「中学受験」過去最多…首都圏は5人に1人 「就職氷河期世代」の保護者たち・生涯賃金の格差

中学受験する・しない? 親の悩み・子どもの進路を考える #1

小林 美希

写真:アフロ

【中学受験ブームが止まらない。中学受験市場の拡大、学歴別の生涯賃金、就職氷河期世代の保護者たちなど、中学受験が過熱する背景について、「年収443万円」の著者でジャーナリストの小林美希氏が解説】

「中学受験は当たり前」と思っていたが…

「周りの子が当たり前のよう中学受験をするため、娘も受験塾に通うことにしました。けれど、娘は“受験モード”に入ることができません……」

都内在住の木村洋子さん(仮名、40代)は、頭を悩ます。娘は小学6年生。中学の入試が本番となる2月を目の前にしているが、一向に娘のやる気は見えない。

娘の通う小学校は、約半数が中学受験をするという環境だ。小学校低学年のうちは「勉強はやる気になってからでいい。のびのび遊んだほうがいい」と思っていた。

小学3年生になると周りの子どもたちが次々に受験塾に通い始め、ママ友からは「小学3年から塾に入らなきゃ遅いって。いい塾はすぐに定員が埋まっちゃうよ」とプレッシャーをかけられた。

友達につられる形で娘を大手の塾に入れたが、当の本人にスイッチは入らない。やる気がない娘にいくらはっぱをかけても、偏差値は上がらない。

入試が迫ってきて焦る洋子さんが、ついつい、きつい言葉で𠮟りつけると、娘は「私は受験なんてしなくていい」と声を荒らげ、泣きながら部屋に閉じこもってしまう。洋子さんは、娘をなだめるので精一杯だ。

洋子さんは、

「このまま受験して何か意味があるのか分からなくなっていますが、すでに何百万円も投資してしまっています。今さら受験しないという決断はできません」

と、ため息をつく。

受験者数は過去最多

▲首都圏での中学受験者数は過去最多。約5人に1人が中学受験をしている割合だ(写真:アフロ)

首都圏で最大規模の中学受験向け公開模試を行う「首都圏模試センター」によれば、首都圏での2023年の私立・国立中学受験者数が過去最多の5万2600人となり、受験率も過去最高の17.86%をつけ、約5人に1人が中学受験をしたことになる。

東京都の「公立学校統計調査報告書」から、23年3月に都内の公立小学校を卒業した子どもたちの進路を見てみよう。

都内の都立・国立・私立中学に進学した割合は、東京23区では文京区が最も高い54%で過半数を占めた。次いで中央区が49%、港区が47%、目黒区が43%と高くなっている。

地域や学校によっては、6年生の半数以上が受験している状況だ。

受験者数の増加とともに、家庭の塾への支出も増えている。

文部科学省の「子どもの学習費調査」から「補助学習費」(自宅学習、学習塾、家庭教師などの経費)の支出の変化が分かる。

保護者が支払う補助学習費を2018年度と2021年度とで比べると、公立小学校に子どもを通学させている場合は年間8万2000円から12万円へ、私立小学校では同34万8000円から37万8000円に増えている。

拡大する中学受験市場

このような環境下、中学受験向けの塾の業績は好調だ。

たとえば大手で株式を上場している早稲田アカデミーの2023年3月期決算は、売上高が307億2800万円で前期比7.6%増となっている。

塾の生徒数の推移を見ると、小学生は2018年3月期の1万7812人から22年3月期は2万7610人へと大幅に増えている。

一方で、高校生は3446人から2432人と減少傾向。中学生は1万5227人から1万6907人に微増に留まる。

塾の売り上げをけん引しているのが、中学受験をする小学生だということが分かる。

売り上げが伸びているだけでなく、同社の利益は大幅に増加している。経常利益は24億3100万円で前期比32%増、当期純利益は15億5300万円で同40.2%増となった。

同社の決算説明資料によれば、利益を押し上げる要因として、1校舎当たりの生徒数を増やしたことにある。18年3月期は1校舎当たり197.3人の塾生だったが22年3月は260.4人に増えたとしている。

同社は、首都圏での難関校受験対策とした「個別指導部門」の拡充を目指している。個別指導校舎数は23年3月期の約60校から27年3月期に「100校体制」を確立、個別指導部門の売上高は現在の約25億円から約35億円へ伸ばす方針だ。

また、首都圏での中学受験の過熱ぶりは続くと予想し、全体の売上高についても2026年3月期の353億4000万円を目指し、増収増益の業績予想を立てている。

学習塾予備校市場規模推移
出典:矢野経済研究所

矢野経済研究所が2021年に実施した調査によれば、学習塾・予備校市場規模の推移は2017年度の9690億円から2021年度(予測)も9690億円と横ばい状態。

19歳以下の子どもの人口は2017年の2614万3533人から2021年に2437万3471人と減少の一途をたどる。そのなかで健闘しているのは、中学受験事業の業績向上が全体を押し上げていることが伺える

就職氷河期を経験した親世代

中学受験が増加する背景には、2000年代~2010年代に正社員が“勝ち組”、非正規雇用が“負け組”と言われた、就職氷河期世代である親の不安が大きいのではないだろうか。

冒頭の洋子さんは一流と呼ばれる大学を卒業したが、超と呼ばれる就職氷河期で雇用環境に恵まれなかった。

バブル経済期に80%を超えていた大卒就職率は、バブル崩壊後に低下し、2000年に統計上初の60%を下回る55.8%をつけ、2003年には55.1%と過去最低を更新。

大学を卒業しても2人に1人しか就職できない状況だった。

▲いま子育てをしている親たちは、壮絶な「就職氷河期」を経験した世代が多い(写真:アフロ)

労働者に占める非正規雇用率は増え続け、2000年の25.8%から2022年は36.9%へと上昇している。(総務省統計局・労働力調査

洋子さんも、就職活動では40社以上の就職試験を受け、採用された先はブラック企業。

正社員として働き始めたものの、サービス残業で終電帰りの毎日。数年もすると体調を崩して、退職せざるを得なくなった。

それ以降は、派遣社員や契約社員などの非正規雇用が続き、“負け組”の烙印を押された。そうした経験から洋子さんは、こう思うようになっていた。

「確実な人生を歩んでほしい。『大手企業に正社員で入社する』ことから逆算したら、学歴があってはじめてスタートラインに立てる。高校受験でなく、合格しやすい中学受験で先取りして席を確保しなければ。中高一貫校であれば、大学受験対策も学校が先取りしてやってくれる。だから、中学受験は必要不可欠だと思ったのです」

それに加えて、洋子さんは公立学校の教育の質も懸念していた。

娘の通う小学校では、激務からメンタルヘルスを崩して休職する教員が続出し、副校長や校長が代理で授業をするなど、教員不足の状態だ。

地元の公立中学の評判も芳しくない。

公立中学に入って“担任ガチャ”で外れて、内申点が取れなかったらどうしよう──。

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