答えを自分たちで見つけ出す「プロジェクト型学習」が小学校低学年にこそ必要な理由

[小学校教育2.0]#3 「プロジェクト型学習」とは

熊本大学教育学部准教授:苫野 一徳

「探究型学習」では忍耐力が育たないのでは?

――確かに、「探究型学習」は子どもたちにとって楽しいかもしれません。でも、子どもには、決められたことを我慢して学ぶ「忍耐力」も必要ではないでしょうか?

苫野先生:そのような考えは、学校教育関係者からもよく聞きます。自分が実際に耐えてきた経験、成功してきた経験から、『忍耐力』の必要性を強調したいのかもしれません。

確かに忍耐力は大切です。しかし私は、忍耐力には『低次』と『高次』のものがあると考えています。『受動的忍耐』と『能動的忍耐』と言ってもいいかもしれません。

やらされることにただ耐えるだけの忍耐力は、『受動的忍耐力』です。一方で、自分が探究したいことのために、難しくても粘り強く、あきらめずに探究を続ける忍耐力は、高次の『能動的忍耐力』ではないでしょうか。

『高次の忍耐力』は、自ら本当に知りたい、やってみたい、追求していきたいという気持ちが子どもたちに芽生えたときに身に付くものです。言葉を変えれば、『やり遂げる意志』とも言えます。

探究型のプロジェクト学習では、直接的に学んだ内容だけでなく、付随的反応としてこの『やり遂げる意志』などが育まれることを、プロジェクト学習の元祖であるウィリアム・キルパトリックも重視していました(※1)。

※1 ウィリアム・H・キルパトリック『プロジェクト法』

忍耐力には低次と高次のものがあるという苫野先生の指摘。  写真:アフロ

子どもと話そう 先生と話そう

―― 価値観大きく変化している今、これまで何となく「当たり前」だと感じていた学習方法、学力の意味など、私たち親も改めて考え直さなくてはいけないことがよくわかりました。最後に、子どもにとって「より良い学校教育」を実現していくために、私たち親には何ができるでしょうか。

苫野先生:これは第1回の最後にも述べましたが、今日本の学校教育は、大きな転換期を迎えています。

150年続いた一律一斉のカリキュラムや授業から、『学びの個別化・協同化・プロジェクト化の融合』へ。少しずつではありますが、新しい実践が生まれながら積み重なり、変化しています。

私が普段、学校現場や行政の取り組みに携わっていて感じるのは、『対話の文化』の重要性です。ああいい学校だなと感じる学校には必ず、先生と子ども、また先生同士の対話の文化がちゃんとあります。

よりよい学校づくりのためには、特に先生同士の対話が重要です。

自分たちはどんな学校を作っていきたいのか、子どもたちのどんな成長を支えていきたいのかなどについて、対話するなかでビジョンを共有していくと、日頃から自分たちの実践をともに振り返れるようになるのです。

先生も子どもも一緒ですね。誰かから強制的に押し付けられたことに対しては、やる気を出して自ら取り組もう、より良くしようなどとは思わない。でも、自分たちで対話し、ビジョンを共有して実践すれば、モチベーションが上がり、チャレンジもしていきたくなります。

そしてこの『対話』は、先生と保護者、または保護者同士、さらに親子でも是非行って欲しいと思います。どんな教育が、学びが子どもたちにとって必要なのか、有意義なのか、是非たくさん対話してください。

これからの教育や学校づくりは、対話から前進するものです。

学校を子どもたちがイキイキと学ぶ場所にするために、先生や行政だけに任せてしまうことなく、子どもも親もたくさん対話し、何が最善なのかを一緒に考える姿勢が大切です。

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人生においても、「決められた道」や「答え」がない時代。親である私たちが自分の受けてきた教育や考え方に固執せず、どうしたら子どもたちが「自由」に、自分の人生を切り開いていく力を身につけることができるのかを、真剣に考えることころから始めていきたいですね。

取材・文 川崎ちづる

苫野先生が公教育システムの転換について提言した書籍。学校関係者以外もわかりやすい一冊です。『「学校」をつくり直す』(苫野一徳/河出新書)
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とまの いっとく

苫野 一徳

Ittoku Tomano
熊本大学教育学部准教授

哲学者・教育学者。熊本大学教育学部准教授。1980年生まれ。早稲田大学大学院教育学研究科博士課程修了。博士(教育学)。全国で多くの自治...