100人に1人が「先天性心疾患」 妊娠中の「出生前診断」の注意点・治療法を医師が解説

心臓病の子どもを救う・根本慎太郎先生インタビュー #1

横井 かずえ

写真:アフロ

生まれつき、心臓に病気を持つ赤ちゃんは100人に1人──。

日本では約1%の割合で「先天性心疾患」の赤ちゃんが生まれています。100人に1人と言うと、決して珍しくはない数字です。

近年は検査の発達によって、生まれる前の胎児期から病気が見つかるようになりました。また、心臓手術の発展によって、心臓病を持つ子どもが治療を受け、多くのケースで大人へと成長できるようになりました。


根本慎太郎先生(大阪医科薬科大学病院・小児心臓血管外科診療科長)は、「患者の自己組織に置き換わり、身体の成長に合わせて伸張可能な特殊素材のパッチ」を世界で初めて実用化した心臓外科医。

根本慎太郎先生(大阪医科薬科大学病院・小児心臓血管外科診療科長)

この心臓パッチ開発計画は、直木賞作家・池井戸潤さんの小説『下町ロケット』の続編に登場する「ガウディ計画」のモデルにもなりました。


根本先生に聞くインタビュー第1回目では、100人に1人はいるといわれる先天性心疾患の赤ちゃんとその治療について、また、出生前診断を受ける際の注意についても伺います。

先天性心疾患の赤ちゃんは100人に1人の割合

──はじめに赤ちゃんの心臓病について教えてください。

根本慎太郎先生(以下、根本):生まれたときから心臓に何らかの異常を持っていることを、先天性心疾患と呼びます。実は、先天性心疾患の赤ちゃんは100人に1人はいるといわれていて、決して珍しいことではありません。

先天性心疾患には、とくに治療の必要がない軽いものから、手術が必要なものまでさまざまです。日本で最も多い先天性心疾患は、心室中隔欠損症(しんしつちゅうかくけっそんしょう)と呼ばれる病気です。

心室中隔欠損症は、心臓の左心室と右心室を仕切る壁に穴が開いているもので、穴が小さければ自然に塞がりますが、大きな穴の場合は手術で塞ぐことが必要になります。

心室中隔欠損症

──心臓の手術はどのように行うのですか? 大人の心臓手術との違いも教えてください。

根本:心臓の手術では、心臓と肺の機能を代行する人工心肺装置をつけ、心臓を一時的に止めて、中の血液の流れを遮断した状態で、心室の壁の穴を塞いだり狭い血管を拡張したりします。

子どもと大人の大きな違いは、元の心臓の状態です。

大人の場合は、もともと正常に機能していた心臓が、年齢を重ねるうちに、弁や心臓の筋肉を栄養する血管などに不具合が起きて、心不全や冠動脈疾患などさまざまな病気を起こします。


自動車で例えるならば、もともと正常に走っていた車が経年劣化で部品が壊れたので、部品を取り替えて再び走るようにするのが「大人の心臓手術」です。

これに対して子どもの心臓病は、生まれつき心臓の壁に穴が開いていたり、もともとあるはずの「二心房二心室」のどこかがなかったり、血管に異常があったりする状態で生まれてくる点が、大人と大きく異なります。

はじめから正常に機能していないものを「できるだけ正常にする」ために手術の必要があり、その過程で、自分の組織ではない人工物を入れる必要も出てくるのです。

胎児診断の発達・妊娠中の早期発見

──医療技術が進歩して、今はお母さんのお腹の中にいるうちから、赤ちゃんの病気が見つかるようになったと聞きました。

根本:確かに今はさまざまな医療技術が進歩して、妊娠中から赤ちゃんの病気を見つける「胎児診断」の分野がとても発達しました。

一口に「胎児診断」といってもさまざまですが、最も進歩したのは、超音波(エコー)検査による診断です。

画像診断が大きく進化したことで、赤ちゃんがお母さんのお腹の中にいる段階から、脳や心臓の病気が見つけられるようになりました。

▲「胎児診断」はさまざま。超音波(エコー)検査を始め、NIPT・羊水検査・絨毛検査などがある(写真:アフロ)

根本:昔は、赤ちゃんが生まれてみて初めて病気が判明する、ということがほとんどでした。

出産直後に泣かなかったり、呼吸がつらそうだったり、顔色が真っ青になるチアノーゼになったりすることで、初めて異常に気づき、そこからあわてて診断と手術や投薬の治療をしていたのです。


今では、お母さんのお腹の中にいるうちに診断がつくケースが増えてきました。そのため、医療チームがスタンバイした状態で計画的に出産し、生まれてすぐに手術できるようになるなど、技術が大きく進歩しました。

