画期的「RSウイルスワクチン」が日本でも承認へ 妊婦から赤ちゃんへ抗体が移行し新生児の重症化リスクを下げる〔専門医が解説〕
産婦人科専門医・稲葉可奈子先生に聞く「RSウイルスワクチン」 #2 妊娠中のママが接種して赤ちゃんを守るRSウイルス感染症のワクチンとは?
2024.03.07
産婦人科医・「みんパピ!」代表:稲葉 可奈子
RSウイルスとは、のどや気管支など呼吸器に感染するウイルスの一種。
ごくありふれたウイルスですが非常に感染力が強く、生後1歳までに半数以上、2歳までにほぼ100%の子どもが感染するともいわれています。さらに、生後6ヵ月以内の赤ちゃんが感染すると重症化のリスクも。
しかし「新たに承認されたRSウイルスワクチンは、妊婦さんが接種することで抗体ができる画期的なワクチンと言えます」とは、産婦人科専門医の稲葉可奈子先生。
RSウイルスワクチン後編では、ワクチンによって期待できる効果や接種スケジュール、副反応などについてを稲葉先生に教えてもらいました。
(全2回の後編。前編を読む。)
稲葉可奈子(いなば・かなこ)
産婦人科専門医・医学博士。京都大医学部卒、東京大大学院博士課程修了。関東中央病院産婦人科医長。HPVワクチンの接種が進まず、多くの女性が子宮頸がんで苦しむのを見て「産婦人科医としてこのまま見過ごすことはできない」と「みんパピ!みんなで知ろうHPVプロジェクト」を設立。
毎年感染した2歳未満の4人に1人は入院に
──2024年1月に、厚生労働省が国内で初めての赤ちゃんをRSウイルス感染症から守るワクチンを承認しました。このワクチンは非常に画期的なワクチンだと聞きましたが、どのような点が優れているのでしょうか?
稲葉可奈子先生(以下、稲葉先生):このワクチンが優れているのは、妊娠中にママが接種することで、まだ予防接種の対象とならない月齢の赤ちゃんをRSウイルスから守ることができる点です。
最も多い発症時期は生後1~2ヵ月で、基礎疾患がなくても入院が必要になるケースも多く、これまでは予防策がありませんでした。
先進国では乳幼児の入院原因第1位がRSウイルスで、日本でも毎年数万人の赤ちゃんが入院を余儀なくされています。
子どもの入院付き添いで半数の親が体調を崩す報告も
──赤ちゃんが入院するとママやパパも大変そうです。
稲葉先生:はい。子どもが入院すると、子ども自身ももちろん辛い思いをしなければなりませんし、ママやパパの負担も非常に大きくなってしまいます。
なぜなら、子どもが入院すると親が付き添いを求められるケースが多く、その際に付き添う親が過酷な環境に置かれることがあるからです。
NPO法人キープ・ママ・スマイリングが行った大規模な調査によれば、子どもの入院に際して8割の親が「病院から付き添いを要請」されていて、7割は「付き添いが必須」でした。
親は入院中の子どもの「食事介助」「排泄ケア」「清潔ケア」「服薬」「見守り」「寝かしつけ」など、多岐にわたるケアをして、4人に1人の親はケアにあたる時間が1日あたり「21~24時間」と長時間のケアをしていました。
また、付き添いが必須であっても親には食事や寝る場所の提供はないため、多くが子どもと同じベッドで寝たり、わずかなすき間時間でコンビニに食事を買いに行ったりしなければなりません。食事や睡眠時間が十分に取れないことから、約半数の親が「付き添い中に体調を崩したことがある」としていました。
小さな子どもにとっては、入院中も親が側にいることで安心できるなどのメリットはありますが、その反面、親自身に大きな負担がかかっている現状もあります。また、複数の子どもがいる場合などは、さらに家族への負担も大きくなるでしょう。
RSウイルスのワクチンは、このように子どもにも家族にも負担が大きい入院を防ぐことが期待できるのです。
入院の約90%は基礎疾患がない子ども
──赤ちゃんが入院すると、赤ちゃん自身や家族の負担が大きいからこそ、RSウイルス感染症を防ぐワクチンの開発が待ち望まれていたのですね。これまではワクチンはなかったのですか?
