暗記は「死んだ知識」 子どもに大切な「生きた知識」の習得法を発達心理学者が解説 

【今こそ学力観のアップデートをするとき】本当の学びとは何か#1「生きた知識を習得する学び」

幼児期からの暗記型学習では「生きた知識」は得られません。  写真:アフロ

社会が目まぐるしく変化し、これまでの常識があっという間に通用しなくなる現代。予測困難な未来を生きる子どもたちには、「自分で考える力」や「問題解決できる能力」を身につけてほしいと考える親が増えています。

こうした力は、教育の世界でも重視されており、文部科学省は、「主体的・対話的で、深い学び」を実現するために、学習指導要領の改訂などを行っています。

しかし、実際に「考える力」や「問題解決能力」は、どのような学びをすれば習得できるのでしょうか。

「暗記や詰め込みは意味がない」などといわれる一方で、受験などではまだ、ほとんどが従来型の学力を測る仕組みのままです。我が子をどう育てればいいか、どう学びに向き合えばいいのか、不安や迷いを感じている方もいるかもしれません。

本連載では、世界的な発達心理学者で、子どもの言語習得と思考の発達を基点に「学び」の本質についても研究されている、慶應義塾大学環境情報学部教授の今井むつみ先生に、考える力はどうしたら身につくのか、「主体的な学び」とはどんなものなのか、また、子どもの学びを支えるために大人ができることは何かなどについて、これまでの研究成果などを交えてお話をうかがいます。

※全6回の第1回

今井むつみ
慶應義塾大学環境情報学部教授。認知科学、特に認知心理学、発達心理学、言語心理学などを専門に研究。言語に関する研究から教育や学びにも関心を持ち、近年は一般読者向け書籍の執筆、講演活動にも力を入れている。また、国境を越えて学びを考えるコミュニティABLE(Agents for Bridging Learning and Education)をつくり、ワークショップなどを開催している。

「生きた知識」ってどんな知識?

「小学校に入る前に足し算くらいはできないと」「まずは机の前に座って勉強する習慣が大切」。

子どもが学習で困らないようにと考えて、小学校入学前からこんなふうに勉強させている(させてきた)人も多いのではないでしょうか。

しかし、こうしたことにはほとんど意味がないと指摘した上で、そもそも「学び」や「知識」という言葉について、誤解している人が多いと今井先生は話します。

「『学ぶ』と聞いてまず思い浮かべるのが、学校での学び、授業ではないでしょうか。つまり、『教わったことを覚えるのが学び』という認識で、もっというと、『事実をたくさん覚えることがよい学び』と考えている方が非常に多いと感じます。

しかし、これらは学びの本質とはいえません。

断片的な事実をやみくもに暗記しても、必要なときに取り出して使うことができなければ、本当の意味で『学んだ』とはいえないですよね。単に暗記しただけの知識は、認知心理学で『死んだ知識』と呼ばれています。

学生時代に英語を何年も学習したのに、話せるようにならなかった……という方は多いのではないでしょうか。単語や文法など、一つひとつの知識をバラバラに暗記はしたものの、それらを使いこなすことはできない。これは、とてもわかりやすい『死んだ知識』の一例です。

一方で、『生きた知識』は必要なときにすぐ取り出して使うことができ、それを使ってどんどん新しいことを学ぶことができる知識です。これは、子どもの母語の知識を思い浮かべるとイメージしやすいでしょう。子どもは誰かに教え込まれたわけでも、暗記させられたわけでもないのに、単語や文法の知識を身につけて、自然と言葉を話せるようになりますよね。

子どもが母語を覚えるとき、単語を暗記しているわけではありませんし、大人が話す言葉をボーッと聞き流しているわけでもありません。常にそれぞれの単語の意味や関係性、文法などを自分自身で推測し、発見しているのです。

自分で考え、見つけ出したからこそ言葉をすぐに使うことができる。母語はまさに、『生きた知識』の代表です。

ここまで説明すれば、大人が子どもに文字や計算などを覚えさせる“お勉強”が、生きた知識にならないことはおわかりいただけると思います」(今井先生)

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