SNSで暴走する正義感 子どもを「加害者・被害者」にしないスキル 名門校・開成学園の「国語」授業とは

国語教諭・神田邦彦先生インタビュー 第3回

木下 千寿

神田邦彦先生
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瞬時にして人を傷つけ、ときにはその激しい言葉が人の命まで奪ってしまうSNS上の誹謗中傷。誰もが指先ひとつで「加害者・被害者」になってしまう可能性があり、大人はもちろん、子どもたちにとっても非常に身近でかつ深刻な問題です。

この「ネットの誹謗中傷問題」が、全国でもトップの東大進学者数を誇る名門校・開成中学で、国語の授業として取り上げられたことが話題になり、書籍化もされました。
(『中学校の授業でネット中傷を考えた 指先ひとつで加害者にならないために』宇多川はるか著)

授業を行った神田邦彦先生に、ネットの誹謗中傷を「国語」の授業として取り上げた背景・誹謗中傷問題を防ぐための教育についてお聞きした第1回、「ネット上で求められる国語力」についてお聞きした第2回に続き、最後の第3回となるこの記事では、「暴走する正義感」・「親子で考えるスマホとの付き合い方」についてお聞きしました。

暴走する正義感…自分の「正しさ」に対して疑問を持つ

──誹謗中傷が起こる背景には「正義感の暴走」があるのでしょうか?

神田邦彦先生(以下、神田先生):
僕は“正しい”ということに対して、生徒によく「善悪二元論でものを考えるのは危険だよ」と言っています。


世界で起きているすべての紛争も、双方が「自分たちが正しい」と思ってやっているわけです。物事を善と悪で分けてしまえばシンプルで分かりやすく感じますが、善悪二元論の危うさを生徒に伝えたいと思っています。「君の思っている“正しい”は、本当に正しいか?」と。

授業で、ある写真を提示したことがあります。

とある公園で、蛇口が折り曲げられた水道と、男子学生の後ろ姿が写っている写真です。公園の蛇口を壊して遊ぶ様子を友人と撮影したものです。生徒たちからは「そんないたずら、ダメじゃん」という反応が出ました。


この写真はかつて、ネット上で炎上し拡散されました。その結果、いたずらをした男子学生は特定され、実名をさらされ続けたのです。“祭り”化した正義によって、彼はこの先もずっと『デジタルタトゥー』が残るという事態に追い込まれました。

確かに、この男子学生がやったことはよくないいたずらですが、永遠に責めを負うほどのことだったのか。一見、正論にみえるものが、いつの間にか暴走し始めるというワナはあると思います。その潮流に吞み込まれたとき、自分は「あれ!?」と違和感をもてるか。その感覚がとても大事だと、僕は思います。

また、“正しい”ことを大声で言うと、たいていの場合は厳しくなってしまいます。

以前、ネットの誹謗中傷が原因でお亡くなりになった木村花さんのお母様・響子さんとお話しした時、「『正しいかどうか』ではなく『優しいかどうか』を改めて考えてから発信しても遅くはない」とおっしゃっていました。これは、非常に分かりやすくステキな基準だなと思います。


そのような物差しを持って言葉を選ぶことができれば、人を傷つけることも回避できるのではないでしょうか。

▲神田先生の授業を取り上げた書籍『中学校の授業でネット中傷を考えた 指先ひとつで加害者にならないために』では、木村花さんの母・響子さんが千葉県の小学校で行った特別授業の様子も収録されている。

「言葉」に自覚的になり、その技を磨く

──スマホは、今や大人にとっても子どもにとっても欠かせないツールですが、怖さも孕んだアイテムだと改めて感じました。

神田先生:
アルコールや薬物の中毒の場合、患者が「飲みたい」「服用したい」と思って手を伸ばしますが、お酒や薬物が「自分を飲んでよ」とアピールしてくるわけではありません。しかしスマホはアラート(通知)という形で「僕を見てよ」「使ってよ」とアピールし、こちらの関心を向けさせるしくみになっていますよね。

ですから生徒たちには「大人が全精力を懸けて、君たちの時間とお金を奪うように仕組んでいるんだから、君たちがよっぽど注意しないと、全部持っていかれるよ」と話しています。

生徒に、「スマホって、何泥棒だと思う?」と聞くんです。すると「時間泥棒」という答えがたくさん返ってくるのですが、僕の伝える答えは「未来泥棒」です。いろいろな意味で、未来を奪うよと。


勉強に使うべき時間を奪い、スマホから何か不適切な発言をすれば、自分の将来まで奪われかねない。もちろん、それはスマホのせいではなく、最終的には自分の責任ですが、スマホの誘因力は大変強い。とても怖いことだと思います。


