元・養護教諭が気づいた「保健室」のような居場所が子どもたちに必要なワケ

子どもたちに大人気!「保健室経由、かねやま本館。」シリーズとともに考える

性教育講師・思春期保健相談士:にじいろ

元・保健室の先生で二児の母でもある、思春期保健相談士・性教育講師のにじいろさん。

フォロワー1.6万人を擁するSNSで、性教育にかんする問題提起や、思春期の子どもたちへの向き合い方を中心に発信されながら、子どもたちのより良い居場所づくりに邁進されています。

そんなにじいろさんが、今の子どもたちにとって必要な「居場所」はなんなのか、心からホッとできる居場所づくりのために、親ができることはなんなのかを、ご自身の経験を交えながら解説。

子どもたちの間でじわじわと浸透している、保健室×温泉をテーマにした人気小説「保健室経由、かねやま本館。」シリーズとの共通点をピックアップしながら、考察します。

今の子どもたちにとって必要な「居場所」とは? 心からホッとできる居場所づくりのために、親ができることはあるのでしょうか。(写真:アフロ)
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「学校で、うまくやれているのかな?」

私には小学生の子どもが2人いる。我が子が今日保健室に行っていた、と知ると、少しソワソワしてしまう。

体調が悪かったのかな。体育でこけて擦り傷でもしたのかな。それとも……。

体調不良やケガももちろんあるけれど、学校からもそう連絡をもらったけれど、それだけなのかな。友達と上手くいっているのかな。

いろいろと考えてしまうのが元養護教諭の私のクセだ。

養護教諭として小学校や高校で勤務したけれど、保健室には体調不良やケガ以外で来る子どもも多かったからだ。

表向きは体調不良であっても、実はモヤモヤを抱えていたり、心が疲れていることもよくある。「この子、最近よく来るな」と思う子は特にそうだ。

しかし子ども自身はその自覚がなかったり、自覚があっても言語化できなかったりする。できたとしても、そこまでいくには時間がかかる。

なのについ、大人はすぐに答えを、原因や解決法を求めてしまう。

悩みを言えない子どもたち

第60回児童文学新人賞受賞作品『保健室経由、かねやま本館。』(松素めぐり・著/講談社刊)。

クラスの仲良しグループからはじかれてしまい、学校に行きたくないサーマ(右)。あやしげな山姥のような銀山先生(左)に導かれて、突然目の前にあらわれた「第二保健室」に入ると、そこには疲れた中学生専門の温泉があって……。

この「保健室経由、かねやま本館。」シリーズにも、疲れた中学生がたくさん登場する。

転校先で頑張って友達を作ったのに、仲良しグループから外されてしまった子。ちょっとした失言をきっかけに、クラスで孤立してしまった子。過保護な母親の言動が原因で友達とうまくいかなくなった子。周囲の平和のために、いつも自分の気持ちを隠して相手に合わせている子。イケてる自分を演じ続けて、本当の自分を忘れてしまいそうになった子。

不登校や保健室登校の子もいる。

みんな悩んでいるし疲れているのに、誰も親に相談なんかしない。

それどころか、偽りのストーリーを作ってまで学校生活が順調であるかのように言ってしまったりする。

親と距離を置きたがる思春期だから話さない、というのもあるが、親には心配をかけたくない、自分は大丈夫だから安心してほしい、という気持ちがあるのかもしれない。

保健室の理想像と「かねやま本館」の共通点

親にも先生にも自分の気持ちや悩みを話さない彼らだが、「第二保健室」からつながっている「かねやま本館」の従業員や、そこで出会った他の中学生にはポツリポツリと自分の胸の内を明かすようになっていく。

いつ誰が行っても「よく来たね」と歓迎してくれ、どんな自分も受け止めてくれる場所。「休んでもいいよ」と言ってくれる場所。

そこは私が理想としていた保健室と似ている。もちろん保健室には温泉はないし、料理もふるまえないのだが、どこか似ている。

子どもたちの心身が休まる、ホッとする居場所でありたい。おそらく多くの養護教諭がそういう思いを持って保健室を経営しているのではないだろうか。

どんな子だって疲れている

居場所、といえば忘れられないエピソードがある。

私が高校で勤務していた時の、ある年の卒業式。卒業生代表の生徒が答辞の中で、突然「保健室の○○先生! 3年間本当にお世話になりました!」と言い出したので私はビックリした。

保健室の常連だった生徒ならともかく、彼は授業を休むこともなく、成績も優秀。運動部のキャプテンで友達も多く、保健室からすると「お世話した」気が全くしない生徒だったからだ。たまに休み時間に友達と来てワイワイと雑談して過ごすくらいだった。

彼はこう続けた。「先生は、病気でもない、ケガでもない、病んでいるわけでもない自分たちのことも受け入れてくれました。他愛ない話でも話せる居場所があって嬉しかったです」

私は涙腺が崩壊しそうなのを必死でこらえた。そんなふうに思ってくれていたなんて。保健室を居場所と思って、必要としてくれていたなんて。

何も問題がなさそうに、いつも元気そうに見えた彼でも、当然疲れる時もあって、ホッとできる時間と居場所を求めていたのかもしれない。

「保健室の先生」をしていたからこそ知った後悔と、気づき

こんなエピソードを書くと、私はまるで「かねやま本館」の女将・小夜子さんや従業員・キヨのように、いつでも誰でも「ようこそ」と優しく笑顔で迎え入れていたように思われるかもしれないが、決してそんなことはない。