稲葉先生:ワクチンではありませんが重症化リスクの高い赤ちゃんのみを対象として、重症化を予防する注射薬がありました。しかし、RSウイルス感染で入院したうちの約90%は基礎疾患がない子です。従来の注射薬は、こうした基礎疾患がない子どもは対象外でした。
今回、承認されたワクチンが広く適用となることで、基礎疾患がないお子さんの入院も減ることが期待されますし、接種時期は妊娠24週以降ですから、早産のお子さんも守られることになります。
妊娠中のママが接種すれば赤ちゃんに抗体が移行
──ワクチンの効果や接種スケジュールなどを教えてください。
稲葉先生:米ファイザー社製のワクチンで、妊婦さんが接種することでママから胎児に抗体が移行して、RSウイルス感染による肺炎などを新生児のうちから予防することが期待されます。接種スケジュールは、妊娠24~36週の妊婦さんが1回接種するとなっています。
ワクチンの効果を調べる研究(治験)によれば、ワクチンを接種することで重症の気管支炎や肺炎などを予防する効果は、生後3ヵ月以内では約8割、生後6ヵ月以内では約7割だったことが分かっています。
──生後半年以内で、約7割も重症化を抑制する効果が期待できるのはすごいですね! 副反応はどうなのでしょうか。
稲葉先生:治験の結果では、妊婦さんへの副反応は接種した部位の痛みや頭痛、筋肉痛などがみられました。一方で、赤ちゃんへの影響では、低出生体重や早産などの有害事象の発生率について、統計的に意味がある差はありませんでした。
──妊娠中にワクチンを打つのはなんとなく心配でしたが、赤ちゃんへの影響は心配しなくて良いと知って安心しました。
稲葉先生:そうですね。妊娠中の接種ということで不安を感じる人がいるかもしれませんが、これまでにもインフルエンザワクチンや、新型コロナウイルスワクチンなど、妊婦さんへの接種が推奨されているワクチンは複数あります。これらのワクチンは、接種することの有益性が高いので推奨されているのです。
──最後に読者や妊婦さんへメッセージをお願いします。
稲葉先生:このワクチンは、小児医療に関わる医療者が待ち望んでいたワクチンの一つです。赤ちゃんの入院は、付き添いなどの負担はもちろんのこと、生後すぐの赤ちゃんを入院させなければならないママとパパの心の負担も計り知れません。
入院の原因になる重症化のリスクを約7割下げることができるのは、非常に恩恵が大きく、赤ちゃんと家族の負担軽減が期待できます。接種を迷っている妊婦さんがいたら、ぜひ主治医に相談して、正しい情報を知ってほしいと思います。
正しい情報に基づいて、赤ちゃんを守るためにベストな判断ができれば良いと願っています。
────◆───◆────
赤ちゃんが入院すると7割のママやパパが付き添いを求められて、付き添い生活は非常に負担が大きいことなどを教えていただきました。
RSウイルス感染症を防ぐワクチンの誕生で、こうした大変な思いをする赤ちゃんやママ、パパが1人でも減るようになることを願ってやみません。
取材・文/横井かずえ
【参考文献】
NPO法人キープ・ママ・スマイリング入院中の子どもに付き添う家族の生活実態調査 2022〈概要〉
RSウイルスワクチン記事は全2回。
前編を読む。
横井 かずえ
医薬専門新聞『薬事日報社』で記者として13年間、医療現場や厚生労働省、日本医師会などを取材して歩く。2013年に独立。 現在は、フリーランスの医療ライターとして医師・看護師向け雑誌やウェブサイトから、一般向け健康記事まで、幅広く執筆。取材してきた医師、看護師、薬剤師は500人以上に上る。 共著:『在宅死のすすめ方 完全版 終末期医療の専門家22人に聞いてわかった痛くない、後悔しない最期』(世界文化社) URL: https://iryowriter.com/ Twitter:@yokoik2
医薬専門新聞『薬事日報社』で記者として13年間、医療現場や厚生労働省、日本医師会などを取材して歩く。2013年に独立。 現在は、フリーランスの医療ライターとして医師・看護師向け雑誌やウェブサイトから、一般向け健康記事まで、幅広く執筆。取材してきた医師、看護師、薬剤師は500人以上に上る。 共著:『在宅死のすすめ方 完全版 終末期医療の専門家22人に聞いてわかった痛くない、後悔しない最期』(世界文化社) URL: https://iryowriter.com/ Twitter:@yokoik2
稲葉 可奈子
産婦人科専門医・医学博士。京都大医学部卒、東京大大学院博士課程修了。関東中央病院産婦人科医長。HPVワクチンの接種が進まず、多くの女性が子宮頸がんで苦しむのを見て「産婦人科医としてこのまま見過ごすことはできない」と「みんパピ!みんなで知ろうHPVプロジェクト」を設立。産婦人科医や小児科医、公衆衛生の専門家らと正しい情報の周知活動に取り組んでいる。
産婦人科専門医・医学博士。京都大医学部卒、東京大大学院博士課程修了。関東中央病院産婦人科医長。HPVワクチンの接種が進まず、多くの女性が子宮頸がんで苦しむのを見て「産婦人科医としてこのまま見過ごすことはできない」と「みんパピ!みんなで知ろうHPVプロジェクト」を設立。産婦人科医や小児科医、公衆衛生の専門家らと正しい情報の周知活動に取り組んでいる。