2浪・偏差値30台の“落ちこぼれ“から医師に 𠮷岡秀人氏が明かす「子どものやりたいこと」を伸ばす親の姿勢

▲アジアのあちこちで30年以上、多くの子どもたちを救ってきた𠮷岡秀人先生
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「うちの子、勉強しないで大丈夫?」「将来どうなるの……?」と、我が子の行く末を心配する親御さんも多いでしょう。

そんな不安を抱える親たちにぴったりの本を見つけました! 絵物語『小児外科医𠮷岡秀人物語 ボクが行かんと誰が行く』の主人公・𠮷岡秀人先生は、文系大学の受験で2科目0点、偏差値30台から、2浪して大逆転で医学部に合格。現在は社会的な問題に取り組む国際医療NGO「ジャパンハート」の創設者として活躍しています。

これまで延べ4500人以上もの医療者を動員し、治療件数は40万件を超えるほどの組織を率いる𠮷岡先生の子ども時代はどのようなものだったのでしょう? どうすれば子どもが好きな道を切り開けるの?

そんなことを知りたくて、𠮷岡先生に子育てのアドバイスを伺いました。

全2回の1回目
2回目を読む※2026年7月上旬公開

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絵物語『小児外科医𠮷岡秀人物語 ボクが行かんと誰が行く』あらすじ

暑くて停電が多いアジアの国・ミャンマーで、𠮷岡先生は今日も病気の子どもたちの手術をしています。

手術中の急な停電もよくあること。そんなとき、看護師たちがライトで患者を照らし、𠮷岡先生は手術を続けて乗り切るのです。

𠮷岡先生はどんな困難にもくじけず、たくさんの子どもたちの命を救ってきました。

でも、ずっと強い心だったわけではありません。子どものころは病弱で、学校の成績もいまいちの「落ちこぼれ」。ある日、𠮷岡少年が一大決心をするできごとがあって──

病気がちで「落ちこぼれ」の子ども時代

──どんな子ども時代だったのですか。

𠮷岡秀人先生(以下、𠮷岡先生):病気がちで、急性腎炎や喘息の発作が起きて小学校の入学式にも出席できなかったほどなんです。

──医師になったくらいですから、勉強はできたのでしょう?

𠮷岡先生:いえいえ、高校時代はのんびり遊んでばかりいて、あまり勉強しなかったんです。大学は文系の教育学部を受験したのですが、3科目のうち2科目が0点で惨敗。1浪目に突然医学部受験に変更して、偏差値30台から猛勉強してようやく医学部に合格したのです。

──文系から理系なんて、ふつうありえません。なぜ教育学部から医学部受験に転向したのですか? 

𠮷岡先生:中学生のころ、テレビで貧困や災害で苦しむアフリカの子どもたちの様子を見て衝撃を受けたのです。そんな子どもたちの役に立ちたい、と思いました。ところが、じきにそんな気持ちはすっかり忘れてしまって遊んでばかり。大学受験に落ちて浪人しているときに、ふと「そうだ、医学部に行かなきゃ」と思い立って医学部受験に変更したのです。

『小児外科医 𠮷岡秀人物語 ボクが行かんと誰が行く』より

──ご両親はさぞ驚かれたでしょう。

𠮷岡先生:「海外の困っている子どもたちのために、医学部を受験して医師になりたい」と伝えると、母は「ついに秀人は頭がおかしくなった」と思ったようです。でも、最初こそ反対しましたが、ぼくの決心が固いのを知って、それからは何も言わず協力してくれるようになったのですよ。

──どのように育てると、「将来やりたいこと」を見つけて、それに向かって進んでいく子どもになるのでしょう。

𠮷岡先生が考える、3つのヒント

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