近年、感染者数が増加している性感染症「梅毒」。2022年の1年間の感染者数は1万人を超え、現在の方法で統計を取り始めた1999年以降で過去最多に。国立感染症研究所の発表によると、2023年1月2日~10月1日の届出数は1万1260件。2022年の同期間より、1.2倍に増えていることが明らかになりました。
梅毒を自分には縁のない病気と考えるママパパもいるかもしれません。しかし、妊娠中の母親から胎児にうつる「先天梅毒」と診断された子どもの数は、2023年10月時点で32人にのぼり、この数も過去最多です。
梅毒や先天梅毒はどのような症状が出て、どうすれば予防することができるのでしょうか。梅毒をはじめとする性感染症についてYouTubeなどで発信している亀田総合病院感染症内科の細川直登医師に聞きました。
※1回目/全2回
細川直登(ほそかわ・なおと)PROFILE
亀田総合病院(千葉県鴨川市)感染症内科部長、臨床検査科部長、地域感染症疫学・予防センター長兼務。
キスでも梅毒に感染する可能性がある
時代ものの映画やドラマなどで目にする機会もある「梅毒」。具体的にどのような病気なのでしょうか。
「梅毒は、『梅毒トレポネーマ』と呼ばれる細菌が原因となって起こる感染症です。症状が出た箇所に粘膜が接触することで感染するため、セックスはもちろんのこと、キスやオーラルセックスといった性的接触を介してうつる可能性があります」(細川先生)
手をつないだり、飛沫で感染したりすることはないと言います。
「梅毒は、これまで性産業に携わる人や不特定多数の人とセックスをする人など、ごく一部のコミュニティで流行している感染症でした。そのイメージも根強く、未だ自分には関係ないと思っている方も多いかもしれませんが、現在はセックスをする人は誰にでも感染のリスクがあると考えたほうがいいでしょう」(細川先生)
梅毒が近年急増している背景について、「理由を明らかにするような統計データがないので、はっきりとした理由はわからない」と前置きした上で、細川先生は次のように考察します。
「セックスの社会的な認識が変わってきていること、SNSの普及でこれまで出会う機会がなかった人と簡単につながれるようになったことが影響しているかもしれません。梅毒に限らず性感染症は、パートナーの数が多いほど感染のリスクが高くなるからです。
医学的に、お金や薬など何かと引き換えにするセックスは非常にリスクが高いと考えられています。それだけではなく、よく知らない相手とのセックスもリスクが高い行為です」(細川先生)
早期の場合は1回の注射で治ることも
梅毒の治療には抗菌薬のペニシリンが使われます。注射と飲み薬がありますが、世界的な標準治療薬は注射だと言います。
「注射の場合、病院で医師が直接ペニシリンを投与できるからです。患者さんの体内に確実に薬が入ることを保証できます。梅毒に感染して1年以内の場合は、1回の注射で治療することが可能です。
一方で飲み薬は、処方した後は患者さんの意思にゆだねられてしまいます。例えば、患者さんが服薬期間や薬の量を守らず、途中で薬を飲むことやめてしまった場合、治療がうまくいかない可能性があるのです」(細川先生)
梅毒に感染して1年以内なら、1回の接種で完治できる注射のほうが、何度も病院に通わなくていいので患者の負担も軽くなります。
梅毒感染しても気づかないケースも
梅毒の症状には、潜伏期間を経てから「I期」「Ⅱ期」「Ⅲ期」と呼ばれる3つの時期があります。ただ、「病期の出現についてはかなりの幅がある」と細川先生。
「発症する前の潜伏期間から幅があります。国立感染症研究所の資料には潜伏期間は3日から90日で、もっとも多いのは21日と記されています。学術的にはこの表現が正しいのですが、3日と90日では期間の幅も長いし、ピンポイントで21日目に必ず発症するものではありません」(細川先生)
