2021.08.12

米津真浩の“普通じゃない”ピアノ道「家にピアノがなくても音大合格」

ピアニスト米津真浩さん「私の“音育”」#2 ~大学生活編~

寄稿家:米津真浩

周囲が大学の受験勉強に必死になる中でダンスばかりしていた。  写真:日下部真紀

ピアニスト・米津真浩さんへのインタビュー第2回。米津さんはギリギリの成績で東京音大・器楽専攻ピアノ演奏家コースへ入学。しかも、プロピアニストを志したのはかなり遅く、大学4年生のときでした。そんな米津さんはプロへの道をどのように切り開いたのでしょうか。

音大の受験勉強は「意外と暇だった」?

高校3年生の頃、音楽大学への進学を決めた米津真浩さん。理由はピアニストを夢見たからではなく、どんなかたちでもいいので“音楽に関わる仕事に就くため”でした。そして、紹介してもらった先生が在籍していたということで、東京音楽大学の器楽専攻ピアノ演奏家コースへ進学することにしたのです。

米津さんによれば、通常は音大進学を目指すのは高校2年生でも遅いとのこと。それなら一層、大学入試に向けて猛勉強が必要なはずですが、受験シーズンは意外にも「暇だった」そうです。

「僕が受験した当時の東京音楽大学は、一般教科は英語だけで、あとは音楽に関する専門科目。聴音(音を聴いて楽譜に書き起こす)や、新曲視唱(初見の楽譜を黙読して実際に歌う)、楽典(記号など楽譜の読み書きに必要な知識)でした。器楽専攻だったため、もちろんピアノの実技がもっとも重要です。ただ僕の場合、家の台所事情で自宅に課題曲が弾けるようなピアノがなかったので、そもそも演奏の練習があまりできなかったんです。

練習は、市の公民館で時間貸ししているピアノを使って週2〜3回。それと、学校のピアノを休み時間などに使わせてもらうくらい。英語に関しては、受験科目とはいえ特別な対策をしなければならないほどのレベルではなく、そこまで根を詰める必要はありませんでした。だから周囲が受験に向けて忙しくしている中で、ハマっていたダンスの練習ばかりしていましたね(笑)」

「今思うと、限られた時間で集中して、それ以外の時間でしっかり息抜きできていたから、逆に良かったのかもしれません(笑)」  写真:日下部真紀

一般的には音大のピアノ科を目指す高校生の場合、受験のため日々ピアノ漬けになって練習をします。

「勘違いしてほしくないのは、本来的にはピアノは毎日弾く方がいいということです。僕の置かれていた環境は、結果的に性格に合っていただけ。やっぱり練習は大切です。ただそれに追われるようになると、モチベーションを保てなかったり、身にならなかったり。そうするとピアノそのものが嫌になってしまうので、気をつけないといけません」

ギリギリ合格の学生が特待生になれたワケ

決して恵まれた環境ではなかったものの、無事に合格を果たした米津さん。入学時の成績は「実技も含めてギリギリ」だったそうです。ところが入学後は、年に1度の実技試験で好成績を残し、大学1年の終わりから特待生に。大学・大学院ともに特別奨学金を受けました。

さらに同大の大学院は首席で卒業するという素晴らしい成績を収めます。東京音楽大学の奨学金制度は、実技試験の上位から対象となり、出願制ではなく学校から推薦されるというもの。成績優秀者が集められる学校主催の演奏会への出演や、海外のピアニストからのレッスンを受講できるなど、金銭面以外のメリットもありました。ギリギリで入学した米津さんが、奨学金を受けられるほど優秀な成績を収められたのは、ある先輩の言葉がきっかけだそうです。

「学校へは千葉の実家から東京まで、往復3時間以上かけて通っていました。また、家の経済的事情でバイトをせざるをえなかったものの、ピアノの練習ももちろん大切なので、シフトをそこまで入れられない。そんな毎日で先輩に『今の生活を続けたら体にガタがくる。だったら思いきってバイト辞めて、その時間で必死に練習して特待生になればいいんじゃないか』と、アドバイスをもらいました。もちろん簡単なことではないですが、『確かに』と思って(笑)。自分で言うのもなんですが、それからは親が心配するぐらいめちゃくちゃピアノを頑張りましたね」

経済的に苦しいからこそピアノに全力で取り組む。逆境を力に変えたと言えます。ただ、成績優秀者となったあとも、米津さんにプロピアニストを目指す気持ちは芽生えませんでした。転機は大学4年生のときに訪れます。国内有数の権威と伝統を誇るコンクール「日本音楽コンクール(第76回)」のピアノ部門で、第2位入賞と岩谷賞(聴衆賞)を受賞するのです。

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