また、事前に病気が分かることによって、リエゾン精神科(※)看護師によるメンタルヘルスケアを受けることもできます。お母さんやお父さんも「チームの一員」として、心の準備ができるようにもなったのです。


(※編集部註:“リエゾン”とは仏語で「連携・橋渡し」を意味する。 患者が精神心理面の問題を抱えた際、精神医療と身体医療をつなぎ、担当各科と連携しながら支援を行う)

──最近は、妊娠中にお母さんの血液から赤ちゃんの異常を調べる新型出生前診断(NIPT)も普及してきたそうですね。

根本:はい。ただし、この検査で分かるのは、ダウン症や18トリソミー(※)など、大まかな染色体異常だけの可能性であり、細かいところまでは分かりません。

(※編集部註:18トリソミー〔エドワーズ症候群〕は、18番染色体が生まれつき3本存在するトリソミーという染色体異常によって引き起こされる症候群。ダウン症についで発生頻度が高い。ダウン症は21番染色体が3本存在するトリソミー。通常は2本)


根本:またNIPTは、あくまで精密検査を受けるべきかを判断するためのスクリーニング検査であり、偽陽性・偽陰性の確率もそれなりにあります。ですからより正確な診断を知るためには、羊水検査や絨毛検査による確定診断を受けることが必要になります。

出生前診断を受ける際の注意点・アフターフォローの必要性

根本:日本ではこれまで、NIPTの検査対象を35歳以上の妊婦に限定していましたが、2022年からは全年齢の妊婦が検査を受けられるようになりました。また、一定の基準を満たす医療機関について、出生前検査認証制度等運営委員会が認証した医療機関がホームページで公表されています。

ところが一部、認証を受けていない医療機関で、十分なカウンセリング体制がないままにNIPTを実施することによるトラブルも起きています。その結果、NIPTは確定診断ではないにもかかわらず、ダウン症などの可能性が示されただけで中絶するケースが増えているのです。

──ええ、そうなのですか!?

根本:ダウン症の子どもは約半数に心臓の病気を持って生まれてきます。私はこれまで多くのダウン症の赤ちゃんの心臓を手術してきました。

しかし、最近は本当にダウン症の赤ちゃんが減っていると、肌で感じています。NIPT検査の結果のみで中絶を選択するケースが増えたことも、影響しているのではないかと思います。

もちろん、ダウン症のお子さんを育てることは、さまざまな困難があります。しかし今は、昔とは大きく異なり、行政も医療もバックアップ体制がしっかり整っています。ですから、みなさんが当たり前のように治療を受けて、療育を受けて、成長していくことが一般的になってきています。

そのような正しい支援につながる情報は、さまざまな専門的検査や治療を実施している医療機関などから得ることができます。

しかし、医学会の認証を受けない医療機関のなかには、検査結果を郵送などで知らせるのみで、アフターフォローがないクリニックもあります。そのため、検査結果だけを見て絶望し、中絶するケースが増えているのです。

これは私の肌感覚ですが、心臓病で手術を必要とする子どもの数が減っているように感じています。もしかすると、染色体異常の誤診断で中絶されてしまっているケースもあるのでは、と危惧しています。

先ほどもお話ししたように、NIPTは精密検査を受けるべきかを判断するためのスクリーニング検査です。NIPTの検査結果だけで判断せず、専門の医療機関で確定診断を受けることが大切です。

「心臓病の子ども」成人できる例が増えた・新たな課題も

写真:アフロ

──いろいろな事情が絡み合っているのですね。最近の心臓手術の発展についても教えてください。

根本:
私は心臓外科医になって35年になりますが、この25年で大きく技術が進歩しました。とくに、新生児に対する手術の成績は目覚ましく向上しています。昔ならば「大きくなるまで待ちましょう」といって様子を見ていたところが、今は新生児であってもベストな時期に手術ができるようになってきたからです。

小児の心臓手術の手段や体外循環(※開心術での心停止の際に心臓と肺の代わりとなる回路)など、ベストな方法の模索が絶え間なく続けられた結果、今では手術後により長く生きられる子どもたちが増えてきて、手術結果のフィードバックも集まるようになってきたのです。

──手術を受けた赤ちゃんのその後はどのようになっているのですか。

根本:
今は、よほどのことがなければ大半の子どもが大人になっています。一部どうしても乗り越えられない病気も残っていますが、それ以外の子どもたちは手術やカテーテル治療などによって健康を取り戻せるようになっているのです。

──それはうれしいニュースですね!

