「良い親」を演じなくていい 筑波大附属小の先生が「不道徳な人間の方が人間的に考えることができる」と説く理由

元スタントマン・かとちゃん先生に聞く道徳のいま 後編

ライター:山口 真央

道徳の授業が「特別な教科」として扱われるようになったのには、2011年にあった滋賀県大津市いじめ自殺事件がきっかけでした。小学校では2018年度から、子どもたちが深く考え、議論する道徳を目指す取り組みが進んでいます。

筑波大附属小学校で道徳の専任教師をしている加藤宣行(かとう・のぶゆき)先生は、いじめをなくすには、子どものどんな意見でも、大人が認めてあげることが大事だと説きます。加藤先生がそんな授業をおこないたいと考える背景には、加藤先生が経験した異色の経歴にありました。

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加藤宣行(かとう・のぶゆき)筑波大学附属小学校教諭、筑波大学・淑徳大学講師。東京学芸大学卒業後、スタントマンやスポーツインストラクターを経て教師に。小学校・大学で講師をする傍ら道徳の研究を重ね、独自の授業を開発している。

「道徳」が教科化された背景と、道徳の授業を受けることで子どもがどのような学びを得られるかを伺った前編に続き、「元スタントマン・かとちゃん先生に聞く道徳のいま 後編」では、教科化された道徳の評価方法や、加藤先生が考えるいじめ対策、加藤先生が道徳専任教師となった経緯などについて伺いました。

「異質」を認め合う土壌を大人がつくることが大切

──教科化された背景には、いじめの問題が根強くありますが、加藤先生はいじめ問題をどう捉えていますか。

加藤宣行先生(以下、加藤先生):
大人の世界でも、戦争が続いていたり、職場でのハラスメントが問題になったりと、異質を排除しようとする行為はなかなか消えませんよね。小学校でも高学年ぐらいになると、まわりからの同調圧力を感じて、友たちに合わせようとする子が増えていきます。

先日、子どもたちと「夢を叶えるために大事なことは何か」という話になりました。努力や勉強、自分らしさと口々にこたえるなか、ある子が「お金」とこたえ、「何でそんなことを言うんだ?」といった空気が流れたんです。

私はすかさず「たしかにお金は大事だよ。お金がないと、何もできないからね」とリアクションをとると、子どもたちも「そうなのか」と納得した様子でした。

私の授業での口癖は「何を言ってもいいんだよ」です。自分の意見が異質であっても、それは恥ずかしいことではないと、子どもたちに伝えたい。

大事なのは、違いを排除するのではなく、認め合うこと。子どもたちからどんな意見が出ても、大人である自分が必ず受けとめてあげると、子どもたちはお互いを評価せず、フラットな視点で見ることができます。

▲定番の名作「ないた赤おに」をテーマにした授業の板書。登場人物の心理が具体的に図解されている。

道徳の成績どうつける? 「指導と評価の一体化」

──子どもの意見を否定しないことが大切なのですね。教科化された道徳の授業では、子どもたちに評価がつくそうですが、どのような点を気をつけていますか。

加藤先生:
道徳は数値評価ではなく、記述で評価します。通知表にはその子がどのように考えて、生き方について向き合うようになったのか、授業を通して変化したことなどをまとめていきます。

評価をするうえで大切なのは、子どもの言葉でエビデンスをしっかり伝えること。

「〇〇さんは、△△の授業中に、『……』と発言し」、周りの人の温かさを感じ、自分の自信につなげることができました」などと書いてあげると、その子だけのオリジナルの評価になっていきます。

このように、評価によって子どもたちの学びを意味づけし、自信をつけていくのです。これを「指導と評価の一体化」と言います。

評価は誰かに見せるためのものではなく、子どもを育てるためのもの。親御さんにもその意識を持って、お子さんの自信に繫げてほしいですね。

「不道徳」な人間の方が、人間的に考えることができる

──加藤先生が教師をするうえで、強みにしていることはありますか。

加藤先生:
私はストレートに教師の道を歩んだわけではありません。東京学芸大学を卒業してから、運動で身を立てたいと思い、スタントマンを輩出する大手事務所に所属しました。