「I期」「Ⅱ期」「Ⅲ期」の一般的な発症時期と症状について、細川先生が解説します。ただ、発症時期は個人差による幅が大きいことを念頭に置いておきましょう。
●梅毒の症状①:Ⅰ期(感染から1ヵ月くらい)
「梅毒に感染して1ヵ月くらい経つと、性器や口の中など菌が入ってきた部分に『硬性下疳(こうせいげかん)』と呼ばれる硬い腫(は)れ物ができます。やがて、しこりの上が削れてきて潰瘍(かいよう)のような状況になります。この症状が出る時期を『I期』と言います」(細川先生)
I期の場合、痛みがないことから感染した人が症状に気づかないケースもあると言います。
「例えば、潰瘍が口の中にできた場合、表面の皮がむけて口内炎のような状態になるので、口内炎だと思い込んでしまう人もいます。痛みもないので病気ではないだろうと放っておいてしまうケースもあるのです。
また、性器に潰瘍ができた場合、男性は排尿時などに自分の性器を見る機会があるので気づきやすいですが、女性は自分の性器を目にする機会が比較的少ないことから気づきにくいと考えられます」(細川先生)
Ⅰ期でできた潰瘍は、放っておいても自然に消えてしまうそうです。しかし、その時期は「『潜伏梅毒』といって、症状はないけど菌が体の中で増えている状態。梅毒そのものが治ったわけではありません」と細川先生は注意を促します。
●梅毒の症状②:Ⅱ期(Ⅰ期の症状が現れてから4~10週くらい)
Ⅰ期の症状が落ち着き、4~10週くらい経つと別の症状が現れます。
「血液の流れに乗って菌が体全体に広がり、顔や手のひら、足の裏など皮膚のさまざまな場所に発疹が出ます。この状態を『Ⅱ期』と言います」(細川先生)
発疹には、赤い発疹の「バラ疹」、ブツブツとした発疹の「丘疹(きゅうしん)」、表面が乾燥したような状態の赤みを帯びた発疹の「梅毒性乾癬(かんせん)」などがあると言います。
「発疹は目に見える場所に出ることが多いので、『このブツブツはなんだろう』と気づく人もいます。ただ、Ⅰ期の潰瘍と同様に痛くもかゆくもないので、様子を見ているうちに自然と消えてしまいます」(細川先生)
●梅毒の症状③:Ⅲ期(感染から数年~数十年くらい)
感染から1年くらい経つと人にうつす可能性は低くなります。症状も落ち着くうえ、感染させる心配が少ないと聞くと安心する人もいるかもしれませんが、「体への影響がなくなったわけではない」と細川先生は指摘します。
「梅毒を治療せずに放っておくと、感染してから数年から数十年くらい経ったころに心臓や『大動脈』という太い血管に影響が出て命に関わる状態になったり、『ゴム腫(しゅ)』と呼ばれる硬いコブのようなものができたりすることがあります。昔話などで『梅毒にかかると鼻がもげる』と聞いたことがあるかもしれませんが、これは鼻にできものができて、それが崩れた状態です。
また、脊髄に症状が出ると関節の位置や振動を感じる神経にも影響し、感覚がわからなくなることも。足の神経に影響が出ると、どのくらい足を上げているのかがわからなくなり、バタン、バタンと足を地面に叩きつけるような歩き方になると言われています」(細川先生)
しかし、近年このような重篤な症状になることはまれだと言います。
「考えられる理由の一つに、別の症状で服薬した抗生物質のおかげで、知らないうちに梅毒が治っている可能性があります。梅毒トレポネーマは抗生物質に対して非常に弱いので、ペニシリン以外の抗生物質でも死ぬことがあるからです。
また、Ⅱ期の発疹が出たくらいの段階で気づいて受診される方も多いです。2022年は梅毒が社会問題化したことで受診する方が増え、ペニシリンの注射薬が不足する事態も起きましたが、現在は十分に供給されるようになりました」(細川先生)