根本:
かつては子どもの心臓病というと、生きるか死ぬかという問題でした。今ももちろん難しい病気が残っているのですが、多くは適切な治療で生死の問題をクリアして、長く生きていく間に「どのように健康でいられるか」を、考えられる段階に入ったのです。

心臓手術を受けた子どもたちが長生きできるようになった結果、今では新たに成人先天性心疾患という領域が誕生しました。成人先天性心疾患とは、生まれつき心臓病を持っている子どもが大人(※)になったときの呼び名です。(※15歳あるいは18歳以上の成人)

成人先天性心疾患の患者は、全国に推定50万人前後いるとされています。つまり、心臓病を持って生まれた子どもが50万人前後、大人になっているということです。

病気の経過や手術の方法によっては、成人になって特徴的な問題が出てくる場合があります。


これはまさしく、心臓病を持った子どもたちが成人できる例が増えてきた結果だといえます。

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この記事のまとめ

子どもの心臓病は100人に1人と、決して珍しい病気ではないことを教えていただきました。また、胎児診断の発達によって、赤ちゃんがお腹の中にいるうちから病気が見つかるようになったこと、胎児診断には超音波(エコー)検査や、NIPT・羊水検査・絨毛検査などがあり、正しい情報を得て支援を受ける必要があることも教えていただきました。

そして、心臓外科手術やカテーテル治療の進歩によって、長く元気に生きられるケースが増えてきたとともに、成人先天性心疾患という領域が誕生したことも驚きでした。

続く第2回では、心臓外科医として忘れられないエピソードや、染色体異常の赤ちゃんの心臓手術について、第3回では、「子どもの心臓手術に使う特殊素材のパッチ」についての開発秘話を、引き続き根本慎太郎先生に伺います。

根本 慎太郎(ねもと・しんたろう)新潟大学医学部を卒業後、東京女子医科大学、米国サウスカロライナ医科大学、米国テキサス州ベイラー医科大学、豪州国メルボルン王立小児病院、京都大学、マレーシア心臓病センターなど国内外での経験を経て、大阪医科薬科大学病院小児心臓血管外科診療科長。フォンタン手術などの難手術をこれまでに数多くこなし、先天性心疾患を持つ多くの幼い命を救ってきた。自らが数多くの臨床を実践するかたわらで、部署や病院などの垣根をこえた地域全体での医療体制に向けた取り組みや、産学官連携による新しい医療材料の開発など、未来を担う子どもたちのために幅広い活躍を見せている。

取材・文/横井かずえ

ねもと しんたろう

根本 慎太郎

心臓外科医

新潟大学医学部を卒業後、東京女子医科大学、米国サウスカロライナ医科大学、米国テキサス州ベイラー医科大学、豪州国メルボルン王立小児病院、京都大学、マレーシア心臓病センターなど国内外での経験を経て、大阪医科薬科大学病院小児心臓血管外科診療科長。フォンタン手術などの難手術をこれまでに数多くこなし、先天性心疾患を持つ多くの幼い命を救ってきた。自らが数多くの臨床を実践するかたわらで、部署や病院などの垣根をこえた地域全体での医療体制に向けた取り組みや、産学官連携による新しい医療材料の開発など、未来を担う子どもたちのために幅広い活躍を見せている。

新潟大学医学部を卒業後、東京女子医科大学、米国サウスカロライナ医科大学、米国テキサス州ベイラー医科大学、豪州国メルボルン王立小児病院、京都大学、マレーシア心臓病センターなど国内外での経験を経て、大阪医科薬科大学病院小児心臓血管外科診療科長。フォンタン手術などの難手術をこれまでに数多くこなし、先天性心疾患を持つ多くの幼い命を救ってきた。自らが数多くの臨床を実践するかたわらで、部署や病院などの垣根をこえた地域全体での医療体制に向けた取り組みや、産学官連携による新しい医療材料の開発など、未来を担う子どもたちのために幅広い活躍を見せている。

よこい かずえ

横井 かずえ

Kazue Yokoi
医療ライター

医薬専門新聞『薬事日報社』で記者として13年間、医療現場や厚生労働省、日本医師会などを取材して歩く。2013年に独立。 現在は、フリーランスの医療ライターとして医師・看護師向け雑誌やウェブサイトから、一般向け健康記事まで、幅広く執筆。取材してきた医師、看護師、薬剤師は500人以上に上る。 共著:『在宅死のすすめ方 完全版 終末期医療の専門家22人に聞いてわかった痛くない、後悔しない最期』(世界文化社) URL:  https://iryowriter.com/ Twitter:@yokoik2

医薬専門新聞『薬事日報社』で記者として13年間、医療現場や厚生労働省、日本医師会などを取材して歩く。2013年に独立。 現在は、フリーランスの医療ライターとして医師・看護師向け雑誌やウェブサイトから、一般向け健康記事まで、幅広く執筆。取材してきた医師、看護師、薬剤師は500人以上に上る。 共著:『在宅死のすすめ方 完全版 終末期医療の専門家22人に聞いてわかった痛くない、後悔しない最期』(世界文化社) URL:  https://iryowriter.com/ Twitter:@yokoik2