忙しい時は話すこともできなかったし、よく来る生徒には「また来た」と嫌な顔をしてしまったこともよくあったし、とにかく授業に行かせなければと保健室から追い返したことも数え切れないほどある。

自分に余裕がない時ほど、ひどい対応をしていたと当時を振り返る。せっかく来てくれた子どもの居場所になれなかったことが悔やまれる。

子どもを受け止めるには、大人にも余裕と休息が必要なことは言うまでもない。

「親だからこそ、話せない」があってもいい

私は上の子どもが小さかった頃、「こんなお母さんになりたい」「こんな親子になりたい」という理想がたくさんあった。その中の一つが、「なんでも話せる親子関係を築きたい」だった。

私は自分が親に何も話せない、相談できないタイプだったので、子どもには親である自分になんでも話してほしいと思っていた。

でも今は違う。自分には話せないことがあってもいい。親だからこそ話せないこともあるはずだ。

でもその代わりに話せる場所、話せなかったとしても心安まる居場所があれば、子どもはなんとかなるものだと信じている。

我が子を見ていても、私には決して話さないことを保健室で話していたり、学童の先生に話していたり、ということがある。

それでいいのだ。我が子にはこれから居場所をたくさんつくってほしいし、自分もその一つになれたらと思う。

自分に話してくれた時には、小夜子さんのように否定したりジャッジしたりせずに最後まで聞こう。

そして、子どもが休みたがった時に「ゆっくり休んでいいよ」と言うのは親としてなかなか勇気がいることだが、子どもの回復する力を信じてどんと構えていたい。

第二保健室の養護教諭、銀山(かねやま)先生のように。

子どもが本当に求めている「居場所」とは?

この「かねやま本館」シリーズを読むと、子どもたちがどんな居場所を必要としているのか、ヒントをみつけることができる。

コロナ禍でなかなか温泉旅行は難しいかもしれないが、温泉に入った時のように心が温かくなる物語だ。五感に訴える描写にも癒される。

この本そのものが、あなたのホッとする居場所になるかもしれない。

フリーランスの性教育講師・思春期保健相談士
にじいろ氏 PROFILE


元・保健室の先生(主に高校。小学校も経験有)。今はフリーランスの性教育講師/思春期保健相談士/二児の母/
性教育は、健康教育・安全教育・人権教育!!

著書『10代の妊娠 ネットも友だちも教えてくれない性と妊娠のリアル』(合同出版)、共著『性の絵本6』(たきれい、株式会社キンモクセイ)、制作協力『思春期の性と恋愛 子どもたちの頭の中がこんなことになってるなんて!』(アクロストン、主婦の友社)

twitter(@beingiscare)https://twitter.com/beingiscare

「保健室経由、かねやま本館。」シリーズって?

――学校に行きたくない子や疲れた子の前にだけあらわれる「第二保健室」の地下には、疲れを癒す温泉があって……。

保健室×温泉という独特な設定と、子どもたちの悩みの意外な解決方法がおもしろく、人気を博しているシリーズ。子どもにも安心しておすすめできる内容です。

1巻目は第60回講談社児童文学新人賞受賞作品。1~3巻で、第50回児童文芸新人賞を受賞。

2巻では、かねやま本館で出会い、お笑いコンビを組んだチバ(左)とアツ(右)が主人公。規則を破って紫色の暖簾の奥に消えてしまったアツ。アツが残したノートを読み、チバはアツがかかえていた悩みを知るが……。

3巻は、自分の見せ方がわかっていてイケイケなナリタク(左)と、自分の思っていることをうまく言えないムギ(右)が主人公。

最新刊の『保健室経由、かねやま本館。4』も、好評発売中! 舞台はかねやま本館側の世界!

にじいろさんが執筆した、コロナ禍、思春期の子どもへの向き合い方を考察した記事はこちらから!

「保健室」に駆け込む子どもたちに「逃げ」「甘え」と言うのはやめにしませんか…?

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にじいろ

NIZIIRO
性教育講師・思春期保健相談士

元・保健室の先生(主に高校。小学校も経験有)。今はフリーランスの性教育講師/思春期保健相談士/二児の母/ 性教育は、健康教育・安全教育・人権教育!! 著書『10代の妊娠 ネットも友だちも教えてくれない性と妊娠のリアル』(合同出版)、共著『性の絵本6』(たきれい、株式会社キンモクセイ)、制作協力『思春期の性と恋愛 子どもたちの頭の中がこんなことになってるなんて!』(アクロストン、主婦の友社) twitter(@beingiscare)https://twitter.com/beingiscare

元・保健室の先生(主に高校。小学校も経験有)。今はフリーランスの性教育講師/思春期保健相談士/二児の母/ 性教育は、健康教育・安全教育・人権教育!! 著書『10代の妊娠 ネットも友だちも教えてくれない性と妊娠のリアル』(合同出版)、共著『性の絵本6』(たきれい、株式会社キンモクセイ)、制作協力『思春期の性と恋愛 子どもたちの頭の中がこんなことになってるなんて!』(アクロストン、主婦の友社) twitter(@beingiscare)https://twitter.com/beingiscare