暗記は「死んだ知識」 子どもに大切な「生きた知識」の習得法を発達心理学者が解説 

【今こそ学力観のアップデートをするとき】本当の学びとは何か#1「生きた知識を習得する学び」

子どもが母語を身につけるメカニズム

では、「生きた知識」はどうしたら身につけられるのでしょうか。子どもが母語を習得するときの学習には、学びに必要なものがすべて入っていると今井先生は話します。

そこでここからは、子どもの母語の学びについて、具体的な3プロセスを詳しくみていきます。

《ステップ1》 発見
似たものを大枠で捉える⇨「形ルール」の発見へ

■大枠の設定
言葉を話し始めたばかりの子どもには、最初に覚えた言葉と似ているもの全般を結びつけて、同じ名前で呼ぶ、という時期があります。

「イヌだけでなく、ネコやウサギなどほとんどの動物に対し、『ワンワン』と呼ぶ子どもを見たことがありませんか。

その他にも、外に積もっている雪を見て、『雪だよ』と教えられた子どもが、床に落ちたタオルやこぼれた牛乳のことも、『雪』ということがあります。地面にある白いものはみんな雪だと思うようです。

これは、最初に名前を覚えたもの(先ほどの例では『ワンワン』や『雪』)と似ているものすべてに、その言葉を使っている状態です。色が似ている場合でも、形が似ている場合でも、少しでも似ている要素があるものには、覚えた言葉を当てはめているのです。

このころの子どもは、言葉の範囲がまだ理解できておらず、実際より広く設定されている状態といえます」(今井先生)

■「形ルール」に気がつく
それから数ヵ月程経つと、「似たような形をしているものは同じ名前だ」と気づくようになります。大きさや色は違っても、形が似ていれば同じ名前だと、自分で発見するのです。

「この『形ルール』を習得すると、子どもはこれらの知識を使って次々に新しい言葉を覚えていきます。すべての動物をワンワンと呼んでいた子どもは、耳が長い形をしているのはウサギだ、毛がモコモコしているのはひつじだ、といった具合に、『形ルール』を活用しながら新しい知識を生み出していきます」(今井先生)

「形ルール」は、ものの名前(名詞)に適用されるルールですが、動詞や形容詞にもこうした一定のルールがあることに気づき、子どもはこれをもとに語彙を増やしていきます。

《ステップ2》 創造
自ら分析、推測してルールやパターンを学ぶ

「形ルール」を子どもが自分で考えて見つけ出したように、子どもは常に聞こえてくる言葉を分析しています。自分が知った言葉がどのように使われているのか、他の言葉とはどんな関係なのか、自分なりの推測を行った上でルールやパターンを発見し、覚えているのです。そして、発見したことをすぐに使って試します。

「『好きくない』『きれいくない』というのは、子どもがよく言い間違える言葉です。これは、『大きくない』『おいしくない』といった言葉を知った子どもが、同じように否定形にしようとして、『~くない』というパターンを当てはめた結果です。

また、野球の『ピッチャー』や『キャッチャー』という言葉を覚えた子が、バッターのことを『バッチャー』と言い間違えたことがありました。野球では、プレーする人の語尾には『チャー』をつけると自分で発見し、そのルールを用いて新たに言葉を創ったのです。

子どもの言い間違いを紐解いていくと、言葉の背景にある仕組みを自ら分析・発見・応用し、そこで覚えた知識を次の言葉を推測するために使う、こうした学習をしていることがとてもよくわかります」(今井先生)

《ステップ3》 修正
修正しながら知識の“システム”を構築する

子どもは常に、自分の知識を総動員して言葉の意味や使い方を考え、覚えていきますが、同時に絶えずそれらを「修正」しています。

「子どもが新しい単語を覚えるとき、単にこれまでの語彙にその単語を加えるだけでなく、すでに知っている言葉の意味も含めて書き換える作業をしています。

それは、次のような実験から明らかになりました。

2歳の子どもを対象に、卵の形をしたボール(実際には犬が遊ぶためのもの)を見せ、『これはヘクだよ』と教えました。子どもたちは、それがヘクだと聞く前は、『ボール』と呼んでいました。しかし、『ヘク』と知ったあとは、『ヘクだからボールではない』といいました。

つまり、子どもたちは『ヘク』という新しい言葉を知ったことで、以前から知っていた『ボール』の意味を修正したのです。

子どもたちは最初ボールの一種だと思っていた「ヘク」を、名前を教えられたあとはボールではないと判断しました。

しかし、新しい言葉を覚えると必ず、その対象をこれまでのカテゴリーから外してしまうわけではありません。別の子どもたち(3歳)に、普通の形をした水玉模様のボールを見せて、『ヘク』と教えました。その子どもたちは、そのボールは『ヘク』であると同時に、『ボール』でもあるという反応をしました。『ヘク』を特殊な種類のボールと考えたのですね。

このように、子どもは単語同士の関係を常に見極めながら新しい言葉を覚え、同時に知っている言葉の意味も修正しています。自分の中に言語という『システム』を築き、知識を増やしながらアップデートを続けているのです」(今井先生)

今井先生の著書『ことばの発達の謎を解く』(ちくまプリマー新書)には、子どもが母語を習得する仕組みが詳しく解説されています。

誰に教えられることなく、こうした複雑な学習を無意識に行っている子どもは、驚くべき「学ぶ力」を持っています。そして、このような言語の学習を、(特殊な事情がある場合を除いて)子どもはもちろん、大人も当たり前に無意識に行うことができます。つまり、人間は誰もが、『自分で学ぶ力』を持っているのです。

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