育児時間が社会に制限される日本…親の「子育てタイム」確保に必要な事

フランスに学ぶ、子育て安心社会のレシピ#2 親支援の制度

在仏ライター:髙崎 順子

「子どものために、仕事を調整するのは当たり前」なフランス社会での「親支援の制度」を、在仏ライターの髙崎順子氏が紹介。

フランスの実情に加えて、日本社会が抱える問題点や、日本での新たな取り組みも紹介し、「子育て安心社会のレシピ(=秘訣)」として解説します。

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連載
フランスに学ぶ、子育て安心社会のレシピ

#1・社会の意識
担任が生徒と給食を食べないフランス「子どもに関わる大人を増やす」極意

#2・親支援の制度
育児時間が社会に制限される日本…親の「子育てタイム」確保に必要な事
↑今回はココ

#3・女性の健康と権利
子育ては大変だから支援【妊娠・出産の費用をゼロ】にしたフランス
2022年1月11日公開

読者のみなさん、こんにちは。フランスで子育て中の筆者が、日本の子育て環境をより良くするヒントを探って考えるこちらの連載、第2回は「親支援」をテーマにお送りします。

フランス社会では「子育ては大変」「だから社会が支援する」との認識が共有されていると、第1回でお伝えしました。それでも子育ての一番の当事者はやはり、親。親たちが子育てのために必要な時間や経費を心配なく割けるよう、細やかなサポートが考えられています。

子どものために「親へ時間を与える」

フランスのほとんどの職場では「子どものために必要があれば、仕事を休むのは当たり前」と考えられている(写真:アフロ)

たとえばほとんどの職場では、「子どものために必要があれば、仕事を休むのは当たり前」と考えられています。

もちろん上司・同僚への伝達は欠かせませんし、仕事に過度の支障が出ないように準備やフォローアップをせねばなりませんが、休むこと自体を”迷惑”とされることはありません。

子どもを育てるというのはそういうこと、不慮の事態で仕事を休むのは致し方ないこと。その理解に基づき、親たちに仕事を休ませ、子育てをする時間を与えているのです。

また親が子どものために仕事を休む必要は、病気や怪我だけではありません。成長の過程で「そこに親がいること」が重要なシーンは、健康上の問題以外にいくつも存在します。

新学期初日は「時間休」

ひとつの好例は、フランスで全国一斉に新学期が始まる9月の初日でしょう。

年に一度のこの節目の日には、親が子どもの通学に付き添うために数時間、出勤時刻を遅らせても良い慣習があります。とはいえフランスには日本のように入学式や卒業式を行う文化がないので、この時間休はただ「通学初日は、親が子と一緒に学校に行く」ためのものなのです。

この慣習には、全国統一の労働法はありません。職場や各業界ごとの協定で定められており、たとえば美容師業界であれば「13歳未満の子を持つ親は3時間を時間有給にできる」、広告業界は「希望する親は半日まで休業してよい」となっています​。

私の夫の勤め先も数時間の遅刻が許されており、この日はいつもより少し楽しげに誇らしげに、子どもの手をとって通学路を歩いています。

「新学期手当」は自動給付

そして大々的な式はないものの、始業日が晴れがましい1日なのは、フランスでも同じ。この日に新しい衣服や靴、文具品を揃えられるよう、子持ち世帯には「新学期手当」という国からの給付金があります。

受給には世帯所得の上限(子一人世帯は年収約325万円まで、子二人世帯は年収約400万円まで)がありますが、子ども一人当たり、小学生(6歳〜10歳)は約4万7千円、中学生(11歳〜14歳)は約5万円、高校生(15歳〜18歳)は約5万2千円を、申請なしに自動的に支給。

2021年は約300万世帯が、9月の新学期の前にこの給付金を受けとっています。

性別に関係なく、親に育児の時間を与える

上記の始業日の学校付近は親子連れでごった返し、母親と同じくらい、父親の姿もあります。「子どものために必要があれば、親が仕事を休むのは当たり前」という認識が、目に見えるようなシーンです。
 
ですがそんなフランスでも、長年続いた「男は外で仕事・女は家で家事育児」の社会構造から、父親の育児への関わりが少ないことが問題視されてきました。20世紀後半からいくつもの対策が打たれているものの、性別役割分担の名残は今でも根強くあります。
 
2020年にフランス国内10の大企業・3万7千人の男女サラリーマンを対象に行われたアンケート調査では、「子どもが病気の時に自分が仕事を休む」との問いに59%の女性がイエスと答えたのに対し、男性は25%のみ。同じ調査で「家事や育児がいつも気にかかっている」との設問にイエスと答えたのは、女性48%男性30%と、やはり差が開いています。

「男の産休」を倍増したフランス政府

21世紀の今になっても、同じ親なのに、性別によって子育てへの関わり方がこんなに違っている――事態を重く見たフランスは国を上げて、父親がさらに積極的に育児に関われるよう、2021年に育児休業制度の改正を行いました。

子どもの誕生直後に父親に与えられていた14日間の父親休業、いわゆる「男の産休」を、28日間に倍増したのです。また取得の際は最短7日間を連続取得させることが、雇用主に対して義務化されました。

