妻は即入院! まさかのワンオペ育児がスタート
病院に到着してすぐ、妻は脳の検査を受けるために別室へ。待合室で1~2時間待たされたあと、僕はドクターに呼ばれた。
「病名は脳出血で、左脳の血管が破けて出血しており、右半身に麻痺の症状が出ている」と教えられた。
「集中治療室に入ることになるが、手術する必要はない」と聞き、ひと安心。と思った瞬間、「確実に右半身に後遺症が残る」と言われ、一気にどん底に落とされた。
「妻の身体はどうなる?」「社会復帰できるの?」「子育ては誰が?」「僕も仕事をまわしていけるのか?」……。経験したことのない、“不安の波”が押し寄せる。
さらに、「数日間は容態が急変する危険性がある」「心臓にも悪影響を及ぼすかもしれない」など、ネガティブな情報のオンパレード。後日、受けることになるヨード造影剤とやらを用いた造影CT検査の説明の際には、「副作用で死亡するケースもある」と聞かされる。『検査におけるヨード造影剤使用の同意書』にサインする手が、思わず止まった。
それまで、もしも倒れるとしたらハードな仕事で無茶な生活をしている自分のほうだ、と信じて疑わなかった僕。妻のほうが先に逝くことを想像したことなんて、1ミリもなかった。しかも、48歳という年齢で……。
ドクターからの説明を受け、「ほんの少しでも妻に会いたい」とせがむ僕。容態が気になっていたのもあるが、妻が現在進行形で進めている仕事の相手先の名前を知る必要があった。フリーランスなので、仕事相手は多岐にわたる。私が連絡しなければ、取引先の方々が妻の現状を知る術がなく、大変な迷惑がかかるからだ。
即入院となって病室に運ばれる途中、廊下で一瞬だけ移動式ベッドに横たわる妻との面会が実現。少し離れたところから見守っていたドクターには、愛する妻を気遣う献身的な夫のように見えたかもしれない。
けれども実際の会話は、「仕事で連絡せなあかん人は、誰や!?」「メールで名前を検索してアドレスを見つけて連絡するから、名前を教えて!」といった具合。妻の顔色はよかったが、ろれつがまわらず聞き取りにくい。
別れ際、「子どもたちのことをよろしく」と涙ぐむ妻。そんな彼女を勇気づけるような言葉を、僕はかけ忘れてしまった。
ドクターによると、10~14日間はこのまま入院し、その後はリハビリ専門の病院に転院することになるという。「最低でも2ヵ月以上は、家に帰れないだろう」と告げられた。
その瞬間、頭のなかがホワイトアウト。長女が生まれて早々に子育て戦力外になった僕が突然、小学6年生の娘と小学3年生の息子のワンオペ育児に挑まなければならなくなったからだ。
その日を境に、今まで経験したことがない新生活がスタートした。
<つづく>
第2回(#2) 妻の脳出血から1ヵ月 子育て戦力外パパの「混乱ワンオペ育児」でゴミ屋敷に
佐野 勝大
さのかつだい 1974年生まれ。ノンジャンルで仕事をこなす関西出身のフリーライター。年400本以上と、精力的に取材活動を行っている。年間の休日が10日前後と、ワークライフバランスがまったくとれていないことが悩み。2児の父だが、育児にほぼ参加しなかったため、長女が0歳の頃に妻から子育ての戦力外通告を受けた。
さのかつだい 1974年生まれ。ノンジャンルで仕事をこなす関西出身のフリーライター。年400本以上と、精力的に取材活動を行っている。年間の休日が10日前後と、ワークライフバランスがまったくとれていないことが悩み。2児の父だが、育児にほぼ参加しなかったため、長女が0歳の頃に妻から子育ての戦力外通告を受けた。