「中学受験」する・しない?子どものメンタルと「中受」の影響は 学校関係者が明かす実態

中学受験する・しない? 親の悩み・子どもの進路を考える #3

小林 美希

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【中学受験者数が過去最高を記録した。教育費高騰が叫ばれる中、令和の子育て世代にとって「中学受験するか・しないか」は悩ましい問題だ。中学受験が過熱する背景を解説した第1回、中学受験と小学校の現状を取材した第2回に続き、第3回では子どもたちのメンタルと中高一貫校の現状を関係者に取材、「年収443万円」の著者でジャーナリストの小林美希氏が解説する】

地域のトップクラス校に合格しても…

地方のある名門進学高校では、生徒の自殺未遂が相次いでいるという。

県内トップクラスの公立高校に附属中学ができ、中高一貫校になった。校長が目指すのは東大や京大、医学部に何人合格したか。ある学校関係者は「高校が予備校化していき、たちまち学生から多様性が奪われていきました。中高一貫になると、一層と高校が予備校化してしまった」と憤る。

この学校では、受験塾で課題を与えられ、親から言われたことをそつなくこなしてきた“いい子”が合格してくるケースが増えているという。地元の塾は、附属中学ができると早速に「県立○○高校附属中学に何人合格!」という看板を出してPRしている。

「これまで、中学受験は地元では一般的ではなく“特殊な世界”だったのに、最近は、小学4~5年生から受験塾に通わせるケースがじわじわと増えていきました。結果、入学式には小綺麗な恰好の母親に連れられた“いい子”ばかりが来る。生活が苦しいだろうと思わせる親子は見当たりませんでした」

その高校は生徒の自主性が重んじられ、教員から指導されなくても、生徒たち自らが勉強や課外活動を行う伝統があった。

ところが、ここのところ中学入試組だけでなく高校から入学した生徒でも、学校で教師から放任されると「日々、何の勉強をすればいいか分からない。宿題を出してほしい」と言い出すようになった。偏差値70以上の生徒でさえ、そのように悩んでいるという。

保護者たちは、近隣の私立高校が大学受験に向けてカリキュラムを組むなど「至れり尽くせりの予備校のようだ」と比べ、県立高校なのに「どうして受験の指導をしないのか」とクレームをつける。

ある関係者は「大人の指示どおりに受験勉強をし、偏差値を上げて入学する生徒が増えるにつれ、学生が打たれ弱くなっている」と感じている。附属中学ができ高校が予備校化するのと時を同じくして、クラスで1~2人がメンタルヘルスを崩している状態になり、自殺未遂をした学生が何人も保健室に身を寄せるようになったという。

思春期のメンタルヘルス不調や自殺未遂の背景にあるものは、決して単純ではないだろう。だが、テストの点数や合格することだけを求められ続けるうちに、子どもたちの心が折れてしまっても不思議ではない。

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受験はしないと決めた理由

神奈川県在住の太田徹さん(仮名)は、こうした状況を「ハムスターがひたすら走ってカラカラと回る『回し車』に乗せるだけ」と例え、小学生の娘は中学受験させないとキッパリしている。

「有名な受験塾というケージの中で回し車をうまく走ることができるのか。その塾がダメなら次の塾へと、違う回し車に乗せていく。もちろん勉強はできたほうが良いですが、今の中学受験はどうなのか。ただカラカラと上手に走らせられるかどうかで、それが脚力をつけているとは思えないのです」

「その回し車は親が用意するもので、子どもには相当の負荷がかかっている。そこまでしないと入学できない私立中学に行かせて幸せなのか。目指す学校という檻のなかで走る体力がついただけではないかと思うのです」

親も子も、それぞれの人生がある。徹さんは、「親が子に何かをやらせなきゃと焦る必要はないのではないでしょうか。知識だけ詰め込んで試験を受ける今の子に、本当に生きる力がつくのか」と疑問を感じるからこそ、中学受験の必要はないと判断している。

進路の先にある「良い就職」へのルートは多様にある

中学受験の先に、最終的には「良い就職」が視野に入っているのだろうが、そこに辿り着くまでにはさらに多くの関門がある。そもそも「良い就職」へのルートは中学受験だけでなくさまざまな選択肢があり、親の思い描くシナリオだけが子どもの進むべき道ではなさそうだ。

ある地方では、商業高校や工業高校の人気が普通科よりも高いという。

前述した学校関係者は、「親は普通科を卒業してほしいと思いがちで、その影響から『なんとなく』普通科の高校に入学して、偏差値の上中下のなかで『中の下』から『下』になると就職が厳しく内定が出ない学生が多い」と、実情を語る。

