前回の記事では、自分のSNSに他人の悪口を書き込んだり、ネットニュースや他人のSNSに誹謗中傷コメントをつけたりすることのリスクついて説明しました。では逆に、自分が誹謗中傷された側になったらどうすればいいのでしょうか? 西田穣(にしだみのる)弁護士に、その手続きについて伺いました。
「これって私のこと?」親しくしているママ友のSNSにショック
例えば、自分が参加していないLINEグループ内で悪口を言われていた。TwitterやInstagramに心無いコメントをしつこく書いてくるのは親しくしているママ友かもしれない……。ふとしたきっかけでこうしたことに気づいてしまうことがあります。
前回の記事でご説明したように、限られた人数しか見ることができないLINEグループでの会話であれば社会的影響が少なく、侮辱罪や名誉毀損罪が成立する可能性もありますが、法的措置に踏み切るのにはためらいがあります。もちろん本人としては悔しいでしょうが、価値観の合わない相手や、そういう行為を楽しむような性格のママ友とはそっと距離を置くのが賢明です。
問題は、ママ友のSNSに自分との関係性がわかるような形で書き込まれてしまった場合、あるいは、自分の投稿にママ友が誹謗中傷のようなコメントをつけた場合です。いずれもアカウントのフォロアー数があまりいない場合、もしくは書き込まれたのが1回きりだった場合はすぐにどうなるというわけではないかもしれませんが、フォロアー数が多かったり、繰り返し書き込まれたりすると、さすがに「様子見ではいられない」と感じることもあるでしょう。
例えば、子どもが同じ学校のママと思われるアカウントに、こんな書き込みがあったらどう思うでしょうか?
「今日、下の子の友達が遊びに来た後、うちの子の大事にしてたシールが無くなってたの。あそこ、たしかシンママなんだよね……」
「息子のサッカークラブのコーチと、一緒に習ってる子のママが密会してたの、見ちゃった。写真もあるよ」
「仲良しのママ友にお金を貸したのに返してくれなくて困ってる。私のほかにも何人にも借りてるらしい」
「うちのクラスのボスママ、PTA会長だからってみんな頼りにしてるフリはしてるけど、ほんとは嫌われてるんだよね」
「Eくんママ、小学校のときにいじめをしてたって本当? わぁ怖い~私いじめられたらどうしよう」
見た人は「本当か噓かはわからないけど、この人たちにはちょっと気を付けなきゃ」と思ってしまうのではないでしょうか。たとえ名前が書かれていなくても、同じ学校に子どもを通わせている人などはなんとなく誰のことかわかってしまうものです。
また、自分の投稿へのコメントとして「ブスのくせにブランドものの服着てるんじゃねーよ」「子どもと顔似てないね。整形?」「お子さんの成績が悪いのは親の頭が悪いからでは?」など、繰り返し書き込まれたらどうでしょう? 具体的なことはなに一つ書かれていないものの、その悪意に満ちた言葉による精神的ダメージははかりしれません。
こうした誹謗中傷に対してまずやるべきなのが、画面のスクリーンショットを撮るなどして、証拠を残しておくことです。後から「言った・言わない」の議論になるのを防ぐためです。その後、投稿の削除を求めます。多くのSNSにはそれぞれ、「通報」や「削除依頼」のフォームが設けられているので、まずは連絡をしてみることをおすすめします。
ただし申し立てを行っても必ずしも削除されるとは限りません(実際はかなり難しいところがあります)。さらにSNSでは「いいね」やリツイート、シェアなどを通して簡単に拡散されるため、元の投稿が削除されてもネット上のどこかに残っていれば、ふとしたきっかけで再び多くの人の目に触れることも十分考えられます。
2022年から法的措置に踏み切るハードルが低くなった
根本解決を望むのであれば、やはり当事者同士が話し合いの場を設けることが大切です。とはいえ、SNSのように相手が誰だかはっきりしない状態では、それは簡単なことではありません。アイコンや前後の投稿から顔見知りかもしれないと想定はできても、正面きって「あなたがやっているの?」と問いただすのはかなり難しいのが現実です。
ではどうするか。相手を特定するには「発信者情報開示請求」を行って、SNSの運営会社やインターネットプロバイダなどに投稿した人の情報を開示してもらいます。この手続きを定めているのが「プロバイダ責任制限法(正式名称:特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律)」です。
