思春期に悩む子どもへ贈る本「名前をつけられない関係性」を描いた3選

出版ジャーナリスト・飯田一史のこの本おススメ! 第7回 「名前をつけられない関係性の物語」 (3/3) 1ページ目に戻る

出版ジャーナリスト:飯田 一史

2.みかんファミリー

『みかんファミリー』
著:椰月美智子(講談社)
すべての画像を見る(全7枚)

Amazonで見る↓

突然、昔から知り合いだったシングルマザーの親同士が盛り上がったことをきっかけに、2組の3人家族(全員女性)が共同生活を送ることに。主人公は中1、向こうの家族にも中1女子がいるが、一緒に住んではいてもなかなか仲良くなりません。

あまり母親然としていない大人たちがドタドタと起こす事件に巻き込まれていく主人公たち中学生ですが、親が親らしく(よくもわるくも)振る舞わないのは、現実にもよくあります。

それが社会的に「いいこと」だとされていないからおおっぴらに語られない、あるいは否定的にしか語られないだけです。

典型的な「良い親」ではない人たちがつくった、定型的な「良い家庭」ではない関係性が、ふしぎなバランスで成立する、というのはフィクションならでは、本作ならではの着地点かもしれません。しかし、だからこそ家族関係で悩む10代の希望になるのではないかと思います。

3.カフネ

『カフネ』
著:阿部暁子(講談社)

Amazonを見る↓

本屋大賞受賞作は今回の選書のテーマ「名前の付けられない関係」を描いた作品がいくつもあります。

例えば『流浪の月』(著:凪良ゆう/東京創元社)の主人公の少女は、父親が病死、母親が家を出て伯母の家に預けられますが、そこで従兄から虐待を受けていました。ある日、出会った19歳の男子大学生の家についていき、共同生活を始めます。

二人の関係は世間からは「小児性愛者の誘拐犯とその被害者」として見られ、数ヵ月後に大学生は逮捕され、主人公は児童養護施設へ送られます。メディアやSNSの印象とはまったく違う関係性、それぞれの背景がそこにはあった──という物語で、本屋大賞を受賞し、映画化もされました。

他にも、『そして、バトンは渡された』(著:瀬尾まいこ/文藝春秋)は3人の父親と2人の母親──血のつながらない複数の親たち──のあいだを「リレー」されるように預けられて育った少女のお話ですし、『52ヘルツのクジラたち』(著:町田そのこ/中央公論新社)も虐待経験のある26歳の女性と13歳の少年のいわく言いがたい関係性を扱っています。

2025年の受賞作である『カフネ』(著:阿部暁子/講談社)も、最愛の弟を亡くした女性と、弟の元恋人の女性との、友情でも家族でもない関係が描かれます。ふたりが「家事代行」という、他者の家庭の領域に入るけれども当然家族としてではない、という仕事に関わるのも象徴的に感じます。

『流浪の月』(著:凪良ゆう/東京創元社)

『そして、バトンは渡された』(著:瀬尾まいこ/文藝春秋)

『52ヘルツのクジラたち』(著:町田そのこ/中央公論新社)

写真:years/イメージマート

親の不在や、家族からの虐待をはじめとする複雑な家庭のもとに育った、あるいは今もそういう環境にある10代に一番ビビッドに刺さっているジャンル・コンテンツは、「ヒップホップ」だと私は思っています。

ラッパーが自らの背景とペインをストレートに言葉にし、動画サイトや無料で聴けるSoundCloudなどを通じて、受け手に届くかたちで表現しているからです。

それと比べると同様の痛みを描いている児童書やYA、文芸は、本当に救いを渇望している子たちや、気持ちを言語化できない、または周囲の人たちに吐露できずに抱えている子たちにはまだまだ届いていないのではないかと感じます。

この記事をお読みのみなさんのお力によって、繊細で未成熟な心の支えになり、生きていくうえで参考になるかもしれない「本」も、少しでも届くようになればと願っています。

文/飯田一史

【好評連載】出版ジャーナリスト・飯田一史のこの本おススメ! 過去記事はこちら

この記事の画像をもっと見る(全7枚)

前へ

3/3

次へ

47 件
いいだ いちし

飯田 一史

Ichishi Iida
出版ジャーナリスト・ライター

青森県むつ市生まれ。中央大学法学部法律学科卒。グロービス経営大学院経営研究科経営専攻修了(MBA)。 出版社にてカルチャー誌や小説の編集に携わったのち、独立。国内外の出版産業、読書、子どもの本、マンガ、ウェブカルチャー等について取材、調査、執筆している。 JPIC読書アドバイザー養成講座講師。 電子出版制作・流通協議会 「電流協アワード」選考委員。インプレス総研『電子書籍ビジネス調査報告書』共著者。 主な著書に 『町の本屋はいかにしてつぶれてきたか』 『「若者の読書離れ」というウソ』 (平凡社)『マンガ雑誌は死んだ。で、どうなるの?』(星海社)『ウェブ小説30年史』(講談社)ほか。 ichiiida.theletter.jp

  • x

青森県むつ市生まれ。中央大学法学部法律学科卒。グロービス経営大学院経営研究科経営専攻修了(MBA)。 出版社にてカルチャー誌や小説の編集に携わったのち、独立。国内外の出版産業、読書、子どもの本、マンガ、ウェブカルチャー等について取材、調査、執筆している。 JPIC読書アドバイザー養成講座講師。 電子出版制作・流通協議会 「電流協アワード」選考委員。インプレス総研『電子書籍ビジネス調査報告書』共著者。 主な著書に 『町の本屋はいかにしてつぶれてきたか』 『「若者の読書離れ」というウソ』 (平凡社)『マンガ雑誌は死んだ。で、どうなるの?』(星海社)『ウェブ小説30年史』(講談社)ほか。 ichiiida.theletter.jp