人間に備わった「暴力性」と「叡智」
──この映画で、アレンさんは「なぜ殺したのか」を、カウンセリングで繰り返し問われます。塚本監督は過去の作品でも、人間のなかにはもともと暴力性や加害性が備わっていることを何度も描いていますね。
塚本:どんなにきれいごとを言ってみても、人間には暴力性が備わっています。あるものを「ない」とは言えません。人間には暴力性が「ある」と認めた上で、それを使わないためにどうするか、そのために人間の「叡智」を使うべきだと思います。
映画のアレンさんが最後に言った答えは、アレンさんの別の著書(編集部註:『戦争で心が壊れて 元海兵隊員の証言』〈新日本出版社〉)にあった言葉です。
最初はあの言葉を入れるのはきついなと思って悩んだのですが、やはり大切な部分なので入れると決め、その上で発信の仕方を考えました。
──暴力を憎みながらも、暴力への衝動を感じてしまうアレンさんの矛盾や葛藤は、原作にも描かれていました。
塚本:アレンさんは本当に正直ですよね。さまざまな書物を読んでいても感じますが、戦争に巻き込まれると、人間は被害者にもなるけれど、同時に加害者になる「十分な素質」を持っているようです。
閉じ込めていた暴力性を一瞬で解放できてしまうのが戦場だからこそ、私たちは人間の「叡智」を持って、それを止めなければいけない。
大切なのは、「子どもたちを戦場に行かせない」ということ。しかし国内外の状況を見ると、今は人々を再び「戦場に行かせる精神状態」に持っていこうとしている、そんなとんでもない流れを感じます。
戦争が残す爪痕 世界に届ける意義は
──塚本監督は2015年の『野火』のころからそのような不安を言葉にされていました。戦争を題材にした『野火』『斬、』『ほかげ』では、戦地での狂気や一線を越えた後の精神状態、帰還兵のPTSDや残された人々の苦悩について取り上げられています。「戦争が残す爪痕」へさらに踏み込んだ今作ですが、いま世界に届ける意義をどう捉えていますか。
塚本:『野火』に取り組んでいたころ、自分は不安でしたが、周囲にはあまりピンとこないという人が多かったのです。
しかし、『野火』がようやく完成して上映できた2015年は、日本が戦争に近づく法案(安保関連法案)を強行的に採決された年でもあります。このときは多くの人が不安を感じて、国会前に十数万規模とも言われる人が駆けつけ、抗議活動を行いました。
そのような状況だったこともあり、『野火』への関心も高まり、映画館にはお子さん連れのお母さんや、若い人も足を運んでくれるという動きがありました。
それから10年ほど経ったいま、再びまた一歩戦争に近づいてしまうような危機的な状況が訪れ、不安を抱いた人や若い方の間で、大きなデモが起こっている状態です。
そんな方たちにも、「戦争」がもたらす影響を描いた作品として、ぜひ観ていただきたいですね。
憲法の「理念」 映画に込めた想い
──いま、戦争や平和の観点から、憲法への関心が改めて高まっています。その流れもあり、20年前に刊行された憲法の絵本(『子どもにつたえる日本国憲法』)が異例のヒットを記録しているそうです。「いま一度、基本から学び直したい」という大人の読者が増えているようですね。
塚本:そうなんですね! ぜひ読んでみたいです。「日本国憲法」の議論は難解ですが、そもそもこの憲法には素晴らしい「理念」があります。
その理念が現実と少し違うからといって、理念のほうを現実に合わせて変えてしまうのは違う気がします。武器を持てるか否かなどは、「理念を変える」のではなく、「解釈」によって葛藤し議論し続ければ良いと思います。
1947年に制定された憲法は、アメリカから与えられたものと言われますが、翌年にアメリカが再軍備のために改憲を迫った際、日本側が拒み、維持した歴史もあります。もう日本のものとして、大切にすべきではないでしょうか。
現在は「日本を守るために力を使うべき」という意見も聞かれますが、それは戦前の考え方に逆戻りするようで、非常に強い危惧を覚えます。

