ムーミン谷に住む、さまざまな登場人物たちにちなんだお料理を紹介する『ムーミン谷のしあわせレシピ』。その翻訳者末延弘子さんが、フィンランドで過ごした日々の思い出と共に、本の中からとっておきのレシピをご紹介します。作るときはフィンランド人のように、細かいことは気にせずに自分らしく挑戦することが大切だそうですよ。
フィンランドのタンペレ大学時代に、マッティ夫妻の家でたびたび休日を過ごした。ふたりの住まいは、隣町のハメーンキュロにある。町一帯は、国の文化的景観として保護地域に定められており、絵葉書のように美しい。荘園風のカフェ、野草の咲きほこる森、酪農の営みの肥えた匂い。この美しい田園風景を私が楽しめるように、マッティはいつも旧街道をゆっくり走ってくれた。
アスファルト道を右手に折れ、舗道されていない細い路地に入る。その路地を挟むようにゆったりと間隔を空けて点在しているうちの一軒が、ふたりの家だった。門扉の代わりだろうか、無造作に置かれた四角い石の塊がある(生真面目な彼のようだ)。
表玄関に面したじゃがいも畑は秋の収穫のために、夏にねぎ坊主をつけるチャイブは夏野菜スープのために、冬を越えて実ったりんごはジャムと小動物のために育てている、とマッティは言っていた。裏庭は、太陽の熱を全身に浴びんばかりに扇状に広がり、サウナ小屋と湖へ向かって勾配をつけている。以前は白樺林だったようだが、見晴らしをよくするために間引きしたという。間引きされた木々はサウナ小屋になり、焚きつけになっていた。
夫妻は、息子さんたちが小さいときはアパートで暮らしていた。その後、土地を手に入れ、ふたりで何年もかけて夢の家にしていった。赤い屋根に空色の外壁、風除室をぬけて右手に客間、左手にキッチン、真正面にリビングがある。リビングの向こうには、増築したガラス張りのベランダがあった。
陽だまりになるベランダにテーブルを置き、移ろいゆく景色を眺めながらコーヒーを飲む。リビングを挟んで、ふたりの寝室と息子さんたちの部屋がある。寝室と連結している室内サウナと浴室は勝手口へ続き、その狭い廊下スペースが奥さんの裁縫部屋をかねた仕事部屋になっていた。ロフトのような上階は客室で、斜面をうまく利用した地下室もあった。
地下室への床扉をぐいっと引きあげると、ひんやりとした土とコンクリートの匂いが漂い、緊張感を覚えた。地下室は貯蔵庫になっていた。秋に森で収穫したベリーやきのこ、突然の来客のためのパン、調理済みの肉料理や冷凍食品の数々。
フィンランド人は、ムーミン谷の住人たちのように、冬も間近の秋のひとときにせっせと冬の蓄えをする。これから暗くて長い冬が襲ってこようとも、入りこむ隙を与えないためだ。貯蔵庫の一つひとつの棚が埋まるたびに、安心感は増してゆく。
マッティのこだわりは、レンガ造りのストーブだった。家の中央にどっしりと構えた保温性のあるストーブのなかで、グラタンやキャセロールが煮え、パイやパンが焼きあがる。残り火のぬくもりは家の隅々まで行きわたり、安らかな眠りを誘った。
オーブンの持続する暖かさは、パン種が発酵するのにちょうどよい。このストーブで奥さんとまるパンを焼いた。まるパンは食事パンのようなもの。食糧棚に少しずつ残っていた小麦、ライ麦、オーツ麦に、残りもののお米のお粥も入れた。ストーブの柔らかい熱と多彩な穀物。味わい深くなるというのはこういうことか、と腑に落ちた。
時間と労力をかけて築きあげたふたりの夢の家は、いつも花でいっぱいだった。二重窓の空間には湿原で摘んできたワタスゲや苔を飾り、食卓にはほかの野草をグラスにいけた。庭先の岩間に奥ゆかしくほころぶ淡い紅色のリンネソウは、夫妻のお気に入りだ。数センチほどの花茎を立て、先端でふたつにわかれて可憐な花を2輪つける。夫婦花と呼ばれるリンネソウは、ふたりの営みを映しているようだった。
☆
今日のしあわせレシピは『ビフスランのまるパン』。ハーブは使わず、いろんな木の実(ペカン、ヘーゼル、カシュー、アーモンドなど)をふんだんに入れました。アクセントにオレンジピールを少し。ライ麦粉を多めに入れたので、皮はかりかりしています。
おまけは『食べもの部屋のシナモンのさくさく堅パン』(シナモンラスク)。余ったまるパンで作ったので、甘さ控えめになりました。
VIUHTIN SÄMPYLÄT
ビフスランのまるパン
材料
水……500cc
牛乳……1リットル
生イースト……25g
砂糖……大さじ1
塩……小さじ2
(ローズマリーやタイムなどの刻んだハーブ……100~200cc)
小麦粉……700cc
全粒粉(小麦、オーツ麦、ライ麦の配分はお好みで)……550cc
打ち粉
粉……少々
作り方
1.水と牛乳を合わせて、人肌の温度にあたためる。
2.イーストをくずしながら1に入れ、砂糖と塩を加える。庭でとれた香辛料で素敵な香りと味をつけたいなら、ここで刻んだハーブを少し加えるといいですよ。
3.小麦粉を入れて、木べらでこねる。全粒粉を加えて、さらに5~10分こねる。生地のかたさは手にくっつく程度にする。
4.生地に粉を少々ふる。生地を入れたボウルに布をかけて、すきま風の入らないあたたかい場所で1~1時間半、発酵させる。
5.オーブンを250℃にあたためる。台に軽く打ち粉をし、その上に生地をそっと引っくりかえす。生地にも粉をふる。手で軽くおさえるようにして、生地をまとめる。こねないように。
6.スケッパーかナイフで生地を2等分し、さらにそれぞれを8等分する。
7.6を天パンに並べる。丸める必要はありませんし、少しくらいいびつでもかまいません。
8.並べたらすぐにオーブンに入れて、15~20分焼く。
末延 弘子
東海大学文学部北欧文学科卒業。フィンランド国立タンペレ大学フィンランド文学専攻修士課程修了。白百合女子大学非常勤講師。『清少納言を求めて、フィンランドから京都へ』『ムーミン谷のしあわせレシピ』など、フィンランド現代文学、児童書の訳書多数。2007年度フィンランド政府外国人翻訳家賞受賞。
東海大学文学部北欧文学科卒業。フィンランド国立タンペレ大学フィンランド文学専攻修士課程修了。白百合女子大学非常勤講師。『清少納言を求めて、フィンランドから京都へ』『ムーミン谷のしあわせレシピ』など、フィンランド現代文学、児童書の訳書多数。2007年度フィンランド政府外国人翻訳家賞受賞。