「就職率99.2%」工業高校オドロキの実績・大手企業就職や大学進学も〔専門家が解説〕選択肢【中学受験】だけじゃない
中学受験する・しない? 親の悩み・子どもの進路を考える #4
2024.01.26
【中学受験者数が過去最高を記録する中、令和の子育て世代にとって「中学受験するか・しないか」は悩ましい問題だ。中学受験ブームが過熱する背景を解説した第1回、学校関係者に中学受験と子どもたちのメンタルの変化について取材した第2・3回に続き、第4回では「中学受験以外の進路とその先のキャリアデザイン」について取材、「年収443万円」の著者でジャーナリストの小林美希氏が解説する】
目次
首都圏を中心に中学受験が過熱している。背景の一つとして、就職氷河期をくぐり抜けてきた親世代が、中学受験を通して我が子に「良い学校・良い就職」を希望しているという事情があることを、第1回で解説した。
しかし、中学受験で人生が決まるわけではない。中学受験しないという選択にはポジティブな面もある。
中学で受験せず、公立中学校に進んだその後の進路には、どのような可能性があるのか。
工業(工科)高校を出て日本の底力である物づくりを支えていくことや、大学に入学してから好きなこと・目指すものが明確になって第1志望の企業に内定を得て活躍することもできる。
全国工業高等学校長協会の福田健昌理事長に「工業高校のもつ可能性」を、キャリアデザインスクール「我究館」の杉村貴子館長と吉田隼人エグゼクティブ・コーチには「大学生のもつ可能性」について聞いた。
就職率99.2% 引く手あまたの工業・工科高生
──技術革新の躍進で、デジタル技術で社会や生活の形を変える「DX(デジタルトランスフォーメンション)」が推進されるなど大きく社会が変化するなか、2023年度から都内の「工業高校」は「工科高校」に名称が変わり、教育内容の充実が図られています。
そうしたなか、工業(工科)高校生は就職で引っ張りだこ。全国の高卒新卒者の有効求人倍率は2020年度で2.89倍の一方、全国工業高等学校長協会がまとめた工業系専門高校の同年度の有効求人倍率は15.12倍と高くなっています。
工業(工科)高校各校がホームページで就職先や進学先の実績を公開しています。たとえば福田会長が校長として勤務する東京都立六郷工科高校では、2023年3月卒業の生徒のうち就職者が61人、進学者が40人、その他が20人。就職先にはトヨタ自動車や日産自動車などの大手企業が名を連ね、注目を集めていますね。
福田健昌理事長(以下、福田):高卒で大手自動車メーカーの研究職に就くなど、大学生であっても内定を得るのが困難な企業や職種に決まる生徒がいます。中小企業からの期待も大きく、引く手あまたの状況です。
今年度、当校には就職希望者の約40人に対して求人が3000件以上もありました。通常、高校生向けの求人は「全国への高校への公開可」とあるのですが、工業高校だと「全国への高校への公開が不可」となっている特別な求人もあります。
地方の有名企業が東京の工科高校生をリクルートする傾向も強まっています。高校の普通科を卒業して製造業で働く社員から「工業高校の存在を知らなかった。もし知っていれば、工業高校に入っていたはず」という声を多く聞きます。
──例えば六郷工科高校では、どのようなことを学ぶことができるのでしょうか。
福田:六郷工科高校には、機械技術を柱として、
・製品を生産するために必要な基礎を学ぶ「プロダクト工学科」
・自動車をテーマに工業技術を学ぶ「オートモビル工学科」
・電気システムやコンピュータシステムを学ぶ「システム工学科」
・ポスターやパンフレットの制作、工業製品のデザインを学ぶ「デザイン工学科」
・学校と企業が連携してもの作りの職業人を目指す「デュアルシステム科」
の5つの学科があります。
福田:当校は「国家資格3級自動車整備士」の実技試験免除校になっていることなどから、資格を取得する生徒が多くいます。
自動車整備士だけでなく、普通旋盤技能士、電気工事士を取得する。グラフィックデザイン検定や情報技術検定をとる、フォークリフト特別教育や高所作業者運転特別教育を受ける生徒もいます。