普通科に入ったもののテストが苦手だという理由で大学受験を避け、専門学校を逃げ道として選ぶ生徒も少なくない。専門学校に通っても、手に職をつけようという意識がなければ、就職するのは困難となる。

一方で、工業高校は「これがやりたい」という動機を持って入学する学生が多く、学校側は資格を取得できるように厳しく授業を行う。学生は親の意向を汲んで「ただ通っている」わけではないため、意欲が高い。そのため求人では、地元の一流メーカーなどからの人気が高いという。工業高校から工学部のある大学に進む学生も増えており、工業高校の入試倍率が名門と言われる旧制一中より高いこともある。

ある会社社長は、「いわゆる良い学校、一流企業だけが人生ではない。企業のなかで『現場の中心を担う人材』として大事にされる能力は、偏差値を上げるためのマニアックな勉強で得られるものではない」と断言する。

「多様な環境で関係を築いてく力」が必要になる

教員から見た公立の小中学校の役割とは何か。連載第2回で取材した小学校教員の谷口加奈さん(仮名、30代)はこう思う。

「教育の根本として、誰とでもコミュニケーションできるように、公教育があると思うのです。いろいろな人が通う状況で、仲良く学ぼうとするのが公立の学校。自分に子どもができたら公立に通わせます。問題を抱えている子もいるし、子ども同士のトラブルもある。そういった環境の中でもうまく関係を築いていく力が、社会で生きていくうえで必要なのですから」

前述の学校関係者もこう語る。

「義務教育は、地域の公立学校で多様な人のなかで過ごしたほうがいい。家庭に事情のある人、スポーツや勉強が得意・不得意な人など、多様な人のなかでこそ豊かな人格が形成されていくものです。幅広く人を見ていなければ寛容性は育たないし、立場の違う人への思いやりも育たないのではないでしょうか」

「中学受験を突破した子どもたちを『エリート』扱いしもてはやす社会では、教育の質が悪い方向に変わってしまうのではないか。教育改革をしたいという今の政治家が思うエリートは『ノブレス・オブリージュ』ではない」

ノブレス・オブリージュとは19世紀にフランスで生まれた言葉で、当時の階級社会のなかで貴族を指して「身分の高い者には、それに応じて果たす社会的責任と義務がある」という意味がある。

自己の持つ力を磨き、その能力を社会に還元する。それが真のエリートであるはずだが、そうした行く先への意識が、今の中学受験にあるのだろうか。ただの椅子取りゲームと化してはいないか、冷静に考える必要がありそうだ。

【『中学受験する・しない? 親の悩み・子どもの進路を考える』連載は全4回。第1回では「中学受験ブームとその背景」を解説。第・3回では「中学受験と学校の現状」を教師・学校関係者に取材、第4回では、「中学受験とそれ以外の進路、子どもの人生を豊かにする選択」について深掘りします】

年収443万円 安すぎる国の絶望的な生活
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こばやし みき

小林 美希

Miki Kobayashi
ジャーナリスト

1975年茨城県生まれ。水戸第一高校、神戸大学法学部卒業後、株式新聞社、毎日新聞社『エコノミスト』編集部記者を経て、2007年よりフリーのジャーナリスト。就職氷河期の雇用、結婚、出産・育児と就業継続などの問題を中心に活躍。2013年、「「子供を産ませない社会」の構造とマタニティハラスメントに関する一連の報道」で貧困ジャーナリズム賞受賞。著書に『ルポ 正社員になりたい』(影書房、2007年、日本労働ペンクラブ賞受賞)、『ルポ 保育崩壊』『ルポ 看護の質』(岩波書店)、『ルポ 産ませない社会』(河出書房新社)、『ルポ 母子家庭』(筑摩書房)、『夫に死んでほしい妻たち』(朝日新聞出版)、『年収443万円 安すぎる国の絶望的な生活』(講談社)など多数。

1975年茨城県生まれ。水戸第一高校、神戸大学法学部卒業後、株式新聞社、毎日新聞社『エコノミスト』編集部記者を経て、2007年よりフリーのジャーナリスト。就職氷河期の雇用、結婚、出産・育児と就業継続などの問題を中心に活躍。2013年、「「子供を産ませない社会」の構造とマタニティハラスメントに関する一連の報道」で貧困ジャーナリズム賞受賞。著書に『ルポ 正社員になりたい』(影書房、2007年、日本労働ペンクラブ賞受賞)、『ルポ 保育崩壊』『ルポ 看護の質』(岩波書店)、『ルポ 産ませない社会』(河出書房新社)、『ルポ 母子家庭』(筑摩書房)、『夫に死んでほしい妻たち』(朝日新聞出版)、『年収443万円 安すぎる国の絶望的な生活』(講談社)など多数。