
「七夕」の由来と意味を簡単解説! 子どもに教えたいストーリーと飾りの風習【7月の行事】
【7月の行事】親子で話したい行事 ~七夕~ (2/3) 1ページ目に戻る
2026.06.16
和文化研究家:三浦 康子
七夕のルーツは?
「七夕」といえば、織姫と彦星のラブストーリーを思い浮かべる人も多いかもしれません。よく知られたこのお話。中国の七夕伝説がルーツです。
まずは一般的な七夕伝説をご紹介します。
織姫は機(はた)織りの名手。天帝(てんてい)と呼ばれる天の神様の娘で、天の川の西岸に住んでいました。彦星は東岸に住む働き者の牛使い。天帝にすすめられて2人は結婚しました。
しかし、その後2人は遊んでばかりで全く仕事をしなくなってしまいました。怒った天帝が、天の川を隔てて2人を離れ離れにしました。しかし悲しみにくれるばかりで働かないので、仕事に励むことを約束して年に1度だけ会うことが許されました。
この伝説、恋愛がテーマだと思われがちですが、本当は働くことの大切さを伝えるものだと気が付きましたか?
日本に伝わった「七夕」の行事は今と違う?
昔、「乞巧奠(きっこうでん)」という儀式が中国にありました。これは、織姫と彦星の逢瀬を祝い、機織りが上手な織姫にあやかり手芸の上達を祈る祭りです。
奈良時代に「乞巧奠(きっこうでん)」が日本に伝わると、貴族たちが宮中の行事として行うようになりました。7本の針に五色の糸を通して裁縫の上達を祈ったり、詩歌や文字の上達を祈って梶(かじ)の葉に和歌を綴ったりしたそうです。
江戸時代になると「七夕の節句」が五節句のひとつとなり、広がりました。
どうして「七夕」を「たなばた」というの?
もともと日本で「七夕」は、「しちせき」と呼ばれていました。「たなばた」と言われるようになったのは日本の「棚機つ女(たなばたつめ)」の伝説に由来しています。
織物を織る機械「棚機(たなばた)」を扱う女性のことを「棚機つ女(たなばたつめ)」といいます。この女性が神様に捧げる衣を、水辺の機屋で織り上げるお話です。
この「棚機つ女」が中国の七夕伝説の「織姫」と結びつき、七夕と書いて「たなばた」と読むようになったのです。
七夕飾りになぜ願い事を書くの?
短冊に願い事を書く風習は、中国から伝わった「乞巧奠(きっこうでん)」が由来です。日本でも貴族たちは、詩歌や手芸、文字の上達を願い梶(かじ)の葉に文字を綴っていました。
この行事は願いがテーマで、それを形あるものにしたのが現在の七夕飾り。笹竹は天の神様が依りつくところ(依り代)とされています。願いを込めた短冊や飾りものを笹竹に吊るして、天の神様に届くよう、天に向かって掲げるようになりました。
短冊には、欲しいものや願望を書く人が多いと思いますが、本来は、習い事や勉強といった物事の上達を願うもの。努力して達成できる夢や目標を書きましょう。






























