幼いころに読んだ本たちが私を小説家にしてくれた
母から何度、そう言われたことでしょう。そのたびに「ほんとだ〜!」と思ってきた私は、幼いころから、人形よりも、ままごと遊びよりも、友だちといっしょに遊ぶよりも、ひとりで本を読んでいるのが好きな女の子でした。
高く積み上げられた絵本に手を置いて、うれしそうに笑っている五歳くらいの写真が今も手もとに残っています。
おばあちゃんは私を膝の上にのせて、毎日のように絵本を読んで聞かせてくれていたのです。残念ながら、どんな絵本だったのか、まったく覚えていないのですが、その頃に、浴びるように聞かせてもらったお話が今の私の創造力と想像力の泉になっていることは、確かです。
小学生になってからは、父が毎月、買ってきてくれた「世界の名作文学」をすみからすみまで、くり返し、くり返し、読んでいました。
なぜ、あんなに読書が好きだったのだろう、と、自分でもあきれてしまうほど。挙げ句の果てには両親から「本の読み過ぎはよくない」と叱られるほど。
でも、好きだったのです。本の中にある「世界」が現実のそれよりも。三度のごはんよりも、買ってもらったばかりの本を開く瞬間が好きでした。
特に、悲しい物語が大好きでした。『フランダースの犬』『レ・ミゼラブル』『車輪の下』など、救いようのないお話が私の好みでした。
この傾向は、今も変わりません。ハッピーエンドは、書くのも読むのも苦手です(でも、書いていますけれど)。
女の子なのに怪獣が大好きで、勇敢な女の子の冒険物語みたいなお話も大好きでした。
『赤毛のアン』『若草物語』『小公女』。おしゃべりなアン、作家志望のジョー、貧しくてもプリンセスであり続けたセーラは、私のヒーローでした。
外国の物語の中で活躍する少女にあこがれて、私もいつか、日本の外へ飛び出していきたい、と、思うようになっていったのかもしれません。
父も母も読書家でした。学校の図書室で、借りる本がなくなるほど読んでしまったあとは、両親の本棚から、大人向けの小説をこっそり抜き取って、夜な夜な、読みふけっていたものです。
今にして思えば、父の教育方針は、素晴らしかったと思います。パソコンやスマートフォンやインターネットのない子ども時代を送ることができた私は果報者だった、恵まれていた、つくづくそう思います。
物質の豊かさは、ひとつ間違うと、精神の貧しさにつながってしまうからです。
本があったから、いっとき脇道へ逸れても、また正しい道に戻ってこられたのだし、戦争の物語をたくさん読んだから、平和について真剣に考えるようになったのだと思います。
そういう意味では、きれいなお話、楽しいお話、幸せなお話よりも、残酷で、苦しくて、つらくて、不幸なお話によって、私は強く、優しい人間になれたように思います。
「死」について書かれた児童文学を、本能的に愛していました。子どもは大人よりも、生と死の本質を理解しているのではないでしょうか。
子どもだましな作品ではなくて、親が子どもから遠ざけておきたいようなお話こそが人間の成長に役立つのだな、と、これは児童文学を書くようになってから、あらためて痛感していることです。
「あなたはいつか、ジョーみたいな小説家になれるよ。夢をあきらめちゃだめだよ。夢を見ている限り、夢はいつも、あなたと共にあるんだよ」と。
『赤毛のアン』の中で、アンはこう語っています。「楽しみの半分は、きたるべき楽しみを待っていることにあるのよ。楽しみにしていたものは、手に入らない場合もある。でも、待ち焦がれることの楽しみは、失われることがない」と。
この秋、まだ『赤毛のアン』をすらすら読めるような年代じゃないけれど、人生の真実を理解している(と、私は思っている)幼い子どもたちに向けて「はじめてのアン」シリーズを送り出します。
クリスマスの贈り物として、ツリーのそばにそっと『アイスクリームのピクニック』を置いていただけたら、とても嬉しい。
2021年11月 小手鞠るい
小さい子どもたちにも、本の楽しさを知ってほしい
年齢に合った表現はもちろん、文字の大きさや適切なふりがなにも心くばりをした、小手鞠さんの本をご紹介します。
楽しいお話にぴったり合った美しい挿絵も、小さい子どもの読書を楽しいものにしてくれますね。
小手鞠 るい
1956年岡山生まれ。1992年からニューヨーク州ウッドストック在住。やなせたかし氏が編集長を務めていた「詩とメルヘン」への投稿詩人として出発。渡米後「海燕」新人賞を受賞し、小説家に。代表作に『欲しいのは、あなただけ』『アップルソング』『炎の来歴』など。児童書に『ねこの町のリリアのパン』をはじめとする「ねこ町いぬ村」シリーズ、『うさぎのマリーのフルーツパーラー』『初恋まねき猫』『ある晴れた夏の朝』など。
1956年岡山生まれ。1992年からニューヨーク州ウッドストック在住。やなせたかし氏が編集長を務めていた「詩とメルヘン」への投稿詩人として出発。渡米後「海燕」新人賞を受賞し、小説家に。代表作に『欲しいのは、あなただけ』『アップルソング』『炎の来歴』など。児童書に『ねこの町のリリアのパン』をはじめとする「ねこ町いぬ村」シリーズ、『うさぎのマリーのフルーツパーラー』『初恋まねき猫』『ある晴れた夏の朝』など。