学校では、本物の高価な機械を使って金属を削るなどの実習を行います。生徒たちは自ら放課後に残って練習しながら成功体験を積み重ね、自信を持って社会に出ていきます。
教員はあくまでファシリテーター。生徒は技術への関心が高く、自分ならこうすると試行錯誤して実践しています。女子生徒もその道のプロになって活躍しています。
──廊下に展示されている疑似の広告ポスター、お菓子の商品パッケージなどの作品は、プロさながらですね。
福田:デザイン科では、近くの商店街にある店の電子公告の作成や商品やイベントのポスターの制作などを行っています。地元のスポーツ大会向けに生徒が横断幕を作ることもあり、実践力がついています。デザイン科ではデザインだけでなくプログラミングも学んでいるので3Dの広告を作ることもできます。
──全国工業高等学校長協会の調べでは、工業(工科)高校生への求人が多いだけでなく、離職率が低くなっていますね。2020年度の離職率は、高校生全体だと39.5%、大卒で32.8%ですが、工業高校卒は16.3%となっています。
福田:工科高校や商業高校は先輩との結びつきが強く、面倒見のいい先輩が多い。先輩が入社している企業であれば、イメージや雰囲気が分かり、生徒との相性も摑みやすい。
高校生の就職は一人1社制で、1社受けて内定が出たら他を受けられないルールになっていますが、だからといって選択肢が狭いということではありません。
福田:企業選びは就職活動期だけではない。工科高校生はインターンシップなどを通して3年かけて企業を選んでいます。高校2年の3学期には希望する企業の絞り込みが始まっていて、本当にやりたいことが実現できる企業を選んでいきます。求人が多いため、自分の進みたい道を選んで歩むことができるのです。
高校進学の選択肢が増える 中受しないメリット
──進学する生徒も増えていますね。六郷工科高校では、昨年度、東京電機大学や帝京大学などへの合格者、工学や自動車系の専門学校に進んだ生徒もいますね。
全国工業高等学校長協会の調査では、2022年度、全国の工業系高校から理工科系の国公立大学に688人が、理工系の私立大に7000人以上が進学しています。国公立大では積極的に総合型選抜(AO入試)や学校推薦型選抜(推薦入試)で工業高校生を受け入れています。
福田:大学入試が全体的にAO入試にシフトしていますが、高校生活で何を取り組んだかを聞かれたとしても、工業(工科)高校生は実習やインターンなどの経験が豊富で話題に事欠きません。生徒から面接の練習をしたいと言われて何回も付き合いますが、高校3年間の経験で自信をつけているため、上手に受け答えできるようになります。
──工業(工科)高校の魅力や可能性とは、どういうものでしょうか。
福田:偏差値だけで選んで工業(工科)に入ると向かないこともありますが、もの作りが好きであれば、たとえ手先が不器用でも道はあります。ものは作るだけでなく、直す仕事も、壊す仕事もある。色を塗る、設計する、プログラムを作るなど、職種はさまざま。
どこに自分の適性があるか分かりません。もの作りには広い可能性があるのです。子どものころに折り紙を折ったり、工作したり。皆、もの作りが好きなはず。小学校で図工の時間が減り、中学校でも美術が受験科目でないことで授業時間が削られる。工業(工科)高校の進学希望者が少なくなるのは、その影響が小さくありません。
日本はクオリティの高い製品を作ることができます。もの作りの国として人材を育て、技術を継承していかなければなりません。公立高校が公教育として社会から求められる人材を育成し輩出していく意義は大きい。社会に出る近道が、ここにあります。その道は何本もあって、自分で道を決められるのが工業(工科)高校なのです。
──中学受験が過熱する中、人気の志望校は高校までの一貫校がほとんど。工業(工科)高校を受験する選択肢が最初からなくなることを意味します。
福田:中学受験が過熱していますが、工業(工科)高校のもつ可能性も視野に入れてほしいです。中学生はもちろん小学生にも工業(工科)高校のことをもっと知ってもらいたい。
小学5年生が社会の授業で自動車産業を勉強するようなタイミングで、小学生の高校見学を積極的に受け入れています。いろいろな道があるということを、小学校や中学校の教員にも知ってもらいたいと思います。