──私たち大人は、子どもたちに「戦争の悲惨さや、平和の大切さ」、「痛みを想像する力」をどう伝えていけばいいでしょうか。
塚本:戦争はとにかく始めてはいけない。始めてしまったらもう止めることはできません。
戦争そのものが形として終わったとしても、『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』で伝えているように、帰還兵にはPTSDのような苦しい症状が残ります。それによって、再び暴力の連鎖が生まれる可能性もあります。
だからこそ私たちは、「戦争を始めないためにどうしたらいいか?」 を一生懸命考えなければならないと思っています。
──塚本監督は過去に、「自分の作品を見て、戦場の恐ろしさや暴力のグロテスクさを実際に体験したかのような怖さを味わい、それを抑止力にしてほしい」ということもおっしゃっていました。
塚本:それが僕にできる方法です。僕の映画に関しては、入り口はとっつきやすく「怖いもの見たさ」で入ってもらって、帰るときに「こんな世界には近づきたくない!」という思いを強くしてもらえたらと思っています。予防接種のように、早くに強い衝撃を受けておけば、本当の衝撃を味わう恐れが出てきたとき、それを避ける能力が備わると思うのです。
今作は「PG12(小学生以下は保護者の方の助言や指導が必要)」なので、もちろん無理をする必要はありませんが、できることならお子さんたちにも早いうちに見ていただけたらと思います。
かつて僕が『はだしのゲン』で戦争の恐ろしさを知ったように、この作品が子どもたちの心に届くことを願っています。
取材・文/小川聖子
撮影/水野昭子
映画『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』
9月11日(金)よりkino cinéma 新宿ほか公開
ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?
監督・脚本・撮影・編集:塚本晋也(『野火』、『斬、』、『ほかげ』)
出演:ロドニー・ヒックス ジェフリー・ラッシュ マーク・マーフィー リリー・フランキー and タチアナ・アリ
原作:『「ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?」 ベトナム帰還兵が語る「ほんとうの戦争」』(アレン・ネルソン著、講談社文庫刊)
参考文献:『戦場で心が壊れて 元海兵隊員の証言』(アレン・ネルソン著、新日本出版社刊)
2026年|日本|英語|116分|PG12
英題:Mr. Nelson, Did You Kill People?
©Mr. Nelson, Did You Kill People? Film Partners ©Allen Nelson/KODANSHA
製作:木下グループ 制作プロダクション:キノフィルムズ、Cross Media International、J&B Entertainment、Chanh Phuong Films
配給:キノフィルムズ 公式サイト:nelsonsan.jp 公式X:@nelsonsan_movie
死体のにおい、戦場の音……。
戦争の本質は、今も昔も変わらない。
「ミスター・ネルソン」女の子はまばたきもせず、わたしをまっすぐに見つめると、たずねました。
それは、わたしにとって運命的な質問でした。
「あなたは、人を殺しましたか?」
だれかにおなかをなぐられたような感じがしました。
わたしの体はこわばり、重くなり、教室の床にめりこんでいくような気がしました。
――本文より
日本国憲法の絵本
▶︎親子で「憲法」を知る一冊

平和憲法の精神を表している「前文」と「第九条」を、子どもにも読める言葉に「翻訳」し、憲法の内容を心で感じられる作品。
▶︎大江健三郎さん推薦!

井上ひさしさんが小学生に語った「憲法」への思いが、絵本になりました
「井上ひさしさんは、私が子どもの時から出会ってきた、楽しい話し手たちのなかの、一番のひとりでした。かれのことを忘れません。私の中にいるひさしさんの笑顔と声を、この本で何度も、アンコールしてゆきます。――大江健三郎(作家)」






































小川 聖子
東京都出身。アパレル系企業に勤務したのちライターに。雑誌やWeb系メディアにてファッション関連記事や人物インタビュー、読み物記事の構成や執筆を行う。長男はついに成人、次男は中学生に。1日の終わりに飲むハイボールが毎日の楽しみ。
東京都出身。アパレル系企業に勤務したのちライターに。雑誌やWeb系メディアにてファッション関連記事や人物インタビュー、読み物記事の構成や執筆を行う。長男はついに成人、次男は中学生に。1日の終わりに飲むハイボールが毎日の楽しみ。