もともとこの休業権は2002年に施行され、改正前でもすでに、7割の父親が取得していました。実態調査でも、この休業を取得した父親は取得しなかった父親よりも家事・育児へのコミット率が上がるとの結果が出ており、親たちからはずっと、制度拡大の希望が寄せられていました。

特筆すべきは制度改正にあたり、企業側から反対の声が出なかったことでしょう。子育てに必要なリソースを親たちに与えるのに、フランスの官民が協力している様子が、この事例には象徴的に現れています。

日本には良い制度があるが、使われていない

親に育児の時間を与える制度は、日本でも整えられています。その期間や手当は、実は日本の方が、フランスより充実しているくらいです。

たとえば子どもが病気になった際の「子の看護休業」、フランスでは1歳未満の子の親には年間5日・それ以上の子の親には年間3日間が労働法で与えられていますが、日本は小学校就学前の子ども一人につき年間5日、小学校就学前の子どもが二人以上いる場合には年に10日まで取得可能と、フランスよりも日数多く設定されています。(出典:厚生労働省 )

ですが、その制度がうまく運用に繋がっていない。権利はあっても実際に取得しにくいのが、日本の現状です。特に父親の子育てへの関わりはフランスよりもさらに悪く、内閣府が平成28年に行った調査では、子を持つ共働き男性の7割は全く育児に関わっていない、という結果も出ています。

内閣府が平成28年に行った調査では、子を持つ共働き男性の7割は全く育児に関わっていない、という結果も。父親側の長時間労働や仕事の休みにくさが原因か(写真:アフロ)

子育てに必要な時間が、社会的に制限されている

母親一人に育児負担が偏る「ワンオペ育児」は「孤育て」とも言われ、日本社会での子育てのハードさを示す言葉にもなっています。

父親と母親は両方とも親ですが、そのうち子育てを担うのは一人だけ。上記の調査ではその原因として、父親側の長時間労働や仕事の休みにくさが挙げられています。

これは、「子育てのために親に必要な時間が、社会的に制限されている」状態とも言えるでしょう。

父親育児をサポートする、新しい動き

幸い日本では、これを問題視する声が年々高まっており、もっと父親が育児をしよう、そのための時間を父親に与えようとする動きが見られています。

たとえば2021年には、フランスの父親休業に似た「出生時育休制度」(※)の施行が国で決まり、2022年秋から実施される予定となっています。また企業側には、この休業について社内に周知する義務が定められ、取得しやすい環境を整備するよう求められています。

(※編集部注:男性の育児休業取得促進のための子の出生直後の時期における柔軟な育児休業の枠組みの創設【令和4年10月1日施行】出典:厚生労働省

民間では、有志の父親たちがネットで繋がりともに公園遊びをする「ゆるゆるお父さん遠足」https://yuru2-otosan.com)が継続的に開催されるなど、育児をする父親同士が交流する機会が作られています。芸能界にもつるの剛士さんやりゅうちぇるさんなど、父親の子育てを当事者として発信する方々が見られます。

「私生活のために仕事を調整」が当たり前になれば…

私自身、日本で暮らす20代から30代の男性と話していて、子育てに当事者として関わりたい、育児をする父親でありたいと願う人々が、目に見えて増えていると感じています。

是非この動きを後押しするよう、日本の官民がさらに協力して、父親が子育てを自分ごととして担うためのサポートを拡充してほしい。

その第一歩として重要なのは、上記の「出生時育休制度」が確実に運用されることです。制度を社会に浸透させる広報活動や企業への要請、当事者への働きかけに、本気で力を入れてもらいたいと願っています。

父親も当たり前に子育てができる社会では、ワンオペの孤育てに閉じ込められる母親が減り、より安心して育児ができるようになる。

私生活のために仕事を調整することが当たり前になれば、日本は子育て世帯以外の人にも、より暮らしやすい場所になるに違いない――。私自身がフランスで、夫と助け合いながら子を育てている一人として、そう強く確信しています。

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たかさき じゅんこ

髙崎 順子

Junko Takasaki
ライター

1974年東京生まれ。東京大学文学部卒業後、都内の出版社勤務を経て渡仏。書籍や新聞雑誌、ウェブなど幅広い日本語メディアで、フランスの文化・社会を題材に寄稿している。著書に『フランスはどう少子化を克服したか』(新潮新書)、『パリのごちそう』(主婦と生活社)、『休暇のマネジメント 28連休を実現するための仕組みと働き方』(KADOKAWA)などがある。得意分野は子育て環境。

1974年東京生まれ。東京大学文学部卒業後、都内の出版社勤務を経て渡仏。書籍や新聞雑誌、ウェブなど幅広い日本語メディアで、フランスの文化・社会を題材に寄稿している。著書に『フランスはどう少子化を克服したか』(新潮新書)、『パリのごちそう』(主婦と生活社)、『休暇のマネジメント 28連休を実現するための仕組みと働き方』(KADOKAWA)などがある。得意分野は子育て環境。