7時間でも睡眠不足「徹夜で勉強・寝る間を惜しんで仕事は無駄な努力」と専門家が断言する理由

専門医・神山潤先生に聞く「睡眠アドバイス」#3

赤ちゃんの夜泣きに悩む人から、朝起きられない中高生、睡眠不足の社会人……幅広い世代の「睡眠の悩み」に専門家がアドバイス。第3回は「大人の睡眠不足のおどろくべき実態」を解説。(写真:アフロ)

日本の子どもの眠りが危機的状況にあると言われていますが、睡眠が危ういのは大人も同じ。

OECDの調査によると、日本の成人の睡眠時間の短さは世界でトップ。多くの日本人が慢性的な睡眠不足に陥っていると考えられています。これが、子どもの睡眠にも悪影響を与えているという指摘も……。

この現実、あなたはどう受け止めますか?

【専門医・神山潤先生に聞く「睡眠アドバイス」は全3回。赤ちゃんの睡眠について解説した第1回、思春期の子どもに早寝早起きを強いてはいけない理由を解説した第2回に続き、第3回では「大人の睡眠時間と睡眠不足の実態」について解説します】

一億総「睡眠不足症候群」!?

OECD(経済協力開発機構)がまとめた2021年版データによると、日本の睡眠時間は33ヵ国中トップの短さです。しかし、その具体的な時間を見ると、ちょっと意外。このデータによると、日本の一日当たりの平均睡眠時間は442分(7.36時間)です。「これって普通じゃないの? これでワースト1なの?」と不思議に思えたりもしますが…。

「いいえ、普通ではありません。日本人の多くは睡眠が足りていません。それなのに、自分ではわかっていないんですよ。ほとんどの人が慢性的な睡眠不足に陥っています」

こんな指摘をするのは、東京ベイ・浦安市川医療センター、センター長の神山潤先生。小児科医であり、同センターで睡眠外来も担当する睡眠のスペシャリストです。

神山潤先生

【神山潤(こうやま・じゅん)医学博士。東京ベイ・浦安市川医療センター・センター長。専門は子どもの発達や健康教育、睡眠医療など。日本子育て学会理事• 東京医科歯科大学小児科臨床教授• 社会と共に子どもの睡眠を守る会会長】

「一日7時間以上の睡眠を取り、“十分寝ている”と思っている人は多いでしょう。もちろん、必要な睡眠時間には個人差があり、7時間寝れば十分な人がいるのは確かです。でも、中には、本当は9時間必要なところを7時間しか眠らず、それでも、自分が寝不足であることに気づいていない人もいるということです」

興味深い実験結果があります。

被験者は、一日に7.5時間の睡眠を取って満足している大人10人。この人たちに、連日、14時間ベッドで横になることを強要します。この結果、初日の10人の睡眠時間の平均は13時間。それが1週間後には9~10時間になり、10日、2週間──と続けた結果、3週間後には平均8.2時間で固定しました。

「つまり、被験者10人に必要な平均睡眠時間は8.2時間ということです。それなのに、7.5時間しか寝ていなかったわけで、ずっと一日47分の睡眠不足が続いていたことになる。この実験結果からは、この睡眠負債をチャラにするのに3週間かかったこともわかります」

大人の睡眠不足3つのサイン

あなたの睡眠時間は大丈夫ですか。

それを知るには「睡眠表」をつけてみるのも、ひとつの手。毎日の睡眠時間と体調とを照らし合わせてみれば、自分にふさわしい睡眠時間のおおよその目安を知ることができるはず。

また、この連載の第2回では、思春期の子どもたちの寝不足を知る3つのポイントを挙げましたが、それは大人にも当てはまります。

①休日の朝寝坊
②仕事中や通勤のバスや電車での居眠り
③寝床に入ると5秒で寝ることができる


これら3つのうちひとつでも当てはまれば、十分な睡眠が取れていない証拠です。

「電車の中では少なからぬ人たちが居眠りをしていますよね。それだけ多くの人が寝不足だということ。みなさん、睡眠不足症候群ではないかと思いますよ。睡眠不足症候群というのは、慢性的な寝不足によって、昼間の眠気、疲労感、集中力の低下などが生じる睡眠障害です。これはもう立派な病気。みなさん、もうちょっと自覚していただきたいですね」

「寝る間を惜しんで頑張る」より「寸暇を惜しんで寝る」

日本には「寝る間を惜しむ」という言葉があります。

寝る間を惜しんで勉強する、寝る間を惜しんで仕事をする──。日常的によく使われるフレーズです。

「この国には、“寝ないで頑張れ”という文化があります。寝ないで仕事や勉強しているヤツが偉い、みたいな風潮もありますよね」

「実際、そうやって頑張っている人には酷かもしれませんが、寝る間を惜しんで仕事や勉強を頑張ったところで、成果は得られません。睡眠不足によって、ひらめきが悪くなったり、記憶の固定に悪影響が出たりすることもわかっています。それだったら、さっさと寝たほうがいい」

「寝る間を惜しんで頑張るよりも、寸暇を惜しんで寝ていただきたいですね」

▲睡眠習慣と成績の関係
(出典:社会と共に子どもの睡眠を守る会 指導者向け資料より)

寝る間を惜しんで仕事や勉強をしても、パフォーマンスが上がらないのは、寝不足によって脳の前頭前野の働きが低下するため。前頭前野は、意思決定、コミュニケーション、思考、意欲、行動・感情抑制、注意の集中・分散、記憶コントロールなどを担っている、脳の最前の部分です。

「前頭前野は、人間の理性などをつかさどる部位で、生死には直接関係ないため、寝不足になると、まずその部位の機能が落ちる。そうなると、普段は理性で抑えている情動が爆発したりして、冷静な判断ができなくなってしまったりするんですね」

▲寝不足になると、理性を司る「前頭前野」の機能が落ちる(画像:アフロ)

「僕はもう20年も30年も前から、睡眠の大切さをいろいろなところで説き続けているのに、日本人の睡眠不足は一向に改善されません。相変わらず、寝る間を惜しんで働いたり、徹夜で勉強したりする人がたくさんいます」

「なぜなのか。これは僕の仮説ですが、日本人は、みんなが睡眠不足によって前頭前野の働きが低下し、冷静な判断ができなくなっているからではないか、と。いい加減、みなさん、我に返っていただきたいんですけどねぇ……」

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