「発達障害」の診断ニーズが増える理由 「母親有責論」がママたちを追い詰める 

時代で変わる子育てのあり方に、どう向き合う? 信田さよ子さんに聞く#2

髙崎 順子

発達障害の診断ニーズ増加の背景にあるもの

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信田:母親だけに育児の責任を負わせる「母親有責論」は、2010年頃から見られる、発達障害の診断ニーズの増加にも影響しています。

日本では子どもの発達に何か問題が見られると、すぐに「母親の育て方が悪かった」とされてきました。それを理由に、夫が妻に暴力を振るうDVも見られます。

そんな状況で、子どもの発達の問題を「脳の一部が原因」とする発達障害は、母親たちにとってはある意味、救いになったというケースもあります。私の育て方が悪かったわけではない、これは脳という、体の一部の障害だからと。

──私も子どもが発達障害の診断を受けていますが、原因が医学的に分かった時には、子育ての悩みに答えを得られたことで、心の重荷が軽くなったように感じました。

信田:
学校の先生は適応できない生徒の原因が分かり、子ども本人は困難に対して支援を受けられる。発達障害という言葉は、関係する全員にとって課題やニーズが明確になるため、これだけ注目されているのではないでしょうか。

日本では発達障害の診断は小児精神科医が担いますが、その予約は今、一部では2年待ちのところもあると言われています。ニーズに対して、診断体制が追いついていないのです。

──2年待ちですか……! 長いですね。

信田:私たちは今、その発達障害の診断の過程(※)に、心理職をもっと関わらせてほしいと訴えています。診断に必要なテストの一部は心理学領域のものですし、関わる専門家の数を増やすべきだと。そして心理検査の医療保険の点数を上げてほしいと思います。

(※注:発達障害の検査は、臨床心理士・公認心理師などが担当するが、検査結果をふまえ行動観察や問診などを用いて最終的な診断を行うのは医師)

──発達障害が医学的に診断されることで、さまざまな支援を受けられるようになったのもメリットですね。しかし、発達障害をめぐる子育ては困難が伴うことがまだまだ多いので、心理職の方々が関わることで、母親にもカウンセリングの機会が広がるといいですね。

虐待の世代連鎖を克服するトラウマ研究

▲子育てにおけるトラウマのリスクと世代間連鎖は、女性だけではなく、男性にも大きく関係する問題(写真:アフロ)

──母親のカウンセリングといえば、信田先生は虐待や子育ての問題の「世代間連鎖」についてもご著書があります。(『後悔しない子育て 世代間連鎖を防ぐために必要なこと』講談社)

信田:虐待の世代間連鎖は、日本では1990年代に話題になりました。が、そこでも責任は母親に集中し、「虐待を受けた母親が子を虐待する」という、固定的な先入観がありました。

ですが私はこのような、運命論的な決めつけには反対です。ひどい虐待を受けながらそれを繰り返したくないと願い、素晴らしい親子関係を築いている母親たちとも数多くカウンセリングで出会ってきたからです。どうしてこの人たちはそ連鎖しなかったのだろうと思いました。

ここで大切なのがトラウマという視点です。日本でトラウマという言葉は、1995年の阪神淡路大震災を契機に一般に広がりました。2000年代に入ると、アメリカの影響を受けて、日本でもトラウマ研究が進んできました。このトラウマ研究によって、虐待が子育てにもたらすリスクが説明されるようになりました。

──トラウマ研究とは、どのようなものなのでしょう。

信田:
虐待や性犯罪、天災、戦争など、精神的なダメージを強く受けるトラウマ経験(外傷体験)が、どんな反応を起こし、その後の人生にどんな脆弱性をもたらすか、という研究です。

怒りのコントロール力が弱くなる、他者の痛みや苦しみを拒絶する(感覚否定)、他者が敵意を持って自分を困らせていると思いこむ(被害的認知)などのリスクがあると分かっています。

──そのリスクが子育てでは、子どもに向いてしまうのですね。

信田:
トラウマ研究では脆弱性とリスクとともに、「それをどう克服するか」の対処法も、セットで研究されています。これらはぜひ、子育てをする親たちに知ってほしいですね。

そして私はこのトラウマのリスクと世代間連鎖について、女性だけではなく、男性にも知ってもらいたい。トラウマ経験をもつ男性は、結婚後のDVのリスクが高くなるからです。

日本の男性の多くは、自分の生育歴に無関心です。成人してから親のことを語るのは恥ずかしい、親のせいにするなんて男らしくない、と考えているのです。

「自分はどんな父親になるか」と考えるのは、自分の父はどんな人だったかを振り返ることと同じでしょう。自分自身の生育歴が家族や子育てにもたらすリスクを、より科学的に認識してほしいと願っています。

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信田さよ子さんインタビューは全3回。第1回では、「親子関係の変化」についてカウンセリングの現場から見えた40年の変化を伺い、時代とともに家族観や子育てのあり方が変わってきた背景には、日本の経済など社会構造の変化があったことを解説しました。

第2回となる今回は、親子関係や子育てをめぐる科学的なアプローチと、それがどのように日本社会に広がっているかを伺いました。

最後となる第3回では、カウンセリングの経験から信田先生が考える「令和を乗り切る子育てのヒント」を伺います。

※第3回は2023年12月28日(木)に配信されます

参考文献:
『母が重くてたまらない』(春秋社)
『母・娘・祖母が共存するために』(朝日新聞出版)
『後悔しない子育て 世代間連鎖を防ぐために必要なこと』(講談社)
『家族と厄災』(生きのびるブックス)

家族と厄災
後悔しない子育て 世代間連鎖を防ぐために必要なこと
母が重くてたまらない 墓守娘の嘆き
母・娘・祖母が共存するために
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たかさき じゅんこ

髙崎 順子

Junko Takasaki
ライター

1974年東京生まれ。東京大学文学部卒業後、都内の出版社勤務を経て渡仏。書籍や新聞雑誌、ウェブなど幅広い日本語メディアで、フランスの文化・社会を題材に寄稿している。著書に『フランスはどう少子化を克服したか』(新潮新書)、『パリのごちそう』(主婦と生活社)、『休暇のマネジメント 28連休を実現するための仕組みと働き方』(KADOKAWA)などがある。得意分野は子育て環境。

1974年東京生まれ。東京大学文学部卒業後、都内の出版社勤務を経て渡仏。書籍や新聞雑誌、ウェブなど幅広い日本語メディアで、フランスの文化・社会を題材に寄稿している。著書に『フランスはどう少子化を克服したか』(新潮新書)、『パリのごちそう』(主婦と生活社)、『休暇のマネジメント 28連休を実現するための仕組みと働き方』(KADOKAWA)などがある。得意分野は子育て環境。