実はこの「プロバイダ責任制限法」は、2021年4月に改正されて(施行は2022年10月から)、開示にともなう費用と時間が大幅に少なくなりました。以前は1人分の情報を開示させるためには、サイトやSNSの運営会社と通信事業者に別々に裁判を起こさなければいけなかったのがまとめてできるようになり、ネットの掲示板やホームページだけでなくSNSなどのログイン型サービスにも開示が認められやすくなったのです。
相手が特定できれば、話し合いを始めることができます。「あることないこと書き立てられたせいで、学校のママたちから距離を置かれている。子どももいじめにあっているようだから引っ越しを考えている」といったような深刻な場合には、民事裁判を起こして損害賠償請求をすることも視野に入ってくるでしょう。
もっとも、どうせバレないと高をくくって書き込みを続けていた相手が、通信事業者から開示請求の連絡が来たことで事態の重大さに気づき、書き込みをやめたり謝罪をしてきたりするケースもめずらしくありません。「発信者情報開示請求」だけでも十分な効果はあるということです。
法的措置を取るならなるべく早く専門の弁護士に依頼を
発信者情報開示請求は個人で行うこともできなくはありません。ただし、通信事業者のログ(誰がいつどこから、どんな機器でログインしたかなどの履歴)は保存期間が数ヵ月というところがほとんど。手続きに手間取っている間に時間切れで結局開示できなかったということを避けるためには、IT分野に慣れている弁護士に依頼するほうがよいと思います。また同じ理由で、法的手段を取ると決めたらなるべく早く動くことが大切です。
もし、法的手段に訴えるかどうか迷ったら、以下の基準にあてはまるかどうか考えてみてください。
・公然の場であること(不特定多数の目に留まる場である)
・誰のことを言っているかがわかること(ぼかしていても容易に推察できる内容)
・書かれた人の社会的評価が下がる内容であること(真偽は問わない)
この3つが揃えば、侮辱罪もしくは名誉毀損罪が成立する可能性は高いといえます。
ちなみに過去には、投稿やコメントだけでなくTwitterでのリツイートや「いいね」に対しても法的責任を問えるとした裁判例があります。リツイートは、誹謗中傷をさらに多くの人に広めることになります。また、投稿に対して自分の意見を付け加えない「いいね」は同意とみなすこともでき、投稿者と一緒になって誹謗中傷しているのと同じということです。もちろん、1回のリツイートや「いいね」だけで名誉毀損になるとはいえませんが、特定の人に対する誹謗中傷投稿に毎回のようにリツイートや「いいね」している人に対しては、投稿者と同じ法的措置を考えてもいいかもしれません。
総務省によれば、「プロバイダ責任制限法」改正の目的は、「インターネット上の誹謗中傷などによる権利侵害についてより円滑に被害者救済を図るため」とされています。今回、発信者情報開示請求のハードルが下がったことで、誹謗中傷に泣き寝入りする人が少しでも減ることを願っています。
西田 穣
慶應義塾大学文学部(史学科)卒業。西武鉄道株主訴訟弁護団(2004年~2016年)、日本弁護士連合会取調べの可視化本部事務局次長(2008年~2016年)、自由法曹団本部 事務局長(2015年10月~2018年5月)、関東弁護士連合会 常務理事(2020年4月~2021年3月)、東京弁護士会期成会 事務局長(2021年4月~)など。専門分野は交通事故その他民事一般、離婚等家事事件一般、刑事事件(裁判員裁判を含む)、遺産分割、遺言等相続全般、借地借家を含む不動産取引全般など。趣味はマラソン、トレーニング。 東京東部法律事務所 https://www.tobu-law.com/
慶應義塾大学文学部(史学科)卒業。西武鉄道株主訴訟弁護団(2004年~2016年)、日本弁護士連合会取調べの可視化本部事務局次長(2008年~2016年)、自由法曹団本部 事務局長(2015年10月~2018年5月)、関東弁護士連合会 常務理事(2020年4月~2021年3月)、東京弁護士会期成会 事務局長(2021年4月~)など。専門分野は交通事故その他民事一般、離婚等家事事件一般、刑事事件(裁判員裁判を含む)、遺産分割、遺言等相続全般、借地借家を含む不動産取引全般など。趣味はマラソン、トレーニング。 東京東部法律事務所 https://www.tobu-law.com/