子どもにより良い教育環境を求めて、地方や海外に移り住むことを「教育移住」と言います。
2020年春に、娘を「軽井沢風越学園」(以下、風越学園)に入学させるために、家族で東京から軽井沢に引っ越し、「教育移住」を実現させた坂口惣一さん(42)。
後編では、移住後の家族に起こった変化についてお伺いします。
全2回。前編#1を読む
園になじむまで時間がかかった長女
風越学園の幼稚園では、子どもたちはほとんど野外で活動します。今では、登園からお迎えまで元気に遊んでいる坂口さんの長女ですが、入園当初は朝の集まりの輪になかなか入っていけない日が続いたと言います。
「風越学園では、紙のプリントは基本的になく、オンラインのプラットフォーム上で学校関係者や保護者がやりとりをしています。長女の様子も、月に何度かオンラインで共有されます。
そこには、『輪から離れているけれど、話に耳は傾けている』『これが今、彼女がとりたい距離感だと感じ、そのままにしていた』とありました。
それまで私は、“輪にすんなり入ること=良いこと”で、“控えめな様子は積極的になるよう改善した方がいい”と思っていましたが、違うかもしれないと気づかされました。私自身が固定観念にとらわれていたのかもしれないなと思ったんです」(坂口さん)
風越学園では、子どもたちがケンカなどで泣いていてもスタッフはすぐには仲裁に入らずに、あえて見守ることもあるようです。
「スタッフは子どもたちの様子にもちろん気づいているのだと思います。でも、すぐに手を出してその場を仲介するのではなく、まずは子どもたちがどうするのか様子を見ているようです。
娘にも、大人の支援が必要な場面になったら、『まずどういう気持ちなのか』を問いかけてくれて、丁寧に子ども自身の気持ちに向き合いながらやりとりしてくれます。
子どもを信じてくれていると感じますし、保護者としてもスタッフの接し方から学ぶところがたくさんあります」(坂口さん)
こうしたスタッフや友達に囲まれ、自然豊かな環境の中で過ごすうちに、長女はどんどんたくましく変化していきました。
「ある雨の日、屋根の上から雨が流れ出て滝のようになっているのを見つけると、すぐさま走っていって『あまだれ!』と言って滝のように浴びる。泥の水たまりがあれば、すかさず『泥温泉!』といって飛び込む。日々、自然の中でたっぷり遊ぶ姿を見せてくれるようになりました。
誰も子どもたちを止めないので、いい意味でストッパーが外れていると思います。僕は専門家ではないのでわからないですけど、子どもを眺めていると、自分と自然を一体化して見るようなところがあるのかなあと感じるんです。
鳥や虫、植物といった生き物を自分の分身のように感じる日常は、子どもがこれから何かを育んでいくための大きな糧(かて)になると信じています」(坂口さん)
大人にも大きな変化「つくる楽しさに目覚める」
暮らしの面では、子ども以上に、大人に大きな変化があったといいます。
「周りに物づくりを楽しむ人が多い影響で、棚、机、パン、野菜、米……、なんでも自分でつくりたいなと考えるようになりました。畑仕事や、DIY、キャンプなど、都会ではやりたくてもできなかったことに挑戦できるようになってきました。
ここでの生活は、『消費』の外に少しだけはみ出す感覚があります。ほしいものを見つけたとき、『いくらだろうか?』とお金の目線ではなく、『これ、どうやったらつくれるのかな』とつくり手の目線を少しだけ持てるようになったのが、大きな変化です」(坂口さん)
秋には、家族で初めてきのこ狩りにも行くなど、日々の暮らしを楽しんでいます。
「きのこにこれだけの種類があるのか! と衝撃でした。採ったきのこはその晩にきのこ鍋にしていただきました。
娘はそこまできのこが好きではないんですが(笑)、自分で育てたり採ったりしたものを食卓に並べると、興味の持ち方が違いますね。軽井沢へ来てから、大人も子どもも“初めて”をたくさん経験しています」(坂口さん)