車を運転するには免許が必要ですし、調理で包丁を長時間使う人はそのために修練を積んでいます。

しかし誰もが、スマホという「自分にも他者にも危険を及ぼしかねない、扱いが非常に難しいアイテム」を、講習も免許もなしに朝から晩まで使っています。だからこそ、ネットで言葉を使うことに対してもっと自覚的になり、その技を磨かなければならないのだと思います。


これは子どもだけでなく、大人に対しても同じことが言えると思います。

親がスマホとの付き合い方を子どもに伝える前に

──スマホが抱えているそういった怖さこそ、親子で共有したいポイントです。

神田先生:
親御さんとしては子どもがスマホばかりいじっていると勉強の妨げになるから、それをどうにかしなければ、という意識があるかと思います。

しかしスマホの本当の怖さは、もっと深いところにあります。

いちばん怖いのは、本人の認識の有無にかかわらず、ネット上で加害行為をしてしまうこと。

加害行為をしたデジタルタトゥーが残れば、一生取り返しのつかない事態になる可能性もあります。親御さんもその怖さをしっかり感じ取ったうえで、子どもさんに対してスマホへの注意を促さなければいけないと思います。

「スマホばっかりしていちゃダメ」と頭ごなしに𠮟るだけでは、子どもたちは単に成績や生活態度を注意されているという受け止めに留まり、自分の腹までは響かないでしょう。


「スマホでのさまざまな表現は、君の将来に関わり、君自身の尊厳の根源にも関わるようなこと。だから、使い方や使う言葉をしっかり考えていかなければいけない」

ということを伝えるために、親御さん自身も「言葉」に対するご自身の深い考えを持っていただきたいと、願っています。

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〈この記事のまとめ〉

正論はときに暴走することもあるからこそ、物事を善悪二元論で考えないようにしたいものです。またスマホは便利な反面、さまざまな危険と隣り合わせのアイテム。使用に免許はいりませんが、だからこそ使い方に慎重さが求められます。子どもも大人も、日頃使う言葉に真摯に向き合い、人を傷つけることのない言葉を選ぶスキルを磨いていきたいですね。

【「国語教諭・神田邦彦先生インタビュー」は全3回。ネットの誹謗中傷を「国語」の授業として取り上げた背景・誹謗中傷問題を防ぐための教育についてお聞きした第1回、ネット上での発言に慎重になるべき理由・そしてネット上で求められる国語力についてお聞きした第2回に続き、最後の第3回では、「暴走する正義感」・「親子で考えるスマホとの付き合い方」についてお聞きしました】

取材・文/木下千寿
撮影/神谷美寛

中学校の授業でネット中傷を考えた 指先ひとつで加害者にならないために

『中学校の授業でネット中傷を考えた』冒頭試し読み

左へスワイプ、または右側のボタンをクリックしてください(実際の書籍は右開きです)

指先をほんの少し動かしただけで、瞬時にして人を傷つけ、ときにはその激しい言葉が人の命まで奪ってしまうネット上の誹謗中傷。テクノロジーが発達した現代の新たな問題にとりくんだのは、全国でもトップの東大進学率を誇る開成中学の神田邦彦教諭(国語担当)だった。神田先生の特別授業を追った白熱の記録が、一冊にまとまった!

ネット上の誹謗中傷はなぜ起こるのか? どうしたらなくせるのか? 現代社会に忽然と姿を現し、いまだ解決の糸口さえつかめていないこの大きな課題に対して、開成中学の生徒たちは、神田先生とともに真剣に考え、議論を戦わせた――。

その迫真の授業を再現するとともに、新聞記者である著者と、授業に参加した生徒たちとの対話、授業をふまえて生徒たちがまとめたレポートもあわせて掲載し、この問題へのさまざまなアプローチを紹介していく。

巻末には、リアリティ番組『テラスハウス』に出演した際の言動がネット上で批判の的となり、自ら命を絶ったプロレスラー・木村花さんの母・響子さんが千葉県の小学校で行った特別授業の全容も掲載する。

『中学校の授業でネット中傷を考えた』を試し読みする(全14枚)
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きのした ちず

木下 千寿

ライター

福岡県出身。大学卒業後、情報誌の編集アシスタントを経てフリーとなる。各種インタビューを中心に、ドラマや映画、舞台などのエンターテイメント、ライフスタイルをテーマに広く執筆。趣味は舞台鑑賞。

福岡県出身。大学卒業後、情報誌の編集アシスタントを経てフリーとなる。各種インタビューを中心に、ドラマや映画、舞台などのエンターテイメント、ライフスタイルをテーマに広く執筆。趣味は舞台鑑賞。