子どもに「戦争」をどう教える? 小泉悠氏がロシア国民を操る情報統制と愛国心を解説

安全保障研究者・小泉悠先生に聞く、子どもへの「戦争」の伝え方  #2 ロシアの7割がウクライナ侵攻を支持している理由

安全保障研究者:小泉 悠

東京大学先端科学技術研究センター専任講師であり、安全保障研究者の小泉悠先生。  撮影:葛西亜理沙
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「これからも戦争はたぶん無くなりません。だから、無くそうとし続けなくてはいけないし、どうしたらより良く対処できるか考える努力を、私たちは続けていくべきだと思います」

こう語るのは、安全保障研究者であり、東京大学先端科学技術センター・専任講師の小泉悠先生。

2022年2月24日にロシアが開始したウクライナへの軍事侵攻。戦争当事国でない私たちですら、日々流れる凄惨なニュースに慣れていくように、ロシアにおいても情報統制されたニュースや、国から発信される情報に人々が慣らされ、今回の戦争を支持する人が圧倒的多数という状況になっているといいます。

小泉先生に解説いただくロシア・ウクライナ戦争。第2回は、なぜロシアの人々は、ウクライナへ侵攻することを是としているのかについてです。ロシアでは何が行われているのでしょうか?

現地の状況をきちんと知ることは、子どもに「戦争」を聞かれたときに、とても大切になってきます。子どもと「戦争」について話し合うこと、伝えることの参考にしてみてください。

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ロシア国民の約7割がウクライナ侵攻を誤った選択とは考えていない

──ロシアの独立系世論調査機関「レバダセンター」の調査結果(2022年6月2日発表)によると、ロシア軍によるウクライナでの「特別軍事作戦」に関する世論調査では、“ウクライナ侵攻を支持する”という回答が77%でした。

合理性がないまま、容赦なく続くウクライナへの攻撃と、非人道的な行為は、日本、欧米各国から非難されていますが、そのような事実をもってしても、ロシアの人々はプーチン大統領とこの戦争を支持しているのでしょうか?

小泉悠先生:ロシア国内では、情報統制が機能しています。米中央情報局(CIA)のバーンズ長官が、侵攻に伴うロシア軍の死者は約1万5000人(2022年7月現在)と話していますが、この事実は徹底した情報統制でロシア国内には伝わっていないでしょう。

また、侵攻は「ロシアと我が国民の安全を守り、ドンバス住民をジェノサイド(集団殺害)から守るための特別軍事作戦」のためと情報を流しています。

この情報統制は今に始まったものではなく、プーチン大統領が20年かけて進めてきたものです。

彼は90年代に、クレムリン(ロシア政府の代名詞)の中堅官僚になっているのですが、’96年のエリツィンの大統領選を巡って、ロシアのテレビ局やラジオ局を持つメディア王のウラジーミル・グシンスキー氏が、ネガティブキャンペーンを行った、その威力を目の当たりにしました。

そして、彼が大統領になって真っ先に行ったのはメディアを国有化することでした。この情報統制が行われているからこそ、ロシア人は外からの情報は手に入らず、戦争を支持する方向に動くのでしょう。

また、ロシア人は冷戦に負けて、アメリカの作った秩序の中で生きていくということをいまだに受け止められていないところがあります。負けたから仕方なく従ってきたけれど、どこかに鬱屈した思いはあったはずです。

そのため、国が危機的状況に陥ったときには、「アメリカが悪い」という思考回路が、一般の人々の中でできあがっていると考えられます。

小泉先生はご自身のSNSではプライベートの様子をおちゃめに書き綴っています。  撮影:葛西亜理沙

今はまさにこの思考回路が働いているときで、そこに加え情報統制されたメディアのニュースが流れ、ネット空間も統制され、TwitterやFacebookなどSNSがつながらず、外の状況がわからない。さらには政権に批判的なメディアも潰されているので、日常的に流れている情報統制されたニュースに染まってしまうのは当たり前のことです。

よほど情報を自分から取りに行こうとする人以外は、私たちと同じように、会社や学校へ行く前にニュースを見るくらいで、そこで流れる情報が彼らにとってはすべてとなります。そうなると社会の約7割はプーチン大統領を支持することになるでしょう。

ただ、そういった日頃のニュースを鵜吞みにしている人たちは、「自分たちの生活が脅かされない限りにおいて支持をする」という人たちです。だからこそプーチンは今回の侵攻を「特別軍事作戦」と言っているのです。

小泉先生は、変わりゆく戦争の現状や、今後についての解説のため、現在もメディアに引っ張りだこの状態です。  撮影:葛西亜理沙

──「特別軍事作戦」というのは、「軍事侵攻」とは違うのでしょうか?

小泉悠先生:「特別軍事作戦」に定義はありません。ロシアの国防法や、ロシア連邦軍事ドクトリン(軍事政策の指針を書いたもの)などを読んでもわからないのですが、あえて定義するならば、「職業軍人だけが行う軍事作戦で、一般の人々の生活は脅かされないもの」と言えるでしょう。

今、ロシアは投入できる地上兵力を根こそぎ投入して戦っているので、この戦争は「大戦争」と言ってもおかしくありません。そして、本来は戦時であれば戦時規定(военное положение)という、日本の旧憲法の戒厳令のような特別体制が敷かれます。

しかし、今回プーチン大統領はそれを発令していないし、国民総動員令も出していない。だからロシアの人々にとっては、あくまでも社会は平時のままという見え方なんです。

ロシア人が恐れるのは他国からの攻撃より国内の内戦

──プーチン大統領にとっても、社会が平時に見えるということは重要なのですね。

小泉悠先生:そうです。プーチン大統領がなぜ独裁権力を握っているかというと、「独裁的な強いリーダーがいることで、ロシアの人々の安定が確保されている」という感覚が国民にあるからです。

「国民の平和は脅かされていない」と見える今は、国民の安定に対する気持ちと、プーチンの強さが合致しているんですね。だからこそ彼は支持されているのです。

歴代の大統領を見てもわかるように、ロシアでは超然的で強いリーダーを支持する傾向があります。そういう強いリーダーという重石がなくなるとロシア人はバラバラになり、お互い争ってしまうと考えている節があるからです。

実際、過去にロシア人同士で争った歴史や、ロシアの年代記「原初年代記」に記してある建国の神話にも、「ルーシの民の内紛が治まらないから、スカンジナビアからリューリク(ルーシ最初の首長)を呼び寄せ、国を治めてもらった」という話があります。

日本だと、日本人が働きすぎてしまうというアイデンティティがあるように、ロシア人は自らが「治まらない民族」だというアイデンティティを持っているのでしょう。

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