「残酷で苦しくてつらくて不幸なお話」は、強く優しい人間をつくる
NY郊外在住の人気作家が「テレビ禁止、プレゼントは本」の子ども時代に感謝の理由
2021.11.29
今年2021年、小さい子どもたちに向けた『赤毛のアン』の翻案に取り組んだ小手鞠るいさん。ご自身の子ども時代には、『赤毛のアン』『若草物語』『小公女』の主人公、アンやジョー、セーラはヒーローだったと伺い、小さいころの読書について教えていただきました。
「あんたが小説家になれたのは、おばあちゃんのおかげ」
母から何度、そう言われたことでしょう。そのたびに「ほんとだ〜!」と思ってきた私は、幼いころから、人形よりも、ままごと遊びよりも、友だちといっしょに遊ぶよりも、ひとりで本を読んでいるのが好きな女の子でした。
高く積み上げられた絵本に手を置いて、うれしそうに笑っている五歳くらいの写真が今も手もとに残っています。
両親ともに仕事を持っていたので、幼稚園に行くようになるまで、私は昼間はおばあちゃんの家に預けられていました。
おばあちゃんは私を膝の上にのせて、毎日のように絵本を読んで聞かせてくれていたのです。残念ながら、どんな絵本だったのか、まったく覚えていないのですが、その頃に、浴びるように聞かせてもらったお話が今の私の創造力と想像力の泉になっていることは、確かです。
小学生になってからは、父が毎月、買ってきてくれた「世界の名作文学」をすみからすみまで、くり返し、くり返し、読んでいました。
なぜ、あんなに読書が好きだったのだろう、と、自分でもあきれてしまうほど。挙げ句の果てには両親から「本の読み過ぎはよくない」と叱られるほど。
でも、好きだったのです。本の中にある「世界」が現実のそれよりも。三度のごはんよりも、買ってもらったばかりの本を開く瞬間が好きでした。
特に、悲しい物語が大好きでした。『フランダースの犬』『レ・ミゼラブル』『車輪の下』など、救いようのないお話が私の好みでした。
この傾向は、今も変わりません。ハッピーエンドは、書くのも読むのも苦手です(でも、書いていますけれど)。
女の子なのに怪獣が大好きで、勇敢な女の子の冒険物語みたいなお話も大好きでした。
『赤毛のアン』『若草物語』『小公女』。おしゃべりなアン、作家志望のジョー、貧しくてもプリンセスであり続けたセーラは、私のヒーローでした。
外国の物語の中で活躍する少女にあこがれて、私もいつか、日本の外へ飛び出していきたい、と、思うようになっていったのかもしれません。
幼い頃、本をふんだんに買い与えてくれた両親には、今も感謝の気持ちでいっぱいです。クリスマスのプレゼントとして、靴下の中に入っていたのは、チョコレートでも、ぬいぐるみでもなく、やっぱり本だった、という記憶があります。
父も母も読書家でした。学校の図書室で、借りる本がなくなるほど読んでしまったあとは、両親の本棚から、大人向けの小説をこっそり抜き取って、夜な夜な、読みふけっていたものです。
これは父が決めたことのようでしたけれど、私と弟は小・中学生の頃、家でテレビを見させてもらえませんでした。テレビを禁止されていたからますます本を読むようになったし、弟は音楽にのめりこみました。
今にして思えば、父の教育方針は、素晴らしかったと思います。パソコンやスマートフォンやインターネットのない子ども時代を送ることができた私は果報者だった、恵まれていた、つくづくそう思います。
物質の豊かさは、ひとつ間違うと、精神の貧しさにつながってしまうからです。
本があったから、今の私があります。悲しいときも、くやしいときも、本の中に逃げ込んでいました。
本があったから、いっとき脇道へ逸れても、また正しい道に戻ってこられたのだし、戦争の物語をたくさん読んだから、平和について真剣に考えるようになったのだと思います。
そういう意味では、きれいなお話、楽しいお話、幸せなお話よりも、残酷で、苦しくて、つらくて、不幸なお話によって、私は強く、優しい人間になれたように思います。
「死」について書かれた児童文学を、本能的に愛していました。子どもは大人よりも、生と死の本質を理解しているのではないでしょうか。
子どもだましな作品ではなくて、親が子どもから遠ざけておきたいようなお話こそが人間の成長に役立つのだな、と、これは児童文学を書くようになってから、あらためて痛感していることです。
かつて『若草物語』を読んでいた少女は今、六十五歳。五十年前の私に、私は言ってあげたい。
「あなたはいつか、ジョーみたいな小説家になれるよ。夢をあきらめちゃだめだよ。夢を見ている限り、夢はいつも、あなたと共にあるんだよ」と。
『赤毛のアン』の中で、アンはこう語っています。「楽しみの半分は、きたるべき楽しみを待っていることにあるのよ。楽しみにしていたものは、手に入らない場合もある。でも、待ち焦がれることの楽しみは、失われることがない」と。
この秋、まだ『赤毛のアン』をすらすら読めるような年代じゃないけれど、人生の真実を理解している(と、私は思っている)幼い子どもたちに向けて「はじめてのアン」シリーズを送り出します。
クリスマスの贈り物として、ツリーのそばにそっと『アイスクリームのピクニック』を置いていただけたら、とても嬉しい。
2021年11月 小手鞠るい
幼いころから大の本好きだったという小手鞠さん。いまの子どもたちにも本を楽しんでもらいたい、と心を込めて執筆しているそうです。
年齢に合った表現はもちろん、文字の大きさや適切なふりがなにも心くばりをした、小手鞠さんの本をご紹介します。
楽しいお話にぴったり合った美しい挿絵も、小さい子どもの読書を楽しいものにしてくれますね。
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小手鞠 るい
1956年岡山生まれ。1992年からニューヨーク州ウッドストック在住。やなせたかし氏が編集長を務めていた「詩とメルヘン」への投稿詩人と...