教職がとれる大学だったので、周りからは浮いていましたね。事務所ではスタントマンだけじゃなく、役者として、ミュージカルや舞台に立つため、演技やダンスも学んでいました。

そんな経験から、私には「授業が舞台」という感覚があるのです。教員は役者であり、演出家であり、大道具や小道具をつくる美術であり、脚本家でもある。大変だけど、子どもたちの反応を受けながら、ライブ感覚で授業をつくりあげています。

道徳の授業をする人間は、「歩く道徳人間」になるべきではない、つまりそういう意味で「不道徳」な人間の方が、人間的に考えることができると思います。いろんな経験をしてきた自分だからこそ、どんな子どもの意見も認められる、ガス抜きできる存在になっていると自負しています。

日本の教育は、いつ、どこで、誰がやっても同じ授業を目指す風潮にあるけれど、子どもが違えばまったく違う内容になるのは当たり前。子どもの反応に臨機応変にこたえられるのは、役者をしていたから鍛えられたことなのかもしれません。

無理に「良い親」を演じる必要はない

──最後に子育て中の親御さんに向けて、メッセージをいただだけますか。

加藤先生:
教師としての指導や、子育てには、マニュアルはないと思っています。では何が大事なのかというと、掛け値なしに子どもを愛してやる、ということじゃないでしょうか。どんな意見でも否定をせず、大人が受け止めてあげることが大事。そして、子どもの持つ無限の可能性を信じ、その子に合ったやり方で、モチベーションを上げてあげることも重要です。

時には「ここまでよくやったね。少し安もうか」と「よしよし」してあげる。時には「ここを気をつけてもう一回だけやってみよう」と背中を押す。そしてできたときは「すごいじゃん!やればできるじゃん!」と全力で子どもをほめています。

一生懸命にやることや、負けることは、恥ずかしいことじゃない。本当に恥ずかしいことは、もっとできるのに手を抜くことや、失敗した友だちを下に見ることです。その価値観をみんなが持てれば、雰囲気が高まって、切磋琢磨できるクラスになると考えます。

▲「いてくれてよかった」「道徳」など、加藤先生の教室にはたくさんの掲示物が。

加藤先生:親御さんだって、無理にいい親を演じる必要はないと思います。たとえば仕事や家事でがんばっていることを、子どもにざっくばらんに話してみてはいかがでしょうか。

「お母さんはこれをがんばるから、あなたはこっちをがんばろうよ」と、子どもに共感させてあげる。そして、いい結果が出たときだけではなく、努力する過程をお互いが認め合えるのが理想です。

私は大人になった今でも「二重跳び」の練習を、子どもたちの前でしています。勉強であれ仕事であれ、いい方向にがんばる人間が尊いことを、子どもと分かち合うことが必要なのではないでしょうか。

【筑波大附属小学校で教鞭を執る加藤宣行先生へのインタビューは前後編。前編では「道徳」が教科化された背景と、道徳の授業を受けることで子どもがどのような学びを得られるかを伺いました。後編では「道徳の評価・成績について」と、「道徳」を通した子どもとの関わりについて伺いました】

加藤宣行(かとう・のぶゆき)1960年東京都生まれ。筑波大学附属小学校教諭、筑波大学・淑徳大学講師。東京学芸大学卒業後、スタントマンやスポーツインストラクターを経て、神奈川県公立小学校教諭に。15年勤務ののち、筑波大学附属小学校で道徳の専任教師になる。小学校・大学で講師をする傍ら道徳の研究を重ね、独自の授業を開発。日本道徳基礎教育学会事務局長、KTO道徳授業研究会代表。著書に『道徳授業を変えたい!と思ったときに、まず読む本』、『加藤宣行の道徳授業 実況中継』など。

撮影/市谷 明美

道徳授業を変えたい!と思ったときに、まず読む本
加藤宣行の道徳授業 実況中継
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やまぐち まお

山口 真央

編集者・ライター

幼児雑誌「げんき」「NHKのおかあさんといっしょ」「おともだち」「たのしい幼稚園」「テレビマガジン」の編集者兼ライター。2018年生まれの男子を育てる母。趣味はドラマとお笑いを観ること。

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