らしていくべき」として、その関係を壊しているのです。

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ロシア軍の爆撃による多くの民間人の犠牲や、虐殺など、プーチン大統領の指揮のもと行われている蛮行は決して許されるものではありません。

しかし私たちがニュースから受けとる情報の裏にはロシアの民族や文化、歴史的な背景があるということを理解すると、いかにこの侵攻が複雑なものであるかが改めてわかるでしょう。

長期化が否めないこの軍事侵攻に終わりはあるのか、そして私たちはこの状況を子どもたちにどのように伝えていくべきなのか。次回第3回では、未来を担う子どもたちへのメッセージも含めて、引き続き小泉先生にお話を伺います。

取材・文/知野美紀子

1回目 子どもに「ウクライナ紛争」をどう伝える? 小泉悠氏も想定外の「古臭い戦争」の正体
3回目 小泉悠氏が一児の父として子どもに「戦争はダメ」以外に伝えたいことは?

小泉悠(こいずみ・ゆう)
1982年千葉県生まれ。早稲田大学社会科学部、同大学院政治学研究科修了。政治学修士。民間企業勤務、外務省専門分析員、ロシア科学アカデミー世界経済国際関係研究所(IMEMO)客員研究員、公益財団法人未来工学研究所客員研究員を経て、現在は東京大学先端科学技術研究センター(グローバルセキュリティ・宗教分野)専任講師。

『現代ロシアの軍事戦略』小泉悠(筑摩書房)
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こいずみ ゆう

小泉 悠

安全保障研究者

1982年千葉県生まれ。早稲田大学社会科学部、同大学院政治学研究科修了。政治学修士。民間企業勤務、外務省専門分析員、ロシア科学アカデミー世界経済国際関係研究所(IMEMO)客員研究員、公益財団法人未来工学研究所客員研究員を経て、現在は東京大学先端科学技術研究センター(グローバルセキュリティ・宗教分野)専任講師。 専門はロシアの軍事・安全保障。『「帝国」ロシアの地政学 「勢力圏」で読むユーラシア戦略』(東京堂出版)で、サントリー学芸賞受賞。他に『軍事大国ロシア  新たな世界戦略と行動原理』(作品社)、『プーチンの国家戦略 岐路に立つ「強国」ロシア』(東京堂出版)、『現代ロシアの軍事戦略』(筑摩書房)など。

1982年千葉県生まれ。早稲田大学社会科学部、同大学院政治学研究科修了。政治学修士。民間企業勤務、外務省専門分析員、ロシア科学アカデミー世界経済国際関係研究所(IMEMO)客員研究員、公益財団法人未来工学研究所客員研究員を経て、現在は東京大学先端科学技術研究センター(グローバルセキュリティ・宗教分野)専任講師。 専門はロシアの軍事・安全保障。『「帝国」ロシアの地政学 「勢力圏」で読むユーラシア戦略』(東京堂出版)で、サントリー学芸賞受賞。他に『軍事大国ロシア  新たな世界戦略と行動原理』(作品社)、『プーチンの国家戦略 岐路に立つ「強国」ロシア』(東京堂出版)、『現代ロシアの軍事戦略』(筑摩書房)など。